「それぞれの年代で、あの時これをやっていたなという見方ができるのも面白いです」渡辺いっけい『月影のゴールデン街』【インタビュー】
-ほぼ小さな店内で展開していく、どちらかというと演劇的な世界でしたね。
本当に狭い空間の中に皆さんがいる感じでしたが、共演者の中には舞台畑の人もいて、共通言語が持てる人たちが多かったので、それは楽でした。自分が好きな役者さんもいたので、それだけで安心感があって、とても居心地がよかったです。演劇ではなく映像の場合は、出自の違う人たちが集まります。なので、どういうバックボーンで役者になったのかは、人それぞれ違いますし、それぞれにスタイルがあります。それはゴールデン街に飲みに来るお客さんも同じ。だからけんかも起こるというのは、結構リアルだと思いました。マスターは、お客さんは全部迎え入れるのが仕事ですけど、やっぱり相性ってあるじゃないですか。結局、マスターと相性がいい人が残っていくんです。そういう店だったのだろうと思います。
-演じた主人公に共感する部分はありましたか。
お店を自分が仕切っていることとは別に、家族の問題が出てきます。お店では本当にすてきなマスターだけど、家族からはどうしようもないと言われているみたいなところは、“男あるある”かもしれないし、自分もそうだよなと思います。僕は渡辺家の本家の長男なんですけど、全然長男としてはやれていなくて、姉と妹に任せきりです。ちゃんとしなければと思っているので、そういうところは似ているのかなと。青木さんも、いい意味で、かっこつけのところがあったはずですが、映画ではそのあとの弱さも描かれているので、すごくやりがいがありました。
-印象的なシーンはありましたか。
一番難しかったのが、監督がこだわって何回も撮った記憶があるんですけど、ギンジ(粟島瑞丸)と最後の別れになるところの、「ありがとな」と言いながら浮かべる笑顔でした。今の僕にとっては非常に難しかったです。ただただ、ギンジが来てくれてうれしいという素直な気持ちを出して、今まで見せたことがない笑顔だったのかもと思いながら、客観的にやりました。
-ジョン・フォード監督の『荒野の決闘』(46)に関することが端々に出てきましたね。
出てくるのはどんなマスターだったっけと思って『荒野の決闘』を見直したんです。そうしたら全然かっこよくなくて。この人の「ずっとバーテン一筋なもので」というせりふを、粋な感じでしゃべるというのは、要するに青木さんの脳内で出来上がっていたことなのだと思いました。それはきっと青木さんがマスターをやっているから、自分と重ね合わせてかっこをつけるということだったのではないかと。ちょっとかわいらしい男の子的なものを感じました。
-これから映画をご覧になる観客や読者に向けて、アピールも含めて一言お願いします。
今、ゴールデン街は外国人が押し寄せていて、大きく変化しています。そういう意味でも、この映画は昭和の時代から描かれていくので、それぞれの年代で、あの時これをやっていたなという見方ができるのも面白いです。若い人から僕らのもう少し上の世代の人まで、いろいろな角度から楽しめるものになっていると思います。シンプルに青春賦でもあるし、親子の話でもあるし、いろいろな人の愛やいろいろなタイプの人間が見られるので、ちょっとお時間があったら、そういうところを見ていただきたいです。癒やし系の映画だと思います。心が疲れている時に見てもらって、何か癒やされたと感じてもらえたらうれしいですし、見終わった後で、自分のなじみの店に行きたくなるような映画になっていたらと思います。役者って、作るときはちゃんとベストを尽くしてやるんです。でも、出来上がったあとは受け身なので、それがどう評価されるのかはまた別のことになります。楽しんでくれる人がたくさんいるといいですね。
(取材・文・写真/田中雄二)

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