KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「特集」 百貨店生存競争 そごう・西武売却劇に見る小売業の明日

石橋 忠子
流通ジャーナリスト

 9月1日、セブン&アイ・ホールディングス(HD)が傘下の百貨店運営会社そごう・西武を売却した。売却先は米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループだ。
 両社がそごう・西武の売却について基本合意したのは昨年11月。当初は2月1日に売却完了の予定だったが、フォートレスがヨドバシHDと組んで進める買収後の再建案に、関係者が猛反対。9カ月超にわたり、混乱続きの売却劇が展開されることとなった。

 関係者が猛反対したのは、再建案の柱である西武池袋本店(東京都豊島区)の改装プランだ。百貨店を約半分に縮小し、空いたスペースにヨドバシHD傘下のヨドバシカメラが出店するというもの。それも池袋駅に直結する一等地の北側と中央エリアの地下1階~6階に出店するという。百貨店は基本的に駅から離れた南側で営業するということだ。

 それでは事業の継続も雇用維持もできないと、そごう・西武の従業員が猛反発。池袋駅東口にはビックカメラとヤマダデンキがあり、「これ以上家電量販店は要らない」「街の玄関口は百貨店が望ましい」と文化と多様性の街づくりを推進中の豊島区長や地元商店会、近隣住民もこぞって反対の意を示した。

 打開策としてヨドバシは渋々低層階(1階と地下1階)への出店を断念したが、「雇用維持の道筋が示されていない」として8月31日、そごう・西武の労働組合がストライキに踏み切る事態に発展したのは周知の通り。だが、労組の抵抗もむなしく、ストの翌日、そごう・西武はフォートレスの手に渡った。

 西武池袋本店の改装計画の詳細は、現時点ではまだ明らかにされていない。だが、ヨドバシHDは池袋店に加え、千葉そごう、西武渋谷店への出店も表明。すでに3店の土地・建物の一部を約3千億円で取得している。このうち西武池袋店については建物のほとんどを取得しており、家主はもはやヨドバシだ。

 つまり改装がヨドバシ主導で進むのは確実で、西武池袋本店は今後テナントの移転作業に追われるが、海外高級ブランドの中には家電量販店の横で営業するのを嫌い、撤退を検討しているところもあるという。

 特に北側エリアの正面1階と2階にあるルイ・ヴィトンはヨドバシカメラの真下と真横で営業することになり、その動向が注目されている。売り場が半減した上に、仮にラグジュアリーブランドの数まで減少すれば、西武池袋店は本店としての役割を果たすことが難しくなる。

9・1好対照の光景

 セブン&アイがそごう・西武を売却した日と同じ9月1日、実は伊勢丹新宿本店(東京都新宿区)では西武池袋本店とは好対照の光景が繰り広げられていた。伊勢丹新宿店は外商顧客など年間購入額が多い客を対象に、春秋の年2回「お得意様感謝祭」を開催している。この日は秋の感謝祭の開催日で、多数の上得意客が来店。シャネル、エルメス、カルティエ等々のラグジュアリーブランドの高額商品が飛ぶように売れていた。

 年2回の「お得意様感謝祭」を開催する百貨店は少なくないが、伊勢丹新宿本店は今年春の感謝祭から貸し切り制にしている。感謝祭の日は一般客を一切入れず、終日、全館を招待客だけの貸し切りにしているのだ。階級社会ではない日本でここまでやるのは、かなりの決断を要する。だが、他では体験できない手厚い優遇策が富裕層をくすぐるのか。上得意客がこれまで以上にわんさか訪れ、感謝祭はとんでもない売り上げを叩き出す〝お化けデー〟になった。

 伊勢丹新宿本店は三越伊勢丹の一番店であるばかりか、百貨店業界でも断トツ1位の売り上げを誇っている。西武池袋本店もそごう・西武の売り上げの3分の1を占めており、業界でも3位だ。

 だが、覇を競う時期もあった両店の差は年々拡大。特に2022年度は明暗が鮮明になった。伊勢丹新宿本店が過去最高の3272億円を達成したのに対し、西武池袋本店はコロナ禍前の19年度に届かない1768億円にとどまった。伊勢丹の半分強だ。同じ都心の旗艦店でありながら、この差はどうして生じたのだろうか。

高額商品増やす旗艦店

 百貨店の経営が厳しくなったのは、バブルがはじけてからだ。実際、百貨店の市場規模は1991年の10兆円弱をピークに減少。現在は約半分の5兆円弱に縮小している。300店以上あった店舗数も、今年7月時点で181店に減っている。理由は中間層の客が減少したからだ。

 百貨店は「いいもの」を売る業態であり、時代を問わず富裕層の支持を得ている。これに加えて高度経済成長が始まった60年代以降は、「1億総中流」の客が増加した。中でも中間層を最も巧みにつかんだのが西武百貨店だ。「おいしい生活」のキャッチコピーを記憶しているシニア世代は多いだろう。中間層が憧れる半歩先のライフスタイルや文化を次々発信。80年代には西武池袋本店は売り上げ日本一の百貨店になった。

 だが、長引くデフレで年収500万~800万円台の中流世帯が減少し、500万円以下の世帯が増加した。一方でユニクロなどの低価格専門店や郊外型ショッピングセンター、さらにはEC(ネット上の商取引)が台頭。百貨店は中間層の客を奪われ、文字通り「冬の時代」が続くことになった。

 こうした状況下で三越伊勢丹、高島屋など百貨店大手は、旗艦店の高額商品を増やしていった。中でも伊勢丹新宿本店は積極的に高級化を推し進めた。強みの高感度ファッションを軸に据え、世界中から価値あるブランド、商品を発掘するなど取り組み方も一頭地を抜いていた。

 長引くデフレで増加したのは、実は500万円以下の世帯だけではない。富裕層も増加の一途をたどるようになっていたからだ。実際、金融資産1億円以上を保有する世帯は2009年には約90万世帯であったが、21年は148万世帯に増えている。保有する金融資産額も254兆円から364兆円に増えている。

〝一億総中流〟の崩壊

 こうした変化を背景に百貨店各社が全方位の商売から思い切って脱却し、経営資源を富裕層マーケットに集中する決断をしたのはコロナ禍がきっかけだ。インバウンド需要も消失し、20年度は大手も軒並み赤字に転落。いよいよ窮地に立たされた中で、今後の生き残り戦略を改めて問い直す動きが相次いだ。そして出した答えが、この先も百貨店がアドバンテージを取れるのは富裕層マーケットであり、そこを徹底的に攻めることで企業価値を高めていくということだ。

 そのため、例えば三越伊勢丹は、外商改革を断行。店内の商品だけでなく、旅行やイベント、ジェット機の手配に至るまで富裕層の生活全般の提案をするための体制を着々と構築している。その結果、50代以下の「新富裕層」の獲得も進み、伊勢丹新宿本店は上位顧客5%の購入額がすでに売り上げ全体の5割を超えている。今年1月に閉鎖した東京・渋谷の東急百貨店本店の外商顧客も、その多くは伊勢丹新宿本店に流れたといわれている。

 西武池袋本店も富裕層やインバウンド需要の獲得に力を入れているが、中途半端感は拭えない。そごう・西武が06年にセブン&アイの傘下に入ったのは、財務基盤を強化して再成長を図るためだった。だが、実行した構造改革は赤字店の閉鎖のみで、06年には28店あった店舗は現在10店に減っている。

 しかも赤字店の閉鎖にもかかわらず、収益性はむしろ低下。22年度は大手が軒並み好決算となる中で、4期連続の赤字となった。それは結局、一億総中流の崩壊という変化に対応できなかったためであり、セブン&アイの庇護の下でぬるま湯に漬かってきた結果だといえる。

一番の強みは何か

 セブン&アイがそごう・西武を買収したのは、傘下のコンビニエンスストア(セブンーイレブン)、総合スーパー(イトーヨーカ堂)とのシナジー創出が狙いであったが、効果を出せなかった。売却時点でそごう・西武の有利子負債額は約3千億円。その5割超はセブン&アイが金融支援したもので、そのうち916億円は債権放棄した。これを含めて調整した結果、譲渡額は何と雀(すずめ)の涙の8500万円となった。

 それでも売却を急いだセブン&アイは、今後コア事業のコンビニエンスストアに経営資源を集中すると表明している。「物言う株主」から圧力を受けているためだけではない。人口減少で競争環境が従来とは比較にならないほど厳しくなっているからだ。

 そのため成長エンジンと位置付ける海外事業を加速し、国内においてもデジタルトランスフォーメーション(DX)から環境までの投資を増やす。セブンーイレブンは弁当・総菜などオリジナル商品の強さで業界首位を維持してきたが、その強みをさらに強くするため、国内農家を巻き込んだ新たなサプライチェーン(供給網)の構築にも乗り出している。

 国内最強の小売りグループも直面する人口減少は、今後さらにスピードを増していく。20年までの10年間は約190万人の減少であったが、今後の50年間は10年間で平均約800万人ずつ減っていくと予測されている。それだけ、パイが縮小していくということだ。

 その中で生き残れるのは、時代の変化に対応し、なおかつ客が「一番」と評価する強みを何か持っている店舗だけだ。それがなければ大手小売業の店舗であっても、淘汰(とうた)・縮小を免れない。その意味でそごう・西武の売却劇は、小売業の明日を垣間見せたといえよう。

流通ジャーナリスト 石橋 忠子(いしばし・あつこ) 一橋大学卒。出版社勤務を経てフリー。流通専門誌「激流」を中心に経済誌への執筆、講演を行っている。激流オンライン上の最新記事は「特集『セブンイレブン 縮小市場に挑む 持続可能モデルの構築』」。NHKの東海・北陸地方向け情報番組「ナビゲーション」にも出演。主な著書に「グッドカンパニーへの挑戦 時代はいま 強い企業から愛される企業へ」(国際商業出版)

(Kyodo Weekly 2023年10月16日号より転載)

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい