「特集」米国が勝てない戦争 出口見えず長期化 イラン攻撃から半年

中川浩一
日本国際問題研究所客員研究員
2026年2月28日に米国とイスラエルがイランへの大規模な軍事攻撃を開始してから半年が経過した。開戦直後、米軍とイスラエル軍はイラン各地の核・ミサイル関連施設や軍事インフラを攻撃し、その過程でアリ・ハメネイ最高指導者も排除された。これに対しイランは、湾岸地域の米軍基地や石油関連施設などへの報復攻撃に踏み切り、日本のエネルギー供給にとって生命線ともいえるホルムズ海峡を事実上封鎖した。
開戦時、焦点は「戦争がどこまで拡大するのか」「イランの体制は崩れるのか」の二つであった。筆者は3月の本誌寄稿の際に、今回の攻撃は核施設への限定攻撃にとどまらず、イランの体制そのものを視野に入れたものになる可能性を指摘した。しかし半年後の現在、見えてきたのは別の現実である。
米国は軍事的には明らかに優位にある。それでもイランを屈服させることはできていない。かといって戦争を終わらせることもできていない。筆者は7月にワシントンD.C.を訪問し、米国の主要シンクタンクで中東専門家らと意見交換したが、そこで強く感じたのは、戦況以上に、米国におけるイランへの見方が変化していたことである。開戦当初に置かれていた「体制転換」「短期終結」「ホルムズ海峡の正常化」という三つの前提は、いずれも現実性を失いつつある。
体制転換を狙った米国の誤算
開戦当初、ワシントンでは、ハメネイ最高指導者を排除し、軍事施設を破壊すれば、長年体制に不満を抱いてきたイラン国民が立ち上がり、イスラム革命体制そのものが揺らぐとの期待があった。経済制裁によって国民生活が悪化し、政治的不満も蓄積している以上、軍事的な打撃が体制崩壊の引き金になるという考え方である。
しかし、半年を経てもそのシナリオは実現していない。重要なのは、イランの革命体制を一人の指導者に依存する「政権」として捉えるだけでは不十分だということである。革命防衛隊、宗教組織、治安機関、経済組織などが複雑に結びつき、1979年の革命以来、国家の内部に組み込まれている。したがって、最高指導者を排除することと、体制そのものを崩壊させることは別問題である。
ワシントンでも、「体制転換に失敗した」というより、「指導者を排除すれば体制が崩れる」という当初の前提そのものが誤っていたのではないか、という見方が示された。
しかも、外部からの攻撃は逆方向に作用する可能性がある。政府への不満が存在していても、外国から国家を攻撃されれば、国民が直ちに反政府側に動くとは限らない。「外国から国家を守る」という意識が強まれば、体制批判と国家防衛は切り分けられるからである。長年の制裁と圧力の中で生きてきたイラン社会には、外圧に適応する力もある。
今回の戦争が示したのは、軍事施設を破壊することと、政治体制を変えることは同じではないということである。米国は戦場では優位に立っていても、その軍事的優位を政治的な結果につなげる段階で壁にぶつかっている。
「勝てないが、降りられない」トランプ政権
こうしてトランプ政権の選択肢は狭くなっている。イランを本当に屈服させるには、さらなる大規模軍事行動が必要になる。しかし、そこには地上戦という大きな壁がある。イランはイラクの約4倍の国土を持ち、人口は約9千万人に達する。山岳地帯も多く、2003年のイラク戦争のように、短期間の軍事的勝利から政権転覆、さらに国家統治へと移ることは容易ではない。
一方、米軍が引けば、「イランを倒せなかった」という政治的な印象が残る。トランプ大統領にとって、それを受け入れることも難しい。米国で聞かれたのは、この戦争はすでに「勝敗の戦争」ではなく、「管理された戦争」になっているという見方であった。米国もイランも簡単には譲歩しない一方、全面戦争に踏み込むことも避けようとしている。
6月17日、現地時間ベースで米国とイランは戦闘終結に向けた覚書に署名した。覚書は、この袋小路から抜け出す機会になるはずだった。しかし、核問題などの根本的な争点を解決したわけではなく、履行を担保する仕組みも弱かった。さらに、戦争の主要な当事者であるイスラエルが合意の当事者になっていなかった。ワシントンでは、問題を解決した合意というより、問題を先送りした文書との評価が強かった。
そして7月、トランプ政権はイランの港湾に対する海上封鎖を再開した。軍事力だけでは決着できず、外交でも解決できない中で、次に前面に出てきたのが経済制裁である。ここに現在のトランプ政権の苦しさが表れている。
経済制裁は出口ではなく「時間稼ぎ」
8月24日、米財務省は新たな対イラン経済制裁を発表し、石油、海運、金融だけでなく、デジタル資産、技術、金、航空などにも対象を広げた。第三国企業への二次制裁も強く意識された措置で、イランの資金調達と貿易をさらに制限する狙いがある。
制裁そのものは、イラン経済に相当な負担を与えるだろう。しかし、今回の制裁をトランプ政権が見いだした新しい「勝ち筋」とみるべきではない。むしろ、軍事的にも外交的にも決着をつけられない状況の中で、「イランへの圧力を強めている」という姿を維持するための手段という性格が強いと考えられる。
とりわけ11月の中間選挙を控えていることは重要である。トランプ政権にとって、本格的な地上戦に踏み込むことは政治的にも軍事的にもリスクが大きい。一方、イランとの妥協に転じれば、開戦以来の強硬姿勢との整合性が問われる。その間を埋める手段として、経済制裁は使いやすい。
ただし、制裁を本気で徹底すれば今度は米国自身がコストを負うことになる。イラン産原油の主要な買い手まで厳しく締め上げれば、原油価格が上昇し、米国のインフレやガソリン価格にも影響する。イランを追い詰める政策が米国民の生活を圧迫すれば、中間選挙を前に政権に跳ね返ってくる。その意味で、8月の制裁は戦争を終わらせる決定打というより、中間選挙までの「時間稼ぎ」と見る方が実態に近い。
さらに問題なのは、イラン側も米国の事情を見ていることである。ワシントンでは、イラン側がトランプ大統領の威嚇を次第に「実行を伴わないブラフ」と受け止めつつあるとの指摘もあった。抑止は、強い言葉を発することで成立するものではない。相手に「本当に実行する」と信じさせて初めて成立する。米国が自らの選択肢を狭めれば狭めるほど、イランにその余地を与えることになる。
ホルムズ海峡が示す「米国の限界」
今回の戦争を考える上で、もう一つ重要なのがホルムズ海峡である。日本では「いつ海峡が再開するのか」という問いになりがちだが、米国で聞いたのは、「開くか閉じるか」ではなく、「誰が通航の条件を決めるのか」という問題になったという見方であった。
米国は世界最強の海軍を持つ。しかし、イランは米海軍と正面から戦う必要はない。ミサイル、無人機、小型艇、機雷などを組み合わせ、タンカーや商船に継続的なリスクを与えればよい。船が物理的に通れることと、航路が正常化することは同じではない。保険料が上昇し、船会社が航行をためらえば、それだけでイランは世界のエネルギー供給に影響を及ぼすことができる。しかも、リスクはホルムズ海峡だけではない。紅海側のバべルマンデブ海峡も不安定化すれば、日本にとっては二つの海峡を同時に見る必要がある。原油、LNG(液化天然ガス)、海運、保険を一体で考えると、日本のエネルギー安全保障は開戦前より不安定になっている。
湾岸諸国も一枚岩ではない。サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)と、ホルムズ海峡依存度の高いカタール、クウェート、バーレーンでは、戦争から受ける影響が異なる。サウジがイランとの関係改善を模索する一方、UAEは米国やイスラエルとの関係を重視するなど、それぞれが異なる生存戦略を取り始めている。ホルムズ海峡の問題は、単なる航路の安全確保ではない。米国が中東の秩序を一方的に管理することが難しくなり、湾岸諸国自身が生き残りのために政策を選択する時代に入りつつあることを示している。
日本が備えるべきは「終戦」ではなく「長期化」
この半年間で明らかになったのは、米国が軍事的に圧倒的な強さを持っていても、それだけでイランを変えることはできないということである。
情報戦でも同じことがいえる。ワシントンで聞いたのは、今回の問題は情報不足というより、イラン社会に対する「理解不足」だったのではないかという指摘である。軍事目標や指導者の所在を把握する能力と、宗教、革命理念、組織文化、国民感情を理解する能力は別物である。戦術的な成功が、そのまま戦略的な成功につながるわけではない。日本に必要なのも、戦争がいつ終わるのかを当てることではない。長期化することを前提に備えることである。
米国が中間選挙までは制裁と限定的な圧力を続け、その後に軍事・外交政策を見直す可能性があるとすれば、日本は原油価格、ホルムズ海峡、海運、保険、金融取引、二次制裁まで含めて、複数のシナリオを想定する必要がある。
日本は原油の約95%を中東に依存している。3月の寄稿でも、ホルムズ海峡封鎖は日本にとって重大な戦略的リスクになると指摘した。半年後の現在、その意味はさらに重くなっている。同時に、日本が見るべきなのはイランだけではない。戦争の一方で、サウジアラビアやUAEでは、AI、データセンター、物流、港湾、エネルギー、防災などへの投資が進んでいる。戦争後の復旧と将来に向けた成長投資が並行する、新しい中東が生まれつつある。
米国は依然軍事的には優位にある。しかし、その軍事的優位を政治的な勝利に結びつけることができず、外交も経済制裁も決定的な出口にはなっていない。前に進めば大規模戦争、後ろに下がれば政治的敗北。トランプ政権はその間で、制裁や封鎖によって時間を稼いでいる。一方、イランも米国に勝てるわけではないが、現時点で降伏する必要もないと考えている。双方が決定的な勝利を得られないまま、戦争が長期化する構図が生まれているのである。
日本国際問題研究所客員研究員 中川浩一(なかがわ・こういち) 1969年京都府生まれ。94年外務省入省。エジプトでアラビア語研修後、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、イスラエル、米国、エジプトの日本大使館などで勤務。天皇陛下、首相のアラビア語通訳を務める。2020年外務省退職。中東関連の著書に「中東危機がわかれば世界がわかる」、「ガザ」(いずれも幻冬舎)、「『新しい中東』が世界を動かす」(NHK出版)。
編集部からのお知らせ
新着情報
あわせて読みたい
自動車リサイクル促進センター













