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【K-POPもKドラマも深読みしたら韓国が見えた】#受験競争だけではない韓国の教育問題、「鉄槌教師」が問う教師の役割

 K-POPや韓国ドラマは、エンターテインメントであると同時に、韓国社会を映す鏡でもある。何気ない言葉やしぐさ、習慣の背景をたどると、その国ならではの価値観や歴史、人との関わり方が見えてくる。この連載では、韓国カルチャーを入り口に、知っているようで知らない韓国を読み解いていく。

▽「この学校に“真の教育”をします」

 Netflixで6月5日に公開された韓国ドラマ「鉄槌教師」が、非英語シリーズの世界ランキングで4週連続1位になった。公開8週で、Netflixの歴代非英語シリーズのトップ10入りも果たしている。主人公は、キム・ムヨル演じる政府の特殊機関「教権保護局」のナ・ファジンをはじめとする監督官たち。彼らが荒れた学校に乗り込み、問題を起こす生徒や保護者らと対峙(たいじ)し、ときには力ずくで問題を収める。

 ドラマ紹介には「スカッとする」という表現が並ぶ。確かに、加害者を懲らしめる痛快なリベンジものにも見える。

 しかし、ドラマの展開を見ると、単なるリベンジものではないと気づく。例えば、第1話の大物政治家の息子のエピソード。教権保護局は、彼の父親の不正を暴き、失脚させる。単なる悪人成敗かと思いきや、後ろ盾の父を失うことで、息子に自らの行いを反省させるのが目的だという。

 生徒に反省を促すために、政治家を失脚させる。なぜそこまでするのか。原題を知ると、このドラマの見方は少し違ってくる。

 原題は「チャムギョユク(真の教育)」。第1話、学校で起きるいじめに対処するため、教権保護局の監督官として登場したナ・ファジンは、こう宣言する。

「今日をもって、この学校をチャムギョユクします」

▽「真の教育」の二つの顔

 「真の教育」は、1980年代の教育民主化運動を象徴する言葉だった。当時の韓国では、激しい受験競争に加え、国家が学校や教師を強く統制していた。成績だけで子どもを評価する教育でも上から押しつけられる教育でもなく、教師自身が教育の主体となり子どもを一人の人間として育てる。それが「真の教育」だった。1989年に結成された全国教職員労働組合も、この言葉を重要な理念として掲げた。

 ところが30年以上たった今、インターネット上では、この言葉がほぼ別の意味で使われている。加害者が返り討ちに遭う。迷惑ユーチューバーが痛い目を見る。そんな場面で「真の教育を食らった」というコメントが使われている。迷惑な相手を厳しく懲らしめて「わからせる」という意味に転じているのだ。

 かつて国家の統制から教育を取り戻そうとした教師たちが掲げた「真の教育」。それが今や、教育現場を混乱させる者を厳しく懲らしめるドラマのタイトルになっている。

▽教師として扱われない

 韓国の教育ドラマといえば、私が思い出すのは「SKYキャッスル」だ。子どもを名門大学に入れることに執着する大人たちの傲慢さと、それが招く家族の崩壊を描いた作品だ。韓国ドラマでは、熾烈(しれつ)な受験競争と、それに翻弄(ほんろう)される子どもや家族の姿が繰り返し描かれてきた。

 「鉄槌教師」にも、受験競争の影が見える。学校の教師よりも、受験で結果を出す塾講師が重んじられる場面がある。だが、このドラマの主役は受験に追われる子どもたちやその保護者ではない。

「先生も人間です。我慢にも限界があります」

 教室内で同級生や教師をあざ笑う生徒。わが子の内申のためなら脅しもいとわない保護者。児童虐待として訴えられることを恐れ、注意さえできない教師。トラブルを大きくしたくない管理職は教師に我慢を求める。学校という場で、教師が教師として扱われない−−。このドラマでは、教師が追い詰められている。

 そんな教師たちに代わって生徒を叱り、教育に乗り出すのが教権保護局の監督官たちだ。いじめの加害者には自分の行為と向き合うことを求め、被害者には一人で抱え込まず、大人を信じて助けを求めることを教える。その矛先は、理不尽な要求を繰り返す保護者や、教師としての責任を果たさない教師にも向けられる。監督官たちは、ときに強引な手段を使いながらも、何が間違っているのか、人としてどう振る舞うべきなのかを繰り返し説いていく。

「教師には、学生を正しい方向へ導く義務がある」

「教育とは、諦めることではなく、最後まで責任を取ることです」

「過ちを覆い隠してやるのが愛ではなく、正してやるのが愛です」

「医者が患者を恐れたらきちんと治療できず、弁護士が依頼人を恐れたらきちんと弁護できない。教師が生徒を恐れたらまともな教育はできないんです」

 教師には子どもを指導する責任があり、間違いを正すことも教育の一部。だが、その役割を教師自身が果たせなくなっている。そこに、このドラマが描く教権問題がある。

△教権とは

 韓国では近年、「教権」という言葉をニュースで頻繁に目にする。

 ここでいう教権とは、単なる「教師の威厳」ではない。教師が正当に授業や生活指導を行い、その教育活動が守られる権利や権限まで含んでいる。

 とりわけ「学生人権」と「教権」が並べて論じられるようになったのは、2010年前後からだ。韓国ドラマでもよく描かれてきた体罰の禁止や学生の権利を重視する流れが進み、2010年には京畿道で学生人権条例が制定された。一方で、生徒による暴言や暴力、保護者からの過度な要求や苦情が、教師の教育活動を妨げる問題も表面化していった。生活指導をした教師が児童虐待として通報されることへの不安も広がった。

 その問題が一気に表面化したのが2023年だ。7月、ソウルの小学校で1年生の担任教師が校内で亡くなっているのが見つかった。教師が直前に児童同士のトラブルへの対応に当たっていたことが注目され、「苦情や児童虐待通報を恐れて十分な指導ができない」という教師たちの声が全国に広がった。

 韓国教育部は同年を「教権回復元年」と位置づける。その後、正当な生活指導と児童虐待を区別する仕組みや、保護者からの苦情を教師個人ではなく組織で受ける体制などが整備され、「教権保護4法」が成立した。

 原作ウェブトゥーンは、チェ・ヨンテクがストーリー、ハン・ガラムが作画を担当している。チェ・ヨンテクは、一部のエピソードで実際の事件を参考にしたことを明かしている。ドラマ版でも、いじめや入試不正、悪質な保護者からの苦情、児童虐待通報など、韓国で実際に社会問題になった出来事が取り込まれている。

 中でも、保護者から細かな要求や苦情を繰り返し受け、追い詰められていく小学校教師が描かれた第5話に、2023年の教師死亡事件を重ねて見た視聴者が少なくなかった。このドラマの「教権保護局」はフィクションだが、教師が保護者からの苦情や児童虐待通報に不安を抱く状況は、現実の韓国社会でも問題となっている。

▽「真の教育」とは

 最後に、第4話の入試不正を扱うエピソードで登場するイ・ソンミン演じる教育部長官チェ・ガンソクの言葉から。

「大人なら大人らしく、先生なら先生らしく」

 近年、「男らしさ」「女らしさ」をはじめ、さまざまな「らしさ」を押し付けることが否定されてきた。個人の自由や権利は大切だ。しかし、その一方で、社会の中でそれぞれが果たすべき役割や責任まで否定して良いのだろうか。もちろん、昔ながらの権威的な教師像を取り戻そうという話ではない。「先生」とは何か。このドラマは、その意味を改めて問いかけている。

 韓国の教育を語るとき、日本では激しい受験競争にだけ目を向けがちだ。「鉄槌教師」は、韓国にあるもう一つの教育問題を映し出している。学生の権利を守りながら、教師が教育する力をどう守るのか。今、韓国の学校では、その難しいバランスが問われている。


筆者プロフィール

たんふる先生(韓活韓国語ラボ)。韓国語・韓国文化研究者。NHKラジオ語学講座講師や韓国ドラマの字幕翻訳を手がけ、韓国ドラマ専門誌「もっと知りたい!韓国TVドラマ」(休刊)では「ドラマで学ぶ韓国語」を15年間連載。現在は「GOING SEVENTEEN」全123話・字幕約11万行やBTSのバラエティー字幕をデータ分析し、「推しが実際に話す韓国語」を読み解いている。分析の詳細はnote「韓活韓国語ラボ」で公開中。

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