きっと大平元首相は泣いている 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】
今や永田町は、減税や補助金、給付金のオンパレードだ。生活困窮者に十分な施策を講じなければならないのは当然だが、ベンツやポルシェを走らせるためのガソリン代の補助のみならず、キャビアまで減税の対象になると、まさに古代ローマの“パンとサーカス”の手法と似る。そもそも異常な物価高や生活難の根本原因にメスを入れないまま、世論受けしやすいバラマキにアクセルを踏むのには懸念も残る。
日本がノルウェーやデンマークのように財政が潤っていれば、さして問題ではないかもしれない。だが、税の自然増収が比較的多く予想される今年度でさえ、新規国債発行額は29.6兆円に上り、公債依存度は実に24.2%だ。今年度の当初予算の規模が122兆円であるのに対し、国の借金は国内総生産(GDP)の2.6倍の1342兆円にも達し、先進国の中で最悪である。6月5日に成立した補正予算も、財源は全額赤字国債で賄われる。
不思議なのは、こうした深刻な財政状況にもかかわらず、「積極財政の大合唱」に対して誰も声高に異論を唱えない、待ったをかけない、この空気だ。「不満を持っている者はいる」(自民中堅)というものの、“高市一強”の勢いに押されてか、それとも物言えば唇寒しと思ってか、永田町は実に静かだ。多くの野党も食料品の消費税率が0%にならないことに目くじらを立てるが、問題はそこではないはずだ。
かつての自民党には一定数の財政規律派がいて、堂々と論陣を張った。今となっては昔話になるが、大蔵省(当時)や政府税調にも気骨のある国士がいた。政調会長室の前に「犬と大蔵省は入るべからず」と大きく張り紙をされても、党税調会長に「政府税調の意見は軽視しない、無視する」と言い放たれても、正しいと思えば一歩も引かずに主張した。
永田町で財政再建を俎上(そじょう)に載せなくなったのには、いくつもの理由が考えられる。首相官邸の権限が強くなりすぎたこともあるだろうし、財政再建を口にしにくい社会経済状況や受益と負担の関係が曖昧なことも影響している。現行の選挙制度の下では、増税の争点化が回避されやすいことも否めない。だが、もう一つの大きな理由は、手本となる生きざまが見られなくなったことかもしれない。
1970年代後半、大平正芳首相(当時)は一般消費税の導入を掲げ、文字通り、壮絶な死を遂げた。命を懸けてまで導入にこだわったのは、蔵相時代に財政法で禁じられている赤字国債を大量発行し、その後の国債依存財政のきっかけをつくった責任を痛感していたからだ。「特例公債法の制定は万死に値する、子孫に赤字国債のツケを回すようなことがあってはならない」との強い思いから、自ら十字架を背負った。
1980年代後半には、竹下登首相(当時)が「若し聞く人なくば、たとひ辻立ちして成とも吾志を述べん」と力説し、消費税の導入に強い執念を見せた。牛肉・オレンジの輸入自由化による農政不信、そしてリクルート事件に端を発する政治不信も加わり、竹下氏は満身創痍(そうい)になりながらも、終戦直後に導入されたシャウプ税制以来の大改革にこぎ着けた。
1990年代後半に首相となった橋本龍太郎氏は、財政構造改革など「六つの改革」を掲げ、「火だるまになっても成し遂げる」と強い意気込みを見せた。橋本氏は超緊縮型の予算を組み、減税をためらったものの、山一証券の破綻など不況の深刻化を受け、参院選直前に4兆円の特別減税を打ち出したことがかえってあだとなり、自民党に大惨敗をもたらした。「アクセルとブレーキを踏み間違えた」とやゆされたが、財政族としての意地とこだわりがあったことは間違いない。
翻って、今はどうか。借金を重ねるときに、大平元首相が抱いた悩みや痛みをほんの少しでも感じているだろうか。「責任ある積極財政」を真正面から否定しないまでも、堂々と警鐘を鳴らす勢力があってもいいのではないか。もとより経済政策を巡ってはさまざまな考え方があるが、巨大与党であっても“徳政令”は出せないのだから、将来への厳粛な使命として、少なくとも膨大な借金を返す明確な目標と段取り、計画だけは示すべきではないか。
奇しくも明後日は大平元首相の、来週は竹下元首相の、そして3週間後は橋本元首相の命日である。先人たちが生きていれば、この“感覚麻痺の借金体質”をどう思うだろうか。“返済計画のない次世代へのツケ”をどう思うだろうか。19世紀の米国の牧師・学者、ジェームズ・F・クラークは、「政治屋は次の選挙のことを考え、政治家は次の世代のことを考える」との言葉を残している。言い得て妙かもしれない。
【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。














