「特集」ゲームチェンジの行方 トランプ氏の〝誤算〟混迷のイランを読み解く

黒田賢治
国立民族学博物館グローバル現象研究部准教授
2026年2月28日、イスラエルと米国は突如、イランを攻撃した。米国トランプ大統領が、イランの体制転換と核兵器保有を防ぐことを大義名分に、先制攻撃を行ったのだ。折しもイランと米国が2月8日からオマーンで核問題の交渉を行い、来週には実務者協議が始まるという報道がなされたばかりであった。
イランも両国の攻撃に対し即時反応し、イスラエル本土のみならず、周辺の湾岸諸国にある米軍基地を攻撃し、イランに連帯する中東各国の武装組織もそれに加わった。戦火は、イラン、イスラエルのみならず、湾岸諸国、イラク、レバノンに広がった。
戦争開始当初から、トランプ大統領は軍事目標の達成や、戦争終結が間近だと言い続けてきた。しかし、それらの発言とは裏腹に、イランは少なくとも本稿を執筆している4月初めまで、指導部の損失にもかかわらず、1カ月以上戦い続けてきた。(4月8日、米・イランが2週間の即時停戦で合意)。
そしてイランは開戦当初からペルシャ湾内から石油輸送の要所であるホルムズ海峡を管理下に置き、世界経済への影響力を武器に、軍事面で非対称な戦争を続けてきたのである。
崩壊しそうにない体制
トランプ大統領の発言からすれば、当初の目論見では、国家元首である最高指導者アリー・ハーメネイー師(ハメネイ師)を殺害すれば、イランの体制は簡単に崩壊するはずだった。そのため先制攻撃でハメネイ師の執務事務所を攻撃し、師の殺害という目標を達成した。続けて軍や治安維持に関わる高官、さらには安全保障問題の指導部幹部の殺害も続いた。
しかし、一向にイランの体制は崩壊しそうにない。トランプ大統領の誤算は、イランの支配体制を最高指導者の「独裁」として理解していたという、大きな誤認に他ならない。
イランにも三権分立の原則がある。行政府の長は大統領、司法府の長は司法権長、立法府の長は一院制のイスラム評議会議長であり、それぞれが独立している。イランの現体制が特殊であるのは、1979年の革命を経て、イスラム教の理念にかなう国家・社会・経済運営を掲げている点だ。
そのため、立法府で可決された法案が、一般の法律のみならずイスラム法に違反していないか審査する監督者評議会(護憲評議会とも呼ばれる)が設けられている。さらには立法府と監督者評議会の調停機関として、公益判別評議会が設置されている。
最高指導者は、簡単に言えば、これらの政治機関の上位に位置付けられる。司法権長の指名、監督者評議会のイスラム法学者の評議員、革命防衛隊と国軍、さらに両者を束ねる統合参謀本部のそれぞれの長を指名し、さらには国内外の安全保障に関わる諸問題を討議する国家安全保障最高評議会にも、代理人を通じて大きな影響力を持つ。いわば、「政府の〝政府〟」という役割を担うのが、最高指導者なのである。
最高指導者は、選挙で選ばれたイスラム法学者たちからなる専門家会議が任命するイスラム法学者である。しかもその選挙実施にあたっては、監督者評議会のイスラム法学者が管理する役割を担う。
つまり最高指導者は、自身を選出する過程に介入できるのだ。また、監督者評議会のイスラム法学者は、大統領や「国会」議員の選挙についても管理の役割を担う。そのためイランの選挙は、選挙(エンテハーブ)ではなく、〝任命(エンテサーブ)〟だという批判もある。
この仕組みを最大限悪用すれば、最高指導者の独裁も可能である。しかし実際には、そうはなっていない。最高指導者らの体制指導部は、ある程度の範囲で強権を発動するものの、発動が必要のない範囲では競争可能な仕組みを維持してきた。それはあくまでも国民の代表による政治であるという建前を内外に示すためである。
制度化された官僚機構
また、最高指導者にさまざまな権力が集中しているとはいえ、あらゆる分野の決定を自身でしているわけではない。最高指導者は全体の方針を示す役割を担い、最終的な決定の責任を負う。その方針に基づき、行政であれば大統領および閣僚と傘下の省庁が、立法であれば議会が、安全保障であれば国家安全保障最高評議会が、軍事であれば国軍・革命防衛隊の両軍を束ねる統合参謀本部が実施の責任を担う。またそれぞれの組織では、与えられた方針に沿って、それぞれの立場で実務を担っていく。つまりイランの支配体制は、非常に制度化された官僚機構でできているのである。そしてそれは、前パーレビ王政の下で発展した官僚制の賜物であると言っていい。
高度に発展した官僚機構の大枠は、国家の最高法規である憲法に基づいている。ハメネイ師の殺害を受けても、やはり憲法に従い、殺害が確定後、速やかに大統領らからなる指導組織体制を発足させた。そして3月9日には、ハメネイ師の次男モジュタバー・ハーメネイー師(モジタバ師)が、専門家会議の選出により最高指導者に就任した。
民衆の今
今回のイランでの戦争に先立ち、2025年12月末からイラン全土で起こった抗議運動について記憶している読者も少なくないだろう。
経済的困窮に端を発する抗議行動と治安維持部隊の衝突が激しさを増す中、2026年1月8日からインターネットの遮断が行われ、その間に治安維持部隊によって無慈悲に抗議運動の鎮圧が行われた。数千人もの死者を出したと言われるこの事態では、米国に亡命中の前パーレビ王政の遺児への支持も見られた。そのためイランの国民の多くは、現体制を支持していないという理解から、最高指導者の独裁国家という誤解も一層広がったのであろう。
体制指導部への不満を口にする市民は多い。これまでに起こってきた抗議運動でも、「(パレスチナの)ガザでもなく、(ヒズボラのいる)レバノンでもなく、イランのために」というシュプレヒコールが上がってきた。対外政策を進めるのではなく、経済的に困窮している国内政策を優先せよという意味である。
今回の抗議運動で、イスラム法学者によって統治される現体制への幻滅によって、元皇太子を支持した市民も現れたのは事実である。しかし実際に元皇太子の帰還を心から願っていたかと言えば、不確かである。抗議運動に参加した多くの市民は、経済的困窮という現状への不満の意思表示と、体制が制限する「自由」に対する権利要求が目的であったからだ。
戦争が続く中、国内では体制支持活動の活性化と治安強化が図られた。ハメネイ最高指導者の殺害に哀悼の意を示すため、モジタバ最高指導者への忠誠を示すため、昼夜大通りや広場で体制支持の集会や行進が行われてきた。また体制への忠誠を示すため、国旗を携えた集団がバイクや車で大通りを走り回っている。
インターネットのアクセス制限も行われ、国内の情報が国外に届きにくい状態が続けられてきた。情報統制のためだ。また昨年6月の対イスラエル戦争後、検問所が都市間の街道に設置されてきたが、今回の戦争では市内各地に検問所が設けられた。さらには治安維持要員の年齢が12歳にまで引き下げられた。検問所では、検査員の民兵が車両の確認とともに、スマートフォンのチェックを行っている。検査官は米国やイスラエルの諜報機関と連絡を取っていないかだけでなく、国内の被害の様子を記録し、国外に発信していないかをチェックして回っている。スマートフォンの電源を切っていても、起動させて周到に確認している。国内の不穏分子を取り締まるためである。
イラン人であること
昨年末からの抗議運動に際し、元皇太子はトランプ大統領に体制転覆のためイラン攻撃実施を要請した。そしてその要請は、今回の戦争が勃発することで実現した。しかし市民の反応は、元皇太子の期待ともトランプ大統領の期待とも違う結果であった。
自由が制限されていることに戸惑いや不満を持つ市民も少なくない。しかしそれ以上に、国外からイランへの攻撃を喜ぶ、元皇太子や在外イラン人に対する怒りが大きい。国内で生活する市民にとって、インフラ設備への攻撃は日々の生活に直結する問題である。そのため抗議運動に参加した市民も、元皇太子や在外イラン人は結局のところ、戦争によって荒廃したイランへ帰ってくる気などなく、無責任に自分たちの願望を喧伝しているに過ぎないと批判を強めている。
戦争という危機的状況の中、イランに暮らす人々のあいだで「イラン人であること」が強く意識されつつある。それは現体制に対して政治的に異なる立場の人々にある、唯一の共通性といっていい。これまでの抗議運動で、運動側と体制側が衝突を繰り返し、同じイランという国に住みながらも、別世界に生きる住人のように分断されてきた。その分断はなおも根強い。しかし戦争という危機的状況のなかで、分断されてきた当事者同士が関わらざるを得ない状況も生まれている。なかには、これまで体制を批判してきたような若者が、体制派とともに路上に姿を現すことも見られるようになった。
戦争が続く中、一時的な解雇を告げられる労働者も現れている。爆撃もやむ気配はなく、さらなる攻撃も示唆され続けてきた。しかし、それでもこの戦争もいつかは終わる。その時、体制指導部は祖国のために尽くした人々の願いをどのように汲みとっていくのだろうか。それが今後のイランの行く末を大きく左右していく。
国立民族学博物館グローバル現象研究部准教授 黒田賢治(くろだ けんじ) 1982年奈良県生まれ。北海道大学文学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。博士(地域研究)。2025年より現職。専門は中東地域研究、文化人類学、イスラーム研究。著書『イランにおける宗教と国家1-現代シーア派の実相』(ナカニシヤ出版)、『戦争の記憶と国家1-帰還兵が見た殉教と忘却の現代イラン』(世界思想社、国際宗教研究所賞奨励賞受賞)などがある。近著に『イラン現代史 イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで』(中公新書)。
(Kyodo Weekly 2026年4月20日号より転載)













