螺鈿に使用されるヤコウガイの産地同定が可能に
2026年4月21日
金沢大学理工研究域物質化学系の長谷川浩教授および総合技術部の南知晴技術専門職員、MOA美術館の内田篤呉館長、立正大学地球環境科学部の川野良信教授、岩崎望名誉教授らの共同研究グループは、螺鈿(※1)に使用されるヤコウガイの貝殻に含まれる微量元素を分析し、生息海域の同定ができることを明らかにしました。本研究はMOA美術館の内田篤呉館長を中心に実施され、同氏を筆頭著者とする論文として発表されました。
ヤコウガイは、インド洋および西部太平洋の熱帯サンゴ礁域に生息する大型の巻貝で、古くから螺鈿の主要な素材として利用されてきました。日本の螺鈿器は、国の有形文化財として国宝に20点、重要文化財に64点が指定されており、極めて高い文化的価値を有しています。本研究では、ヤコウガイ殻中のSr/Ca、Mg/Ca、K/Caといった元素比が、生息海域ごとに特異な値であり、産地同定が可能であることを示しました。ヤコウガイ殻の微量元素濃度は、生息していた海水中の微量元素濃度を反映するとともに、水温などの環境要因に影響されるためだと考えられます。
これらの知見は将来、螺鈿に用いられたヤコウガイやどのような経路で運ばれてきたのか、いわゆる「シェル・ロード」の解明という歴史的な研究で、東アジア・東南アジアにおける貿易史や文化交流の実態解明に活用されることが期待されます。
本研究成果は、2026年3月2日に『Regional Studies in Marine Science』誌に掲載されました。
【研究の背景】
腹足類ヤコウガイTurbo marmoratusは、殻の直径は20 cm以上、重さは2 kgに達することもある大型の巻貝です(図1)。インド洋および西部太平洋の熱帯サンゴ礁域に広く生息しています。食用とされるほか貝殻に形成される美しい真珠層は、ボタンや漆器、宝飾品、家具の象嵌材料として利用され、螺鈿の主要な素材となっています(図2)。螺鈿は、東アジアおよび東南アジアの地域において長い歴史を有し、日本では奈良時代から、中国では唐時代、朝鮮半島では高麗時代から盛んにつくられました。日本の螺鈿器は、国の有形文化財として国宝に20点、重要文化財に64点が指定されており、極めて高い文化的価値を有しています。それらに使用されているヤコウガイの生息地を同定することができれば、ヤコウガイがたどった道、すなわち「シェル・ロード」を推定する手掛かりとなり、東アジア・東南アジアにおける貿易史や文化交流の実態を解明することができます。
本研究では、ヤコウガイの主要な生息地である東南アジア近海および琉球列島で採集されたヤコウガイを対象に、ヤコウガイ殻中に含まれる微量元素を指標として、産地の同定が可能かどうかを検討しました。産地同定が可能となったとしても、傷をつけることができない文化財に応用するためには、非破壊での分析が必要です。そこで本研究では、同一試料を用いて、精度は高いが試料の溶液化が必要なICP-MS(※2)およびICP-OES(※3)と非破壊法であるXRF(※4)で得られた分析値を比較することで、文化財に応用できるかどうかについても検討しました。
【研究成果の概要】
1)4海域7ヶ所で採集されたヤコウガイ30個体の貝殻に含まれる微量元素をICP-MS、ICP-OES、XRFを用いて分析しました。採集場所は、以下のとおりです。
・アンダマン海(Andaman Sea):ココ諸島(Coco Islands、ミャンマー)、ミェイク(Myeik、ミャンマー)、プーケット(Phuket、タイ)
・タイランド湾(Gulf of Thailand):フーコック島(Phu Quoc Island、ベトナム)
・スールー海(Sulu Sea):シブコ(Sibuco、フィリピン)
・東シナ海(East China Sea):伊平屋島、沖縄本島
2)ICP-MSおよびICP-OESにより得られた各産地に共通して検出された7元素を用いたクラスター分析(※5)の結果、各試料はおおむね海域ごとにグループにまとまる傾向を示しました(図3)。
3)Sr/Ca、Mg/Ca、K/Caの元素比は、生息海域ごとに特異的な値であり、Sr/CaとMg/Ca、Sr/CaとK/Ca、Mg/Caと-K/Caのそれぞれの散布図では、各個体はおおむね海域ごとにまとまりました。これらの元素比を指標とすることで、産地同定が可能であることが明らかになりました(図4)。
4)Sr/CaおよびMg/Ca については、XRFで得られた値とICP分析による値との間に有意な正の相関があり、XRFによる非破壊分析を文化財へ応用できることが示されました。
【今後の展開】
本研究では、ヤコウガイ殻中のSr/Ca、Mg/Ca、K/Caが生息海域ごとに特異な値であり、産地同定が可能であることを示しました。ヤコウガイ殻に含まれる微量元素濃度は、生息している海水中の微量元素濃度を反映するとともに、水温などの環境要因に影響されるためだと考えられます。本研究では、2020年代に採集された試料を用いて地理的な変化を明らかにしましたが、「シェル・ロード」の解明という歴史的な研究に応用するためには、過去の時代における環境変動を考慮した時間的な変化に関する研究を行う必要があります。
図1.分析に使用されたヤコウガイ、殻高24.5 cm。©MOA美術館。
図2.重文 蓮唐草螺鈿礼盤 鎌倉時代13世紀、MOA美術館蔵。©MOA美術館。
図3.ICP-MS、ICP-OESで分析されたヤコウガイ殻の微量元素を用いたクラスター分析による樹形図。
Reprinted from Regional Studies in Marine Science, Vol. 96, Uchida et al., “Trace elements in green turban shell (Turbo marmoratus) as indicators for provenance of mother-of-pearl”, Article No. 104890, Copyright (2026), with permission from Elsevier. (本図は Elsevier より許可を得て転載しています。)
図4.ICP-OESで分析されたヤコウガイ殻のSr/Ca、Mg/Ca、K/Caの散布図。
Reprinted from Regional Studies in Marine Science, Vol. 96, Uchida et al., “Trace elements in green turban shell (Turbo marmoratus) as indicators for provenance of mother-of-pearl”, Article No. 104890, Copyright (2026), with permission from Elsevier. (本図は Elsevier より許可を得て転載しています。)
【掲載論文】
雑誌名:Regional Studies in Marine Science
論文名:Trace elements in green turban shell (Turbo marmoratus) as indicators for provenance of mother-of-pearl
著者名:Tokugo Uchida, Hiroshi Hasegawa, Tomoharu Minami, Yoshinobu Kawano, Nozomu Iwasaki
掲載日時:2026年3月2日にオンライン版に掲載
DOI:10.1016/j.rsma.2026.104890
【用語解説】
※1 螺鈿
螺鈿は文様に切り出した貝殻片を用いて漆工品や木工品などに装飾を施す工芸の一技法。広義には、その技法で製作された工芸品をも指す。
※2 ICP-MS
誘導結合プラズマ質量分析法。高温のアルゴンプラズマを用いて溶液中の元素をイオン化して元素を定量する方法。ICP-OESよりも低濃度の元素を分析することが可能。
※3 ICP-OES
誘導結合プラズマ発光分光分析法。高温のアルゴンプラズマを用いて溶液中の元素に固有の発光スペクトルを発生させることで元素を定量する方法。
※4 XRF
蛍光X線分析法。試料にX線を照射することで発生する固有の蛍光X線から元素とその含有量を分析する方法。非破壊での分析が可能。
※5 クラスター分析
データの類似性に基づき、データをグループに分ける統計的手法。
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