東京の私鉄制度はいかにして生まれ、根付いたのか
―歴史的制度論から見る制度の成り立ちと持続性―
2026年4月13日
早稲田大学
東京の私鉄制度はいかにして生まれ、根付いたのか ―歴史的制度論から見る制度の成り立ちと持続性―
詳細は早稲田大学HPをご覧ください。
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<発表のポイント> ■本論文は、東京の私鉄制度がなぜ長い間変わらず続いてきたのかを、歴史や政策の積み重ねという視点から分析したものです。 ■これまで、交通を社会や政治の中で捉える研究は行われてきました。本研究には、それに加えて制度の形成・持続・変化を歴史的に分析する『歴史的制度論』を提唱する点に新規性があります。 ■鉄道会社が不動産開発などを併営し独自採算で運営する仕組みや制度は、かつて欧米でも見られましたが、現在でも続く日本・東京の鉄道業界は世界的に見ても独特な事例であり、こうした制度がいかに形成・強化されてきたかを明らかにしました。 ■私鉄企業に不動産開発などの兼業を制度的に認め、その収益によって採算を確保し公的財源に依存しないこの仕組みは、都市の利便性や持続性を支える一方で、鉄道利用と不動産開発が集中する大都市圏・都心部と、採算が取りにくく公共交通の維持が難しい地方・郊外との地域間格差などの課題も併せ持つ可能性があります。 ■本研究は、交通を単なる技術的対象ではなく歴史と権力の中で形作られるものとして捉え直す重要性を示しています。また、交通制度を成立過程にさかのぼって分析することで、私鉄の非運輸事業による収益確保の仕組みが政策により歴史的に選択・強化されてきたことを示し、今後の交通・都市政策における新たな制度設計の可能性を提示しています。 |
早稲田大学先端社会科学研究所の劉 雨迪(リュウ ユディ)助教は、2026年3月13日、都市研究分野の主要学術誌『Urban Studies』において、論文“Historical institutionalism for critical transport studies: The politics of private railways in Tokyo”を発表しました。
本論文では、東京の私鉄制度がいかなる歴史的経緯と政治的選択の積み重ねによって形成され、いかに現代まで維持されてきたのかを明らかにしました。
これまで、交通を社会や政治の中で構築されたものとしてとらえる研究(批判的交通研究※1)は行われてきました。しかしながら、歴史的な観点から制度の形成・持続・変化を体系的に分析する研究(歴史的制度論※2による研究)は十分に行われてきませんでした。本研究の新規性は、こうした点に着目し、歴史的制度論を用いて分析したことにあります。
本研究は、先行研究が十分に扱ってこなかった経路依存※3や歴史的偶発性※4に注目し、鉄道制度の安定と変化を読み解く視座を提示します。東京の私鉄をその一例として取り上げ、日本語の一次資料や既存研究をもとに国際的な議論の中で分析することで、非運輸事業による収益確保を制度的に認める仕組みが、いかに形成・強化されてきたかを示しています。私鉄企業に不動産開発などの兼業を制度的に認め、その収益によって採算を確保し、公的財源に依存しないこの東京の私鉄制度は、都心部の公共交通指向型開発※5と持続可能性を支える一方で、土地投機や周縁部のサービス不足といった課題も伴います。
以上を通じて本研究は、交通政策の安定・変化・分岐を批判的に理解するうえで、歴史的制度論が有効であることを示しています。

(図)首都圏における私鉄の正当性を支える制度を軸として、制度変化の時間的展開と経路依存の強化を整理した図。1868年の明治維新から現在までを『成立段階』『非対称段階』『覇権段階』の三段階に区分し、過去に選択されなかった代替的経路や、世界各地における比較可能な出来事を併せて示している。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
主流の交通研究では、交通は主に、速度・効率・利便性や、鉄道と土地利用の物理的な適合を重視する技術中心の枠組みで捉えられてきました。鉄道を軸とした公共交通指向型開発の研究も、高密度、用途の混合、空間設計といった指標を中心に発展してきました。
批判的交通研究の展開により、交通は中立的な技術ではなく、社会的・政治的に形づくられた制度であるという理解が広がりました。また、資本や権力、日常的実践、都市行政に注目する研究は、交通基盤が公共性や利害関係のせめぎ合いのなかで形成されることが示されてきました。
一方で、過去の政策選択がどのように制度を固定し、歴史的偶発性や経路依存を通じて現在の交通制度を形づくってきたのかについては、十分に着目されていませんでした。
(2)今回の研究で明らかになったこと
本研究は、鉄道や駅周辺開発を、単なる技術・採算・利便性の問題としてではなく、政治・制度・歴史の積み重ねによって形づくられる社会的な仕組みとして捉え直したものです。とりわけ、批判的交通研究に歴史的制度論を導入し、交通制度の安定・変化・分岐を読み解くための新たな分析枠組みを提示しました。
この方法により、現在の交通制度を目の前の政策や市場条件だけで説明するのではなく、制度が成立した過程にさかのぼり、その後の選択の積み重ねを追跡しました。
具体的には、明治時代以降、私鉄会社が政策決定において継続的に強い位置を占め、その利害や発想が制度に深く組み込まれてきたこと、また、私鉄事業を運賃収入だけでなく不動産や商業などの非運輸事業によって支える仕組みが、複数の歴史的局面で選択され、強化されてきた過程を明らかにしました。さらに、この仕組みは、国鉄分割民営化以降、「鉄道は独立して採算を取るべきである」という考え方と結びつきながら、繰り返し正当化され、強化されてきました。
その結果、現在の交通制度は、一時的な政策判断の集積ではなく、権力関係と制度的な学習の蓄積によって維持される構造を持つことが示されました。
本研究は、こうした分析を通じて、現在当然と見なされている制度が、実は特定の歴史的経路の上に成り立っていることを明らかにし、今後の交通政策や都市政策において、別の制度設計や支援のあり方を検討する視野を広げるものです。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究は、近年国際的に広がりつつある批判的交通研究に対し、政治学や歴史社会学で発展してきた歴史的制度論を分析方法として接続した点で、学術的な波及効果を持ちます。これにより、交通を単なる技術や効率の問題ではなく、権力関係、時間過程、偶発性の積み重ねによって形づくられる制度として捉える視点が強化されます。
また、本研究は、東京の交通制度が、効率性や福祉を一貫して目指した政策設計の結果というよりも、財政制約、権力関係、偶発的な選択の積み重ねによって形成されたことを示しました。その結果、制度が長期にわたり安定する一方で、地域公共交通には課題がありつつも、代替的な制度が構築しにくくなっていく過程を示しました。
これらの知見は、各国における鉄道財政や交通インフラへの投資の在り方、さらには道路と鉄道への投資配分といった、より広い意味での交通政策の議論にも応用可能です。
(4)課題、今後の展望
本論文は、150年以上に及ぶ東京圏の鉄道と都市開発の歴史を対象としていますが、その全体像を一編の論文で網羅するには限界があります。とりわけ、各地域の資料、企業史、自治体史、日本語で蓄積されてきた地域研究の知見には、さらに考察を深める余地が残されています。
今後は、これらの史資料をさらに幅広く用い、事例分析と方法論の両方をより詳しく展開する書籍規模の発表が期待されます。
また、本研究で示した歴史的制度論は、批判的交通研究の他の問いにも応用できる可能性も持っています。ただし、その有効性をより明確に示すには、質的資料と量的資料の双方を用いた追加的な検証が必要です。
さらに、歴史的制度論は近年まで空間や観念への関心が必ずしも十分ではありませんでした。今後は、人文地理学や都市計画学が蓄積してきた空間的・観念的視点との対話を深めることで、交通研究の分析枠組みをより豊かにしていくことが課題です。
(5)用語解説
※1 批判的交通研究:交通を中立的な技術やインフラではなく、社会的・政治的な関係の中で形づくられるものとして捉える研究
※2 歴史的制度論:制度がどのような経緯で成立し、なぜ長く続き、どのような条件で変化するのかを歴史的に分析する考え方
※3 経路依存:過去選択した制度が、その後の選択肢や発展の方向を強く制約し続けること
※4 歴史的偶発性:ある時点の偶発的な出来事や判断が、その後の制度や政策の方向に大きな影響を与えること
※5 公共交通指向型開発:鉄道やバスなどの公共交通の利用を前提として、駅周辺を中心に進める都市開発の考え方
(6)論文情報
雑誌名:Urban Studies
論文名:Historical institutionalism for critical transport studies: The politics of private railways in Tokyo
執筆者名(所属機関名):Yudi Liu (劉 雨迪(リュウ ユディ))
掲載日時:2026年3月13日
掲載URL:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00420980261419405
DOI:https://doi.org/10.1177/00420980261419405
(7)キーワード
批判的交通研究、歴史的制度論、経路依存、公共交通指向型開発、都市政治
(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:JSPS科研費 研究活動スタート支援
研究課題名:私鉄資本を問うー現代東京の公共交通指向型開発に関する歴史的制度論
研究代表者名(所属機関名):劉 雨迪(早稲田大学)
助成番号:24K22601












