サンゴ礁の島々をつなぐ中核となるサンゴ個体供給源を推定
集団遺伝解析と黒潮海流モデルによる海洋のエコロジカルネットワークの可視化
ポイント
・ サンゴ礁生態系のつながりを示す海洋のエコロジカルネットワークを可視化する手法を開発
・ 集団遺伝解析と海流モデルを組み合わせることで、実態に近い連結性を把握し、南西諸島におけるサンゴの個体供給源となる地域を推定
・ サンゴ礁の生物多様性の保全に資する基礎情報の整備に貢献
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ネイチャーポジティブ技術実装研究センター 齋藤 直輝 研究員、喜瀬 浩輝 研究員、井口 亮 研究チーム長は、サンゴ礁生態系のエコロジカルネットワークを可視化し、南西諸島(図1)におけるサンゴの個体供給源となる地域を推定しました。
サンゴ礁生態系のつながりを示す海洋のエコロジカルネットワークを解明することで、地域一帯の生態系がどのように成立し維持されているかを把握でき、生物多様性の保全にあたって重要な情報が得られます。南西諸島では、これまで主に集団遺伝解析を用いて、島々の間のサンゴの遺伝的なつながりが調べられてきました。しかし、そのつながりは複雑であり、サンゴ礁間のエコロジカルネットワークの十分な可視化・評価は困難でした。本研究によって、集団遺伝解析と海流モデルを組み合わせた検証により、島々をつなぐサンゴの個体供給源となる地域を、地理的な距離から推測するのではなく、海流を反映した条件で推定できるようになりました。この成果は、南西諸島のサンゴ礁生態系の保全の基礎となる情報提供につながることが期待されます。
なお、この研究成果の詳細は、2026年4月9日に「Scientific Reports」に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
日本の南西諸島のサンゴ礁生態系は、世界的に見ても高い生物多様性を有しています。しかし、近年は気候変動に伴うサンゴの大量白化などの影響もあり、急速に劣化が進んでいます。サンゴ礁生態系の基盤を構成する生物であるサンゴは、その浮遊幼生が海流に乗って分散することで、島々の間で個体や遺伝子を交流させています。サンゴ礁生態系の健全性を保つには、サンゴ集団がどのように連結し維持されているのかというエコロジカルネットワークを解明し、それに基づく保全計画を策定することが重要です。また、島々の交流の中核となるサンゴの個体供給源地域を特定することは、重点的な保全対象の絞り込みに寄与します。
従来は主に、サンゴ集団間の遺伝的な類似度や相違度を評価する集団遺伝解析によって、サンゴ礁間のエコロジカルネットワークが推定されてきました。しかし、集団遺伝解析の結果は、地理的に離れたサンゴ礁間でも遺伝的に近い場合があるなど複雑で解釈が難しく、エコロジカルネットワークの全体像を把握することは困難でした。加えて、保全対象種であるサンゴの採取には制限があり、十分なサンプルが得られないことも課題でした。海流モデルを用いた検討では、黒潮がサンゴ幼生の分散を促す可能性が示唆されていましたが、集団遺伝解析との相互比較による検証は行われていませんでした。
研究の経緯
産総研は、日本周辺の宝石サンゴの遺伝的な集団構造に関する調査や、浮遊幼生の分散シミュレーションによる海山生態系の連結性の評価を行ってきました(2023年4月27日 産総研プレス発表、2025年11月27日 産総研プレス発表)。
今回、南西諸島のサンゴ礁生態系において、従来の集団遺伝解析に加えて浮遊幼生の分散シミュレーションを組み合わせることで、生態系の連結性の評価が実環境に近い条件でできるようになりました。これにより、サンゴ礁生態系のエコロジカルネットワークの全体像の把握につながり、サンゴの個体供給源となる地域の推定が可能になりました。
なお、本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号24K08961)の助成を受けたものです。
研究の内容
本研究ではまず、サンゴの一種であるコユビミドリイシの過去に収集されたサンプルを用いて、南西諸島の地点間の遺伝的な相違度を評価する集団遺伝解析を実施しました。解析には、ゲノム配列中の遺伝的差異を検出する手法であるddRAD-seqを用いました。次に、海流モデルJCOPE-T(独立行政法人海洋研究開発機構)を用いて、サンゴ幼生の分散シミュレーションを行いました。シミュレーションでは、環境省がサンゴの分布を調査した南西諸島のすべての地点から仮想幼生を放出し、3年分の計算期間で計1,000万ケース以上の分散経路を計算しました。
集団遺伝解析の結果、1,000 kmに及ぶ南西諸島全域を通じて、サンゴの遺伝的な相違度が低いことが明らかとなりました。
幼生分散シミュレーションの結果、幼生分散を通じた地点間の連結性がネットワークとして可視化されました(図2)。このネットワークから、黒潮の影響により南西諸島の南端(先島諸島)から北端(大隅諸島)へ比較的多くの幼生が分散していることが示唆されました。また、黒潮に逆行する小規模な流れの影響により奄美群島が沖縄諸島への主要な幼生供給源となっている可能性が示されました。さらに、ネットワークの解析により、南西諸島地域の幼生の交流において中心的な「ハブ」として機能する地点が抽出されました。
地点間のサンゴの遺伝的な相違度は、地理的な距離との相関が低く、幼生分散を通じた連結性とより強く相関していました(図3)。これは、ハワイやカリブ海などの他地域における先行研究で、島間の距離が離れるにつれてサンゴの遺伝的な相違度が高まると報告されていることと対照的でした。これらの結果は、連結性に基づく南西諸島のサンゴ礁生態系の保全を計画する上で、地理的関係だけでなく海流の影響も考慮することの重要性を強調しています。
今後の予定
本研究で得られたサンゴ礁生態系のエコロジカルネットワークの評価結果は、南西諸島における生物多様性の保全計画の策定に寄与する重要な基盤データとなり得ます。サンゴ個体の供給源となる地域の推定が可能になることで、今後ある場所でのサンゴの減少が見られた際、そこを回復させるにはどこの地域のサンゴ礁に注目したらいいかという科学的根拠につなげることができます。また、この評価手法はサンゴに限らず、海流に運ばれて分散するさまざまな生物にも適用できる可能性があります。引き続き、広範な海洋生態系研究および生物多様性保全への応用を探って行きます。
論文情報
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Kuroshio Corridor: larval dispersal networks explain geographically independent connectivity among coral habitats in Japan
著者:Naoki Saito, Hiroki Kise, Yuichi Nakajima, Akira Iguchi
DOI:10.1038/s41598-026-40448-z
用語解説
エコロジカルネットワーク
ここでは、生物の移動を通じて個々の生息地が連結したネットワークのこと。
浮遊幼生
海洋生物において、水中を浮遊する形態を持つ、成長初期の段階のこと。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260409/pr20260409.html




















