ゲームチェンジの行方 中東秩序の再編、新たな不安定期へ米国・イスラエルによるイラン攻撃

中川浩一
日本国際問題研究所客員研究員
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する大規模軍事攻撃を開始し、その過程でハメネイ最高指導者が暗殺された。これに対しイランは直ちに報復に踏み切り、湾岸諸国の米軍基地のみならず、石油施設や観光ホテルなど民間インフラも攻撃対象とした。
日本の石油輸入の生命線であるホルムズ海峡も事実上封鎖される事態となり、中東情勢は急速に全面軍事衝突の段階へと移行した。
トランプ米大統領は、軍事作戦が4週間から5週間以上継続する可能性に言及し、必要であれば地上部隊の派遣も排除しない姿勢を示している。
また、イランの次の最高指導者の選出にトランプ大統領自身が関与する旨を述べている。一方、イスラエルのネタニヤフ首相は、今回の作戦はイラン体制を転換させることを目的としていると明言している。これらの動きは、単なる軍事衝突ではなく、中東地域秩序の構造的変化を伴う可能性を示唆している。
今回の軍事衝突は、①イラン革命体制の存続、②湾岸地域の安全保障構造、③大国間競争の中東への再流入という三つの次元において、中東秩序の再編をもたらす可能性がある。
本稿では、①米国・イスラエルによる攻撃の背景、②今後の主要な戦略的論点、③イラン体制の将来シナリオ、④日本の中東外交への政策的含意、の4点について考察する。(執筆は3月11日時点)
①攻撃の背景 核問題と地域覇権競争
今回の軍事衝突の背景には、主として三つの構造的要因が存在する。
第1に、イランの核開発問題である。攻撃直前、米国とイランはジュネーブで核協議を行ったが、交渉は決裂し外交的解決の可能性は著しく低下していた。イスラエルは長年、イランの核開発を自国の「存在的脅威」と位置付けてきた。特に2025年、イランが国際原子力機関(IAEA)の査察制限を国内法として制度化したことにより、核開発の透明性は大きく低下した。これにより、イランが核兵器開発能力を急速に高めているとの懸念が国際社会で強まった。
第2に、地域覇権競争である。イランは地域における代理勢力を通じて影響力を拡大してきた。レバノンの親イラン民兵組織ヒズボラ、イエメンの親イラン武装組織フーシ派、イラクのイスラム教シーア派民兵組織、パレスチナのイスラム組織ハマスなどは、いずれもイランの支援を受けており、その活動はイスラエルおよび湾岸諸国の安全保障環境に大きな影響を与えている。
第3に、米国の対外戦略の変化である。トランプ2・0では、軍事力を外交手段として積極的に用いる姿勢を強めており、「力による平和」という戦略が再び前面に出ている。今年1月のベネズエラへの作戦はその象徴的な事例といえる。
2025年6月に発生したいわゆる「12日間戦争」では、主な攻撃対象はイランの核施設であり、軍事行動の目的は核兵器開発能力の削減にあった。
しかし今回の攻撃では、ハメネイ最高指導者の排除という形で体制中枢が直接標的とされた。これは核問題の抑止を超え、イラン体制そのものの変化を視野に入れた戦略的行動と解釈できる。
②今後の戦略的論点
今回の軍事衝突の行方を左右する主要な論点は四つある。
第1に、米国とイスラエルの戦略的一致の程度である。トランプ政権は軍事圧力によってイランを交渉の場に引き出すことを想定しているとみられる。一方、イスラエルのネタニヤフ政権はイラン体制そのものを長期的脅威とみなし、体制弱体化あるいは体制転換をより重視している。
そしてイランとの交渉は不要との立場である。両国の戦略が完全に一致しているわけではなく、この差異が軍事行動の範囲と期間に影響を与える可能性がある。トランプ大統領の発言が日々変化することも不安要素となっている。
第2に、軍事作戦の地政学的制約である。2003年のイラク戦争では、米軍は短期間で首都バグダッドに到達した。
しかし、イランはイラクの約4倍の国土を有し、その多くが山岳地帯である。ザグロス山脈やエルブルズ山脈は大規模機甲部隊の機動を制約する地形であり、同様の高速機甲進軍は困難と考えられる。また、人口は約9千万人であり、仮に占領統治を行う場合には膨大な兵力が必要となる。
第3に、地域勢力および大国の関与である。湾岸諸国、特にサウジアラビアやアラブ首長国連邦はイランと長年対立関係にあり、衝突が拡大すれば地域戦争に発展する可能性がある。一方、イランはヒズボラやフーシ派などの代理勢力を動員することで〝非対称戦略〟を展開する可能性が高い。
また、ロシアも、中東における米国の影響力拡大を警戒しており、一定の関与を示す可能性がある。とりわけ今回の衝突では、ロシアがイランに対して衛星情報や電子情報などのインテリジェンスを共有している可能性が指摘されている。ウクライナ戦争以降、ロシアとイランは軍事協力を強化しており、こうした情報支援はイランの軍事行動を間接的に支える要因となり得る。
第4に、エスカレーション管理の問題である。今回の作戦が限定的な軍事圧力にとどまるのか、それとも体制転換を目的とした長期戦に発展するのかは不透明である。
双方のエスカレーション管理能力が、紛争の規模と期間を左右することになる。
体制転換にあたり、トランプ大統領は現時点で、イラン国内のクルド人による民衆蜂起は事態を複雑にさせるだけとして否定しているが、米軍の投入を極力抑えるために、地域のクルド勢力を利用しようとする誘惑に駆られない保証はない。
さらに、この軍事衝突は米国のグローバル戦略にも影響を及ぼす可能性がある。仮に中東での作戦が長期化した場合、米海軍の空母打撃群やミサイル防衛資産、巡航ミサイルなどの戦略アセットが中東地域に集中する可能性がある。
例えば米空母「エーブラハム・リンカーン」空母打撃群の中東展開が長期化すれば、西太平洋における米軍のプレゼンスに一定の空白が生じる可能性も否定できない。
また、トマホーク巡航ミサイルやミサイル防衛用の迎撃弾などの弾薬消耗も無視できない要素である。これらの資源が中東戦域で消耗すれば、結果として米国の対中抑止力にも一定の影響を及ぼす可能性がある。
③イラン体制の将来シナリオ
ハメネイ最高指導者の死は、イラン政治体制に大きな不確実性をもたらしている。考えられるシナリオは主に四つである。
第1に、権力継承の混乱による政治的空白である。3月9日、イラン専門家会議は、ハメネイ師の後任として、次男のモジタバ師(対米強硬派)を選出した。しかし、イスラエル国防相はすでに新たな指導者の殺害を予告しており、今後、イランでは、最高指導者の地位が低下し、権力継承に混乱が生じる可能性は排除されない。
第2に、イスラム革命防衛隊(IRGC)の権力掌握である。IRGCは軍事力だけでなく巨大な経済ネットワークを有しており、政治的混乱の中で実質的な権力を掌握する可能性がある。
第3に、国内政治の不安定化である。ハメネイ師の死は反体制運動を刺激する可能性があるが、同時に治安機関による弾圧が強化される可能性も高い。在外の反体制勢力、親米勢力が影響力を拡大する可能性は、現段階では限定的とみられる。
第4に、国家統治の崩壊である。仮にイランが内戦状態に陥れば、イスラム国(IS)などの過激派組織が勢力を拡大し、湾岸諸国までに拡散する可能性も否定できない。
これらのシナリオの中で、短期的には革命防衛隊が体制維持の中核となる可能性が高いと考えられる。
しかし、軍事衝突と経済制裁が長期化した場合、政治体制の不安定化が進む可能性もある。したがってイラン体制の将来は当面の間、極めて不確実な状態が続くと考えられる。
④日本の中東外交への政策的含意
今回の危機は、日本のエネルギー安全保障に直接的な影響を与える。わが国は原油の約95%を中東地域に依存しており、ホルムズ海峡の封鎖は重大な戦略的リスクとなる。
日本はこれまでイランとも比較的良好な外交関係を維持してきたが、今後の外交では湾岸アラブ諸国、特にサウジアラビアとの関係が一層重要となる。安倍晋三政権期には首脳外交を通じて中東諸国との関係強化が進められたが、近年はその勢いが弱まっている。
また、ホルムズ海峡の安全確保が困難となる場合、日本関係船舶の安全確保を目的として海上自衛隊の関与が求められる可能性もある。
過去の中東情勢の緊張局面では、日本関係船舶の情報収集や警戒監視のために自衛隊が派遣された例もある。
今回の事態が長期化した場合、日本の商船やタンカーの安全確保をめぐり、自衛隊による護衛や警戒監視の在り方が改めて政策課題となる可能性がある。
中東情勢が大きく変動する中、日本は改めて地域外交を再構築する必要がある。具体的には、①エネルギー輸送ルートの安全確保、②湾岸諸国との安全保障協力の強化、③地域の緊張緩和に向けた外交的役割の模索などが重要となる。
おわりに
今回の米国・イスラエルによるイラン攻撃は、単なる軍事衝突にとどまらず、中東地域の政治秩序を大きく変化させる可能性を持つ。イラン体制の行方、地域勢力の関与、そして大国間競争の影響が複雑に絡み合う中、中東は新たな不安定期に入る可能性が高い。
さらに今回の危機は、米国の戦略資源の配分にも影響を与える可能性があり、その波及効果はインド太平洋地域の安全保障環境にも及び得る。
したがって日本は、中東情勢を単なる遠隔地の紛争としてではなく、自国の安全保障と密接に結びついた問題として捉え、戦略的かつ長期的な外交対応を構築する必要がある。
日本国際問題研究所客員研究員 中川浩一(なかがわ・こういち) 1969年京都府生まれ。94年外務省入省。エジプトでアラビア語研修後、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、イスラエル、米国、エジプトの日本大使館などで勤務。天皇陛下、首相のアラビア語通訳を務める。2020年外務省退職。中東関連の著書に「中東危機がわかれば世界がわかる」、「ガザ」(いずれも幻冬舎)、「『新しい中東』が世界を動かす」(NHK出版)。
(Kyodo Weekly 2026年3月23日号より転載)











