〝ちょうどいい〟高知県黒潮町 自然そのものをアートに、本物のぜいたくに触れる 癒やしを求めてデトックス
高知県の西南部に位置する黒潮町。高知龍馬空港から車で約2時間走ると、どこまでも続く広い海が目の前に広がる。太平洋に面した壮大な自然、新鮮なカツオの一本釣りや天日塩といった豊かな食、地域に根付いた文化と多面的な魅力にあふれる町だ。移住者や旅人も多く受け入れている。
黒潮町の代表的な観光スポットは約4kmにわたって続く入野海岸。砂浜そのものを美術館に見立て、「砂浜美術館」と呼ばれている。ありのままの自然や海、風など風景そのものをアート作品としてとらえられている。1000枚以上のTシャツを並べたTシャツアート展や、色とりどりの布で作られたキルト作品が並ぶ潮風のキルト展など、広い砂浜ならではの展示会も開催され、多くの鑑賞客を集めている。大きな観光施設はないものの、自然を最大限に生かし、できる限り人工物を建てない、潔いほどの美しさがこの町にはある。
▼入野松原にたたずむ宿「黒潮の家」
入野海岸沿いから歩いて約5分、一棟貸しの宿として運営している「黒潮の家」。宿の周辺には松林が並ぶ入野松原があり、緑に囲まれた静かな環境の中で、海風の音が心地よく吹き抜ける。入口の「黒潮の家」と記されたシンプルでおしゃれな看板が目印だ。木造平屋建てで、和室が2部屋、洋室1部屋、ダイニングキッチンと一棟貸しならではの広いゆとりのある空間で、最大12名まで宿泊することができる。

「黒潮の家」の外観
黒潮の家を運営する女将の宮川麗さん。宮川さんは高知県南国市出身。大学卒業後、東京へ上京しホテル業やサービス業に従事したほか、高知県アンテナショップの立ち上げにも関わってきた。当時から生まれ育った高知県の魅力をお客さんに伝えていたという。
県内に戻って来てからは、共通の知人を通じた縁から、もともと民宿として使われていた家を引き継ぐことに。宮川さんは、「自身と向き合う時間の中で、学生のころから抱いていた“いつか自分で宿をやりたい”という想いを実現できる機会に恵まれた」と当時を振り返る。コロナ禍の真っただ中にもかかわらず、2020年7月に運営していくことを決めて、2カ月というスピードで開業準備、同年9月に一棟貸しの宿としてリニューアルオープンした。

黒潮の家の女将、宮川麗さん
宿のコンセプトは「実家のような安心感」。黒潮町という地域性も生かし、気取らず自然体で過ごせる空間づくりを大切にしているという。宮川さんは、「古民家ほど構えず、とはいえシティーホテルのように気張らない。ここを訪れた人がホッと落ち着ける場所でくつろいでほしい」と笑顔で語った。

和室には掘りこたつも
夕食と翌日の朝食は、地元の食材を使った体にやさしい郷土料理が楽しめる。宮川さんの特製手料理だ。宮川さんはとにかく土鍋が大好きで、前菜から始まり最後のデザートまですべて土鍋で調理し、提供される。「食卓はみんなで食べて囲むことが大切で、おいしいところには人が集まる」という言葉を大切にしている。そんな時間を共有するには土鍋がピッタリだという。
何となくハードルが高いように感じるが、実際には食材と調味料を入れて火にかけるだけで、手軽に調理できるところも土鍋の魅力。味付けは素材のうまみを邪魔しないようにとてもシンプルで、塩やみそなど地元産の調味料にもこだわっている。作り手の想いが込められた宿の食事に心も身体も満たされる。

宮川さんの特製土鍋料理
黒潮の家は素泊まりで1人あたり9,500円~(6名以上の利用は団体料金)、週末やシーズンによって宿泊費が異なる。宿泊者の要望に合わせてオーダーメードで組むことができるため、1泊素泊まりで自然の中でのアクティビティを楽しむプランや2泊以上の食事付きでゆっくりと過ごすプラン設定も可能だ。
▼夜空と朝焼けに包まれる、黒潮町の癒やし時間
黒潮町の夜は海風が心地よく、砂浜でゆっくり夜空を見上げると、そこには無数の星が広がる。都会での目まぐるしい日々で、いつのまにか蓄積していた“疲れ”を浄化してくれるようなリラックス効果が感じられた。特に秋から冬は空気が澄んでおり、天空の星たちの輝きがはっきりみることができる、ベストシーズンだろう。

無数の星が広がる夜空
早朝の入野海岸に行ってみると、夜とはまったく違い、朝日がまぶしかった。広い砂浜から見る景色は絶景で、天気が良いと四国の南東端に位置する室戸岬が見える。
今回は浜辺でヨガを体験した。講師はハッピーヨガ ユイ先生。普段は高知県四万十市でヨガ教室を開いている。さっそく砂浜にヨガマットを敷いて寝転んでみる。広い砂浜で波の音に合わせてゆっくり深呼吸をすると、日常生活では味わえない解放感を得られた。頭も身体もリセットできる時間となった。

浜辺でヨガ体験。ハッピーヨガ ユイ先生
▼自然の力で作る、伝統天日塩
黒潮町は天日塩の産地としても有名である。「黒潮の家」から車で10分ほどの場所にある(有)ソルティーブは、天日塩「土佐の塩丸」の製造と販売を行っている。天日塩とは海水を天日干しして蒸発させて作る塩のこと。火力や電力は使わず、風の力や太陽の熱など、自然の力を利用した製法である。
高知は比較的日照時間が長く、温暖な気候であるため、天日製塩に適している風土だとされる。まず、満潮のタイミングでくみ上げた海水を「採鹹(さいかん)」というタワーで循環させる。この工程で少しずつ蒸発させ、海水の濃度が増した状態「鹹水(かんすい)」になる。その鹹水をハウス内でさらに蒸発させて結晶化させる。固まらないように数回、混ぜる作業を毎日行う。最後に脱水をして、結晶化した粒が塩となり、水がにがりとなる。天日塩になるまでには、時期や天候で異なるが、一連の作業期間は1~2か月程度かかるという。自然相手の塩作りには、時間も手間も惜しまなく注がれている。

ハウス内で塩が固まらないように混ぜる作業を毎日行う
(有)ソルティーブ二代目の吉田拓丸さんは「天日塩の基本的な作り方は、どの製造業者も変わらない。ただ、味はすべて違う。気候風土や作り手のこだわりで味や食感は変わるもの。食べ比べをしてみるのも楽しみ方のひとつ」と天日塩の魅力を語った。(有)ソルティーブでは、天日塩作り体験を定期的に行っており、修学旅行の学生や自由研究として小学生も多く訪れるという。

(有)ソルティーブ二代目の吉田拓丸さん
▼町の安心を守る、防災タワーと地域の力
一方、自然豊かな環境には災害のリスクが伴う。黒潮町では過去に1854年安政南海地震や1946年の昭和南海地震など、これまで幾度となく大規模な自然災害に見舞われてきた。入野松原に鎮座する加茂八幡宮には「安政津浪(つなみ)の碑」が残されており、地震の前兆や甚大な被害の様子を後世に伝えている。碑文の最後には「今後100年あまりの後の世に生きる人は、この警告を知っておくべき」と刻まれている。
住民たちはこの教訓を胸に刻み、災害の現実と向き合いながら備えを重ねてきた。町内各所には津波避難場所が指定され、そこには津波避難タワーが設置されている。タワー内部には食料、水など備蓄もされているため、緊急の避難生活にも対応が可能だ。大きな災害があったとしても、一人の犠牲者も出さない――その強い思いのもと、町全体で力を合わせて立ち向かう準備が備えられている。

浜の宮地区にある津波避難タワー
黒潮の家の宮川さんは黒潮町に来て5年。この町の良さは、「人との距離感や生活のしやすさ、暮らすにはちょうどいい」という。この壮大な自然こそが観光資源であり、アート作品だといえる。特別なことをするわけでもなく、まさに「何もないことがぜいたく」という“引き算の美学”を感じられるこの町に、忙しい日常から離れ、日々の疲れを癒すために黒潮町を訪れてみてはどうか。













