MSCI最新調査:APAC企業の移行計画がクリーンテクノロジーの導入と投資機会を促進
MSCIの最新の調査により、アジア太平洋地域(APAC)の市場では企業の気候変動対策が加速しており、科学的根拠に基づく目標(SBT:Science-Based Targets)の設定や移行計画の開示に取り組む企業が増加していることが分かりました。一方で、APACの企業が脱炭素化をどの程度迅速かつ大規模に進められるかは、各社の意欲に加え、技術戦略ロードマップ、資本配分、そして市場展開が進むクリーンテクノロジーへのアクセスといった要素にも左右されます。
「アジア太平洋 クライメート・アクション・プログレス・レポート2025」と題した本レポートでは、MSCIサステナビリティ&気候リサーチ部門のヴァイスプレジデントである渡部健司とカルディープ・ヤダヴが、APACの13市場におけるクリーンテクノロジー投資に焦点を当てて企業の移行計画を分析しています。異常気象の深刻化により物理的な気候リスクの高まる中、早急な排出削減が求められるAPAC地域において、期待される進展と依然として残る課題を明らかにしています。
MSCIサステナビリティ&気候 リサーチの渡部健司ヴァイスプレジデントは次のように述べています。「日本では、企業の脱炭素化を後押しするための移行計画の採用や技術革新の推進に向けた動きが加速しつつあります。移行計画を開示・実行する企業の増加に伴い、需要の創出とクリーンテクノロジーの導入促進の可能性が高まっています。新興市場の企業が再生可能エネルギーや電気自動車に対する需要の拡大を追い風とする一方、先進国市場の企業は、水素燃料やペロブスカイト太陽電池といった技術を進展させることで、将来の需要を創出し、脱炭素化が困難な分野の排出削減に取り組んでいます。」
MSCIサステナビリティ&気候リサーチ
ヴァイスプレジデント 渡部健司
本レポートにおける主な調査結果は次の通りです。
APAC企業が気候関連情報と移行計画の開示を強化
- 最悪のシナリオでは、APAC地域における物理的な気候リスクの高まりにより、企業価値の10%を超える損失が割引現在価値ベースで生じる可能性があります。特に、ASEANおよびインド市場では物理的リスクによる損失を示す「気候バリュー・アット・リスク(Climate VaR)」が20%を上回っており、香港が15%、日本とオーストラリアが13%と続いています。
- APACの各市場で気候関連情報の開示基準が導入されるなか、企業による移行計画の開示が進んでいます。移行計画は、各社がどのように低炭素経済への移行準備を進め、実体経済の脱炭素化に貢献していくかを投資家が把握するための重要な手がかりとなっています。
- APAC地域では、日本市場における移行計画の開示率が最も高く、企業の45%がすでに開示を行っています。これに韓国の33%、台湾の30%が続く一方で、香港の上場企業ではわずか9%、ASEANの企業では8%にとどまっています。
- APACで移行計画を開示している837社のうち、SBTイニシアティブ(SBTi)の基準に準拠することを表明している企業の割合は、2023年の25%から2025年現在で50%へと倍増しています。
- MSCIの分析によると、移行計画を策定している企業は、そうでない企業に比べて、スコープ1、2、3の排出量を開示し、排出削減目標を設定するなど、主要な気候関連指標の開示が進んでいることが示されています。
クリーンテクノロジーのイノベーションハブとして台頭するAPAC市場
- MSCIでは、炭素集約型セクターにおける移行計画に示された技術戦略ロードマップと資本配分を分析しました。その結果、これらの計画が実行された場合、APAC市場におけるクリーンテクノロジー需要の拡大につながる可能性があることが明らかになりました。
- エネルギーセクターのハイライト
o MSCI AC Asia Pacific IMIの構成銘柄となっているエネルギーセクター企業90社のうち、18%が移行計画を開示しています。
o 同セクターで移行計画を開示している企業の50%が、2024年にCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)に対して資本配分戦略を報告しており、クリーンエネルギー投資へのコミットメントを明示しています。
o 移行計画を開示している石油・ガス企業全社が、水素燃料の供給を計画に組み込み、市場における燃料転換に備えて、事業の多角化を進めようとしています。クリーンな水素の活用は、石油・ガス業界のサプライチェーンにおけるエネルギー移行を支える上で、将来重要な役割を果たす可能性があります。
o インドと中国において、再生可能エネルギーや電気自動車を製造する複数の企業が、2020年から2023年の間に売上高で年平均成長率(CAGR)100%超を報告しています。電気自動車や燃料電池車の市場浸透が進むことで、エネルギーセクターの移行をさらに加速させる可能性があります。
- 公益事業セクターのハイライト
o 移行計画を開示しているAPACの公益事業セクターの構成銘柄23社のうち、80%以上が、技術戦略ロードマップに水素またはアンモニアの混焼または専焼を組み込んでいます。これらの計画が実行されれば、公益事業セクターは長期的かつ安定的に、大規模な水素燃料需要の創出を支える重要な役割を担う可能性があります。
o 移行計画を開示している23社のうち70%超の企業が炭素回収技術の導入を検討しており、脱炭素目標との整合性を確保する手段の一つとして、同技術の事業化可能性について引き続き調査しています。 o ペロブスカイト太陽電池などの新興技術は、今後の再生可能エネルギー市場の成長を牽引する可能性があります。本レポートでは、APACにおいて同技術の開発に取り組む企業20社の技術的進展を調査し、関連特許の分析を行っています。
- 素材セクターのハイライト
o 移行計画を開示した99社のうち90%超の企業が、再生可能エネルギーの導入と低炭素製品の開発を戦略の柱としています。低炭素の鋼鉄、セメント、水素はいずれもまだ発展途上にありますが、導入が進めば、将来的に素材セクターにおける事業活動や製品ポートフォリオの脱炭素化に寄与する可能性があります。
o MSCIのデータから、移行計画を開示している素材セクターの企業は、低炭素技術特許の質に関するスコアが、移行計画を持たない企業よりも高いことが明らかになりました。これは、低炭素技術の開発において有効性の高い特許を保有していることを示しています。
化石燃料への補助金やカーボン市場の信頼性の欠如が停滞を招くリスク要因
- APAC市場の多くでは、化石燃料に対して制度上の間接的な補助金が認められており、価格が人為的に低水準に抑えられることで市場が歪められています。その結果、クリーンテクノロジーへの投資が抑制され、企業が短期的に対策を講じるインセンティブも低下しています。
- 市場に流通する約4,000件のカーボンプロジェクトのうち、高い十全性評価を得たものはわずか2%にとどまっており、排出削減に関する中間目標の達成にカーボンクレジットの使用を計画しているAPAC企業にとって、大きな課題となっています。
詳細は「アジア太平洋 クライメート・アクション・プログレス・レポート2025」(英語) をご参照ください。
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