DIO3遺伝子欠失と甲状腺機能低下症の関連を世界で初めて報告
甲状腺ホルモンの「ブレーキ役」の喪失が、後のホルモン不足に関与
2026年11月5日
岐阜大学
岐阜県総合医療センター
DIO3遺伝子欠失と甲状腺機能低下症の関連を世界で初めて報告 ~甲状腺ホルモンの「ブレーキ役」の喪失が、後のホルモン不足に関与~
本研究のポイント
・甲状腺ホルモン(注1)の働きを弱める役割を持つ「DIO3遺伝子(注2)」の欠失が、乳児期に発症する中枢性甲状腺機能低下症(注3)に関係することを、世界で初めてヒトで報告しました。特に父親から受け継いだDIO3遺伝子が失われていることが重要な特徴です。
・DIO3遺伝子は、胎児期から乳児期にかけて、甲状腺ホルモンの過剰な作用を防ぐ重要な役割を担っています。これまでのマウスを用いた研究では、この遺伝子が働かなくなると、生後早期に甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、逆にホルモンが不足することが示されていました。今回の発見は、この仕組みがヒトの病気にも関わる可能性を示すものです。
・DIO3遺伝子と、免疫機能に関わる「TRAF3遺伝子(注4)」が同時に失われることで、甲状腺と免疫の両方に影響する新たな病態が生じる可能性を示しました。また、聴覚への影響も考えられ、今後、甲状腺・免疫・聴覚に関わる新しい症候群として確立される可能性があります。
・このような病態では、出生直後の甲状腺検査が正常であっても、その後に甲状腺ホルモンの不足が現れる可能性があります。新生児期の免疫や聴力のスクリーニング検査が、病気に気づく手がかりとなる可能性もあり、早期発見と継続的な甲状腺機能の確認、適切な治療によって、子どもの成長や発達への影響を防ぐことが期待されます。
研究概要
岐阜大学大学院医学系研究科小児科学の堀 友博 併任講師、大西 秀典 教授らの研究グループは、岐阜県総合医療センター新生児内科/遺伝子診療科、広島大学大学院医系科学研究科小児科学との共同研究により、甲状腺ホルモンの働きを調節するDIO3遺伝子の欠失と、乳児期に発症する中枢性甲状腺機能低下症との関連を、世界で初めてヒトで報告しました。
甲状腺ホルモンは子どもの成長・発達に不可欠です。DIO3遺伝子は、特に胎児期から乳児期にかけて、甲状腺ホルモンが過剰に作用するのを防ぐ「ブレーキ役」を担います。マウスでは、この遺伝子が働かなくなると、生後早期に甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、逆にホルモンが不足することが知られていました。また、DIO3遺伝子は、父親由来と母親由来で働き方が異なる「ゲノムインプリンティング(注5)」という仕組みを持っています。
本研究では、ヒトにおける父親由来DIO3遺伝子の欠失と乳児期発症中枢性甲状腺機能低下症との関連を明らかにしました。さらに、免疫機能に関わるTRAF3遺伝子も同時に欠失しており、甲状腺と免疫の両方に関わる新たな病態の可能性を示しました。
本研究は、これまで基礎研究で予測されていたDIO3遺伝子の役割を、ヒトの病気と結びつけた世界初の報告です。この成果は、DIO3関連中枢性甲状腺機能低下症の早期診断と適切な治療を通じて成長や発達への影響を防ぐことに貢献するとともに、甲状腺ホルモンの調節やゲノムインプリンティングの仕組みの解明に向けた、新たな研究の出発点となることが期待されます。
本研究成果は、2026年10月24日に、米国甲状腺学会(American Thyroid Association)の公式学術誌 『Thyroid』 のオンライン版で発表されました。
研究背景
■ 子どもの成長と発達に欠かせない甲状腺ホルモン
甲状腺は、首の前側にある小さな臓器で、身体のさまざまな働きを調節する「甲状腺ホルモン」を作っています。甲状腺ホルモンは、全身の新陳代謝を活発にし、体温の維持や心臓をはじめとするさまざまな臓器の働きを調節する重要なホルモンです。さらに、胎児期から小児期にかけては、脳や神経の発達、骨の成長、身体の成熟などに極めて重要な役割を果たします。そのため、甲状腺ホルモンが不足した状態が続くと、子どもの成長や発達に重大な影響を及ぼします。甲状腺ホルモンの量は、脳にある「視床下部」から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)が「下垂体」に指令を出し、さらに下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)が甲状腺に指令を出すことで調節されています。甲状腺そのものに異常がある場合だけでなく、脳からの指令が適切に働かないことで甲状腺ホルモンが不足する場合があり、これを「中枢性甲状腺機能低下症」と呼びます。
■ 甲状腺ホルモンの働きを調節するDIO3遺伝子
甲状腺ホルモンは、多ければ多いほどよいわけではありません。特に脳などの臓器が発達する時期には、それぞれの組織で適切な量のホルモンが作用することが必要です。DIO3遺伝子は、甲状腺ホルモンを不活性化する酵素「3型ヨードチロニン脱ヨード酵素(D3)(注2)」を作る遺伝子です。D3は、甲状腺ホルモンの働きを弱め、ホルモンが過剰に作用するのを防ぐ役割を担っています。これまでのマウスを用いた研究では、DIO3遺伝子が働かなくなると、生後早期に甲状腺ホルモンが過剰に作用することが分かっています。興味深いことに、その後は逆に甲状腺ホルモンが不足する状態となります。これは、胎児期から出生後早期にかけて甲状腺ホルモンが脳で過剰に作用すると、視床下部や下垂体におけるTRHやTSHの分泌を調節する仕組みに異常が生じ、その後、TRHやTSHの分泌が適切に行われなくなり、結果として甲状腺ホルモンの分泌が低下するためと考えられています。しかし、ヒトにおいてDIO3遺伝子の働きが失われた場合、同様の甲状腺疾患が起こるかどうかは、これまで分かっていませんでした。
■ 両親から受け継ぐ遺伝子の働きにも違いがある
私たちは、父親と母親の両方から遺伝子を受け継ぎます。しかし、一部の遺伝子では、父親から受け継いだものと母親から受け継いだものとで、働き方が異なることがあります。この仕組みを「ゲノムインプリンティング」と呼びます。DIO3もこのような仕組みを持つ遺伝子の一つで、ヒトの一部の組織では、父親由来の遺伝子がより強く働くことが知られていました。そのため、どちらの親から受け継いだ遺伝子が失われるかによって、身体への影響が異なる可能性があります。
研究成果
■ 世界で初めて、DIO3遺伝子の欠失とヒトの甲状腺機能低下症との関連を報告
本研究では、乳児期に発症する中枢性甲状腺機能低下症の原因を詳しく解析し、父親から受け継いだ染色体の一部が失われ、その中にDIO3遺伝子が含まれていることを明らかにしました。これにより、父親由来のDIO3遺伝子の欠失が、甲状腺ホルモンの分泌調節機能に影響を及ぼし、中枢性甲状腺機能低下症の発症につながった可能性を示しました。この結果は、マウスの研究から予測されていたDIO3遺伝子の働きと一致するものであり、DIO3遺伝子がヒトの甲状腺ホルモン調節にも重要な役割を担っていることを示す、世界初の臨床的な証拠となります。ただし、ヒトにおいてもマウスと同じように、胎児期から出生後早期にかけて甲状腺ホルモンが過剰に作用するかどうかは、まだ明らかになっていません。今後、同様の遺伝学的特徴を持つ病態について研究を進めることで、DIO3遺伝子の異常が甲状腺ホルモンの調節機能に及ぼす影響や、病気が生じる仕組みをより詳しく解明する必要があります。
■ 甲状腺・免疫・聴覚に関係する、新しい症候群の可能性
今回の研究では、DIO3遺伝子だけでなく、その近くに位置しているTRAF3遺伝子も同時に失われていることが明らかになりました。TRAF3遺伝子は、身体を感染症などから守る免疫の働きを調節する重要な遺伝子です。2022年には、この遺伝子の働きが低下することで、免疫不全や自己免疫疾患などを引き起こす「TRAF3ハプロ不全症(注4)」が、新しい先天性免疫異常症として報告されています。今回の研究によって、甲状腺ホルモンの調節に関わるDIO3遺伝子と、免疫機能に関わるTRAF3遺伝子が同時に失われることで、甲状腺と免疫の両方に影響する新たな病態が生じる可能性が示されました。
また、マウスを用いた研究では、DIO3遺伝子が聴覚の正常な発達にも重要な役割を果たすことが示されており、ヒトにおいても聴覚への影響が生じる可能性があります。
今後、同じような特徴を持つ病気について研究を進めることで、甲状腺・免疫・聴覚に関わる新たな症候群として位置づけられる可能性があります。この病態が明らかになれば、将来起こり得る合併症を予測し、その早期発見や適切な治療につなげ、患者さんの健康と生活の質の向上に貢献できる可能性があります。
■ 新生児スクリーニングと、その後の継続的な検査の重要性
日本を含む世界の多くの国では、40年以上前から、生まれて間もない赤ちゃんの少量の血液を用いて、さまざまな病気を早期に発見する「新生児マススクリーニング(注6)」が行われています。甲状腺ホルモンが不足する病気も、その重要な検査対象の一つです。この検査による早期発見と適切な治療によって、多くの子どもたちが成長や発達への影響を防ぎ、健康な生活を送ることができています。しかし、今回報告したDIO3遺伝子に関連する甲状腺機能低下症は、出生直後には甲状腺機能の異常が明らかでなく、その後にホルモン不足が現れる可能性があります。このため、生まれたときの甲状腺検査が正常であっても、病気を完全には否定できないことが示されました。
一方で、新生児期には甲状腺の検査以外にも、免疫機能の異常を調べるスクリーニングや、聴力のスクリーニングなどが行われています。今回の研究では、新生児期に免疫細胞であるT細胞の発達を調べるTREC検査で異常が認められ、その後の詳しい検査でTRAF3遺伝子の欠失が明らかになりました。このことから、TREC検査がTRAF3ハプロ不全症の早期発見にも役立つ可能性が示されました。また、聴力の検査も、こうした病気に気づく重要な手がかりとなる可能性があります。
特に、DIO3遺伝子の働きに異常がある場合には、新生児期の甲状腺検査が正常であっても、その後の甲状腺機能を継続して確認することが重要と考えられます。これにより、甲状腺ホルモンの不足を早期に発見して適切な治療につなげ、子どもの成長や発達への影響を防ぐことが期待されます。
今後の展開
本研究は、これまでの基礎研究で明らかにされてきたDIO3遺伝子の役割を、ヒトの病気と結びつけた世界初の報告です。今後、DIO3遺伝子の機能や関連する病気の仕組みについて研究を進めることで、この遺伝子の働きが失われた場合に、甲状腺機能や脳・神経の発達などにどのような影響が生じるのか、より詳しく解明されることが期待されます。
また、DIO3遺伝子とTRAF3遺伝子の両方が失われることで生じる病態についても、甲状腺、免疫、聴覚などに関わる新しい症候群として位置づけられる可能性があります。さらに、DIO3遺伝子は「ゲノムインプリンティング」の仕組みを持つことから、今回の研究は、将来的にDIO3遺伝子に関連する新たなインプリンティング疾患(注5)の確立や、ゲノムインプリンティングの仕組みのさらなる解明につながることが期待されます。
これらの研究の進展により、これまで原因が分からなかった病気の早期発見や、将来起こり得る合併症の予測、適切な治療や健康管理につながることが期待されます。
研究者コメント
甲状腺ホルモンは、子どもの成長や発達に欠かせないホルモンですが、その働きを適切に弱め、脳をはじめとするさまざまな臓器を過剰なホルモン作用から守る仕組みも、同じように大切であることが分かってきています。今回の研究は、これまでマウスの研究で知られていたDIO3遺伝子の重要な役割を、初めてヒトの病気と結びつけたものです。お母さんのお腹の中にいる時期や生まれて間もない時期に、甲状腺ホルモンの過剰な作用から身体を守る仕組みがうまく働かないことが、その後の甲状腺の病気につながる可能性を、世界で初めて示しました。また、遺伝子の働きと新生児期からのさまざまな検査結果を組み合わせることによって、これまで知られていなかった病気の仕組みを理解できる可能性が示されました。今後も研究を重ね、病気の早期発見や適切な治療につなげることで、一人でも多くの子どもたちの健康と未来を守ることに貢献したいと考えています。
(岐阜大学大学院医学系研究科小児科学 堀 友博)
用語解説
(注1) 甲状腺・甲状腺ホルモン
甲状腺は首の前側にある蝶のような形をした臓器で、身体の成長や代謝を調節する甲状腺ホルモンを作っています。甲状腺ホルモンには主にT4(サイロキシン)とT3(トリヨードサイロニン)があり、特にT3が細胞内で強い作用を示します。胎児期から小児期にかけての脳や骨の発達、身体の成長に重要な役割を担っています。
(注2) DIO3遺伝子・3型ヨードチロニン脱ヨード酵素(D3)
DIO3遺伝子は、甲状腺ホルモンを不活性化する「3型ヨードチロニン脱ヨード酵素(D3)」を作ります。D3は、甲状腺ホルモンのT4をホルモン作用のほとんどないリバースT3(rT3)に、また、強い甲状腺ホルモン作用を持つT3を不活性な物質に変えることで、甲状腺ホルモンの働きを弱めます。特に胎児期から出生後早期にかけては、脳をはじめとするさまざまな臓器で甲状腺ホルモンが過剰に作用するのを防ぎ、正常な発達を支える重要な役割を担っています。マウスでは、DIO3遺伝子の働きが失われると、胎児期から出生後早期にかけて甲状腺ホルモンが過剰に作用し、その後、中枢性甲状腺機能低下症を発症することが示されています。
(注3) 中枢性甲状腺機能低下症
甲状腺そのものではなく、脳の視床下部や下垂体から甲状腺への指令が十分に働かないことによって、甲状腺ホルモンが不足する病気です。通常、甲状腺そのものに異常があって甲状腺ホルモンが不足すると、下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が多く分泌され、甲状腺ホルモンの分泌を促そうとします。しかし、中枢性甲状腺機能低下症では、脳からの指令を出す仕組みに異常があるため、TSHが十分に分泌されず、甲状腺ホルモンが不足した状態となります。
(注4) TRAF3遺伝子・TRAF3ハプロ不全症
TRAF3遺伝子は、免疫細胞の働きや、感染症に対する身体の防御反応を調節しています。この遺伝子の一方が欠失するなどして働きが低下する「TRAF3ハプロ不全症」は、2022年に初めて報告された新しい先天性免疫異常症です。T細胞などの免疫細胞の数や働きに異常が生じ、感染症に対する抵抗力の低下や、本来は自分の身体を守る免疫が誤って自分自身を攻撃する自己免疫疾患などを引き起こすことがあります。症状やその程度には個人差があることが知られています。TRAF3遺伝子は、14番染色体の長腕末端(テロメア)近くに位置し、DIO3遺伝子と近接しているため、染色体の一部が失われる際に、両方の遺伝子が同時に欠失する可能性があります。
(注5) ゲノムインプリンティング・インプリンティング疾患
私たちは、通常、父親と母親の両方から遺伝子を受け継ぎますが、一部の遺伝子では、父親由来か母親由来かによって働き方が異なります。この仕組みを「ゲノムインプリンティング」と呼びます。こうした遺伝子では、どちらの親から受け継いだ遺伝子に異常が生じるかによって、病気の発症や症状が異なることがあります。ゲノムインプリンティングの異常によって生じる病気を「インプリンティング疾患」と呼び、現在、10種類前後が独立した疾患として確立されています。DIO3もこの仕組みを持つ遺伝子の一つで、ヒトの一部の組織では、父親から受け継いだ遺伝子がより強く働くことが報告されています。
(注6) 新生児マススクリーニング・新生児聴覚スクリーニング
新生児マススクリーニングは、新生児のかかとから少量の血液を採取し、専用のろ紙に染み込ませて検査することで、早期に治療が必要な病気を発見するための制度です。日本では1977年に先天性代謝異常症の検査が全国的に始まり、1979年からは先天性甲状腺機能低下症も対象に加わりました。甲状腺の検査では、主に甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定し、甲状腺そのものの異常による甲状腺機能低下症を発見します。一部の地域では、甲状腺ホルモン(T4または遊離T4)も同時に測定し、脳からの指令の異常による中枢性甲状腺機能低下症の発見にも取り組んでいます。また、近年では、重症複合免疫不全症などを早期に発見するため、免疫細胞であるT細胞の産生・発達の状態を調べる検査(TREC検査)を新生児マススクリーニングに導入する取り組みも進んでいます。一方、新生児聴覚スクリーニングは、血液検査とは別に、新生児に音を聞かせ、頭の皮膚に貼り付けた電極でその音に対する脳幹の電気的な反応を調べることなどにより、聴力の異常を早期に発見するための検査です。
論文情報
雑誌名: Thyroid
論文タイトル: Paternally Inherited DIO3 Loss and Infantile-Onset Central Hypothyroidism: Human Evidence for a Novel Mechanism of Hypothalamic–Pituitary–Thyroid Axis Dysregulation
著者: Tomohiro Hori, Hiroshi Ito, Tatsuya Sakashita, Toshinari Koyama, Masahiro Shimozawa, Mai Mori, Saori Kadowaki, Hideki Matsumoto, Hideo Sasai, Fumiaki Sakura, Yutaka Yamamoto, Satoshi Okada, Hidenori Ohnishi
DOI: 10.1177/10507256261500920
研究支援
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業(JP24ek0109754、研究開発課題名:「網羅的ゲノム解析のデータ二次利用に基づく原発性免疫不全症の広域診断体制構築に直結するエビデンス創出研究」)、AMED(JP23ek0109623)および厚生労働科学研究費補助金(JPMH26FC1022)の支援を受けて実施されました。
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