落葉広葉樹林とスギ・ヒノキ人工林で水温は違うのか?
位山演習林の長期モニタリングで実証
2025年12月11日
岐阜大学
落葉広葉樹林とスギ・ヒノキ人工林で水温は違うのか? ~位山演習林の長期モニタリングで実証~
本研究のポイント
・岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター位山演習林における長期の水文観測データに基づき、落葉広葉樹天然生林※1とスギ・ヒノキ人工林という植生の違いが、渓流水温の違いも生み出すことを実証的に明らかにしました。
・スギ・ヒノキ人工林は落葉広葉樹天然生林と比べて、年水温変動幅は2.8℃大きく、夏季の最高水温は1.1℃高く、冬季の最低水温は1.6℃低くなることがわかりました。また落葉広葉樹天然生林は、特に夏季降雨時における水温緩和の程度が大きいことがわかりました。
・両植生流域間における水温の相違は「水文」流出機構の相違と連関しており、落葉広葉樹天然生林における流出に占める地下水寄与の割合が高いことが、水温変動をより小さなものとする(水温を緩和する)ことに寄与していることを定量的に明らかにしました。
・森林が有する洪水緩和機能や水資源涵養機能といった水資源に関わる評価はこれまでに多数なされてきましたが、水域生態系に決定的な影響を及ぼす水温に関する水源域における研究蓄積は不十分であり、本研究の成果は、貴重な基礎データと知見を提供するものです。
研究概要
東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部の大西健夫教授、平松研教授、株式会社ユニオンの千家正照名誉教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の乃田啓吾准教授、自然科学技術研究科修了生(現:農林水産省東海農政局木曽川水系土地改良調査管理事務所)の柳原未伶さんを中心とした研究グループは、岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター位山演習林において対照流域法※2による長期水文観測を継続実施しており、今回、水域生態系に重要な影響を及ぼす水温形成に対して、植生の相違が決定的であることが実証的に示されました。
本研究成果は、現地時間2025年11月27日に水文学の国際誌であるJournal of Hydrology誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
日本の森林の約4割は、戦後の拡大造林政策により植林されたスギ・ヒノキといった少数の樹種から構成される斉一な人工林です。植林前は、いわゆる里山的利用が継続した二次的植生(草地も含む)から、人為的影響の少ない天然性の高い植生まで多様な森林植生だったと考えられますが、特に東日本では落葉広葉樹林が広く分布していたと考えられます。よって、日本の森林を理解し将来の森林利用のあり方を考えるとき、樹種・樹齢ともに均一なスギ・ヒノキ人工林と、多様な樹種・林齢から構成される落葉広葉樹の相違を理解することは、必要不可欠です。岐阜大学応用生物科学部附属 岐阜フィールド科学教育研究センター位山演習林には、このような植生の相違を明らかにすることを目的として、対照流域法に基づいた長期モニタリングサイトが設けられ、2006年から観測が継続してなされてきています。本研究は、ここで取得された長期データを解析することで得られた成果です。
研究成果
本研究では、2011~2018年のデータを用いて、気温、地温、水温が落葉広葉樹天然生林とスギ・ヒノキ人工林とでどのように異なるのかを比較しました。図1に示すように、スギ・ヒノキ人工林(図1(b))では水温変動幅(青)と地温変動幅(赤)とが類似しているのに対して、落葉広葉樹天然生林(図1(a))では地温変動幅と比べて顕著に水温変動幅が小さくなっていることがわかります。
図1.落葉広葉樹天然生林(左)とスギ・ヒノキ人工林の温度環境の違い。上段の図は気温、深度5cmの地温、水温の比較。中段は深度5cmと50cmの地温の比較、下段は深度5cmの地温と水温の差の比較。
本研究における注目すべき成果は、流域における水温形成と流域の流出過程とが密接な関係にある点を明らかにした点です。日射、地形、植生の被覆度など複数の要因が関与して水温は形成されますが、これらの要因を勘案しても、流域において地下水流出※3 が全流出に占める割合の相違が水温形成に大きく寄与していることが示唆されました。さらに、この特性を用いて簡易な線形混合※4 に基づいた水温モデルを構築することにより、地表流出※5 が全流出に占める割合(同時に地下水流出が全流出に占める割合も求められる)の確率分布を求めました(図2)。 その結果、スギ・ヒノキの人工林では、地表流出の割合が 70% 程度の位置にピークがみられたのに対して、落葉広葉樹天然生林では、 55% 程度の位置に見られ、落葉広葉樹天然生林における地下水の流出への寄与の割合が高い傾向が示されました。
図2 .線形混合モデルから推定した落葉広葉樹天然生林とスギ・ヒノキ人工林の表面流出率の確率分布の比較。
今後の展開
本研究により、流域における流出と温度とは相互に密接に関係があることが示されましたが、具体的に植生の違いが流出の違いをどのように生み出すのかという点は未だ解明されていない点が多くあります。今後はこのメカニズムを明らかにしていくことが重要です。また、温暖化が水温形成にどのように影響を及ぼすのかということも重要な課題です。そのため、今後も本研究成果がえられた位山演習林におけるモニタリングを継続していく予定です。
用語解説
※1 落葉広葉樹天然生林:樹木の生育のために何らかの形で人の補助が入った落葉広葉樹林のことを指し、人の手の介入がわずかか皆無である天然林や原生林と区別して使用される用語です。
※2 対照流域法:隣接した流域間での比較をすることにより、気象、地質、地形の違いを排除して、植生の相違が流域の水文特性に及ぼす影響のみを取り出す方法です。
※3 地下水流出:流域から流れ出る河川の水は、流域内の様々な経路をたどって河川の水になります。地下水流出とは、特に、流域の深いところに存在する地下水からゆっくりと時間をかけて流れ出す成分のことを指します。
※4 線形混合:複数の要因の単純な足し合わせが妥当と考えられる場合に用いられる方法論の一般名称。本研究の場合には、地表流出と地下水流出との足し合わせにより河川水が形成されるという仮定に基づいた水温形成モデル構築の上で本方法を採用しました。
※5 地表流出:※3と相補的な概念で、降雨時に流域の地表面付近を流下してきて河川水を形成する成分のことを指します。
論文情報
雑誌名:Journal of Hydrology
論文タイトル:How the hydrothermal regime differs between artificially planted coniferous and secondary deciduous forests
著者:大西健夫、柳原未伶、千家正照、平松研、乃田啓吾
DOI: 10.1016/j.jhydrol.2025.134651
研究者プロフィール
大西健夫教授・平松研教授:本学応用生物科学部生物圏環境学科に所属し、それぞれ、水文学、水理学を専門とし、流域管理学研究室を共同で主宰している。
千家正照名誉教授:水利環境学を専門とし、現在、岐阜大学応用生物科学部ユニオン・インフラメンテナンス共同研究講座における研究室長を務めている。
柳原未伶さん:本学在学時に本研究をテーマに卒業論文を執筆した。
乃田啓吾准教授:水利環境工学を専門とし、本学在籍時に本研究に携わった。
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