In vivo細胞外表面ビオチン標識技術を開発
細胞外にTurboIDを発現するラットの作出に成功
2025年12月1日
岐阜大学
In vivo細胞外表面ビオチン標識技術を開発 - 細胞外にTurboIDを発現するラットの作出に成功 -
本研究のポイント
・標的タンパク質近傍のタンパク質をビオチン標識できる近位依存性ビオチン化(BioID)法は細胞内相互作用解明に広く使用されてきましたが、細胞外での応用は限られています。
・TurboID 注1)を細胞膜タンパク質CD28 注2)に融合させることで、細胞表面をビオチン化させることに成功しました。
・TurboID-CD28にCre/LoxPシステム 注3)を導入することで、TurboIDをCre特異的に発現する細胞外TurboIDノックインラットを新たに作出しました。
研究概要
岐阜大学 工学部 自然科学技術研究科修士1年の井藤 茶羅さん、中村 克行 助教、上田 浩 教授、纐纈 守 教授、高等研究院 One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT)の村田 知弥 特任准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医生理学教室の山内 啓太郎 教授、NOMON株式会社(現NOMON & Co株式会社)の狩野 理延 博士、中島 良太 博士、山名 慶 博士らの研究グループは、特定の細胞の細胞膜外側に存在するタンパク質を特定することを目的に、ビオチンリガーゼTurboIDを細胞外に発現させ、細胞表面をビオチン標識するラットを開発しました。これはTurboIDを細胞膜タンパク質CD28に融合する形で発現させたところ、細胞表面がビオチン化されたものです。また、TurboIDの発現を制御するため、Cre/LoxPシステムを取り入れ、ラットのRosa26遺伝子座にノックインした細胞外TurboIDノックインラットを作出しました。このラットから細胞を単離し、Creを発現させたところ、細胞膜の外側の領域がビオチン標識されていることを確認しました。
本研究は、生体内において、細胞膜外側のビオチン標識が可能となる系を構築した点に新規性があり、Creを発現する組織や細胞に限定して特徴解析が実施できます。さらに、ラットはマウスと比較してヒト病態の再現性が高く、よりヒト病態に近いモデルでの細胞の特徴解析が可能となり、新たな創薬標的の発見が期待できます。
本研究成果は、現地時間2025年11月28日にBiochemical and Biophysical Research Communications誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
細胞膜タンパク質は近接細胞や分泌タンパク質と相互作用し、細胞内に細胞外環境の情報を伝え、生命を維持しています。膜タンパク質の特定は、生体の生命維持や疾患のメカニズムの解明に重要で、とくに細胞の外側に位置する部分は低分子ならびに抗体医薬品の創薬標的として用いられています。
標的タンパク質にビオチン化酵素を付加することにより、近接タンパク質をビオチン標識するBioID法は、タンパク質を同定・解析する方法として広く使用されています。そこで、本研究ではBioIDの高活性型であるTurboIDを細胞外に発現させ、細胞の外側をビオチン標識することで、細胞膜タンパク質の外側を網羅的に解析できるツールが作製できないか検証しました。さらに、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いて、当該TurboID遺伝子をラットに組み込んだTurboID遺伝子改変ラットを作製しました。
研究成果
高活性型ビオチン化酵素TurboIDを細胞外に発現させるため、細胞膜タンパク質CD28の膜貫通領域とTurboIDを融合させました。その結果、細胞の外側をビオチン化することに成功しました。
次に生体における標的細胞の細胞膜の外側を解析するため、ラットにこのTurboIDを発現させるシステムの構築に取り組みました。TurboIDを常に発現させてしまうと、ビオチン化亢進によりビオチン欠乏症などの代謝異常を引き起こす可能性があるため、Cre/LoxPシステムを導入することで、TurboIDの発現制御を試みました。その結果、TurboIDを遺伝子に組み込んだラットでは、Creを導入したときのみ細胞外がビオチン化されることが分かりました。
今後の展開
本研究グループは、ヒトの重篤な遺伝性致死性筋疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデルラットを作出しています。さらに、現在複数のCreドライバーラットを保有しており、本研究で得られたTurboID KIラットと掛け合わせることで、ヒトの重篤な筋病態下で治療標的となりうる細胞の細胞膜に特異的に発現する分子の同定を目指していきます。
筆頭著者コメント
様々な研究において遺伝子改変マウスが用いられている中、筆者らは、ヒト病態モデルラットの作製等、遺伝子改変ラット基盤を確立させていました。本研究では、TurboIDノックインラットを作製する際に時間を要しましたが、次世代でも細胞表面ビオチン化を確認できました。また、ビオチン化をコントロールすることを可能にしました。今後は、病態モデルラットなどと組み合わせることにより、生体を対象とした病態機序の解明、そして新たな創薬標的の発見を目指していきます。
謝辞
本研究はJSPS 科研費(JP23H00359、 JP24K23160 、JP25K18364)、一般社団法人越山科学技術振興財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人立松財団、公益財団法人中部電気利用基礎研究振興財団の助成を受けたものです。
用語解説
注1:TurboID
大腸菌由来のビオチンリガーゼBirAに変異を加えることで作製されたタンパク質の一つ。高活性かつ、短時間でのビオチン化が可能である。ビオチンはビタミンB群の一種で、タンパク質にビオチンが付与されると、このビオチンを目印に解析したいタンパク質のみを単離することができるメリットがある。
注2:CD28
免疫細胞の細胞膜上にあるタンパク質。膜貫通領域は、細胞療法をはじめ、臨床で用いられる膜タンパク質である。
注3:Cre/LoxPシステム
Creリコンビナーゼという部位組換え酵素がLoxPという短い回文配列を認識してLoxP間の配列を除去、または反転させる反応。遺伝子発現を時空間的に制御するために遺伝子工学領域で多用されている。
論文情報
雑誌名:Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル:Generation of Cre/LoxP-mediated extracellular TurboID knock-in rats with CRISPR/Cas9 system
著者:Sara Ito, Katsuyuki Nakamura*, Kazuya Murata, Ryota Nakajima, Masanobu Kanou, Mamoru Koketsu, Kei Yamana, Keitaro Yamanouchi, Hiroshi Ueda
(*: 責任著者)
DOI: 10.1016/j.bbrc.2025.152898













