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「特集」黒子企業はいかに価値を伝えるか 仕事のプロセスを発信


田中摂
株式会社乃村工藝社 ブランドコミュニケーション室 室長

 「企業ブランド」という言葉を聞くと、みなさんは何を思い浮かべますか。有名企業のロゴマーク、キャッチコピー、新聞やテレビの広告、あるいはその企業の出している商品やサービスなどを想起する場合が多いかもしれません。一方、社員の日々の仕事の進め方、どのような価値観で仕事に向き合っているか、社員たちのコミュニケーションの取り方といった営みの中に、その企業らしさを感じることは少なくないと思います。
 特に「黒子企業」と呼ばれるような企業にとって、企業らしさをどう伝えるかは重要です。本稿では黒子企業が自社の価値をどう伝えるかについて、筆者の所属する乃村工藝社(東京)での実践例を交えて考えます。

「黒子の美学」を問い直す

 黒子企業はその呼び名の通り、事業の成果物が消費者の目に分かりやすく届きません。消費者の体験に結びつく場合でも、企業そのものが前面に出にくい状況にあります。
 乃村工藝社もその一例です。当社は商業施設、ホテル、企業のPR施設、オフィス、博物館など人が集う多様な空間で、調査・企画からデザイン・設計、制作・施工、運営までを手掛ける空間の総合プロデュース企業です。創業は1892年。大衆娯楽として人気のあった菊人形を大規模な装置と仕掛けで演出するなど舞台、イベントの装置や場面展開の仕掛けづくりを生業とし、その後、百貨店の催しや博覧会展示などに領域を広げ、多くの空間づくりで実績を積み重ねてきました。
 クライアントの要望に社員が全力で応えていくうちに事業が広がっていきましたが、同時にクライアントである企業や自治体を支える立場として「最高の空間づくりでお客様の事業が成功すれば良いのであって自社が目立つ必要はない」という、いわば黒子の美学とも言える文化も育っていきました。
 空間づくりという事業は、その価値が外部から見えにくい仕事でもあります。文化施設や商業空間の設計者は、その空間に訪れた人の感情や心の動き、そこで生まれるコミュニケーションまで考えながら、全体を設計します。しかし、そうした設計の背景は完成した空間を見ただけでは伝わりにくいものです。そのため、意識して言葉にして外部に伝えなければ、企業としての価値や強みは断片的にしか伝わらなくなります。
 黒子という側面と事業の分かりにくさという二つの要素が重なると、その企業の価値と認知の間には隔たりが生じていきます。事業環境に恵まれ、企業として安定成長しているときは、あまり問題にならないかもしれませんが、事業環境が変化すると状況は変わります。
 当社の場合、異業種からの参入が増える中で、空間づくりという仕事自体が知られないままでは機会損失につながるという危機感、社会課題への取り組みを発信しないことで何もしていない企業に見えてしまうという誤解、コロナ禍でリアルな接点が失われたことにより顧客や就職希望の学生、協力会社、社員同士の交流機会が減り、つながりが弱まるという課題が浮き彫りになりました。
 そこで広報方針を見直し、情報発信を強化し、認知度を高める取り組みを始めましたが、新たな課題も見えてきました。社内には抽象表現や業界内でしか通じない言葉が多く、部門ごとの発信も統一されていなかったため、発信量を増やすだけでは企業価値の理解につながらなかったのです。
 さまざまな調査を経て分かったのは、空間づくりという仕事の分かりにくさを解消しないことには、社名をいくら出しても事業の理解につながらず、企業としてのブランド価値も上がらないということでした。

認知度より理解度

 では、この課題にどのように向き合ったのか。成果物を見せるだけではなく、その背景にある仕事のプロセスを共有することに重きを置きました。その中心に「社員」を置き、社員が何を考え、どのように課題を解決したのかが伝わるよう、コミュニケーションを設計しました。
 例えば、空間づくりで言えば、出来上がった空間の紹介にとどまらず、背景にある課題や社員がどのように解決策を考え、アプローチしたか、といったプロセスをコーポレートサイトの社員インタビュー、機関誌、メールマガジンなどを通じて発信していくようにしました。
 その一環として社外に向けて使う言葉や発信内容など説明の仕方も整理を進めました。長期間にわたって黒子文化が根付くなかで、社内で当たり前のように使用されている言葉の中には、業界の人にしか分からないような用語や抽象的な表現が増えていました。
 部門やサービスごとに発信される情報を統合管理していなかったことで、企業としての価値が断片的にしか伝わらないという課題もありました。そのため、単に発信量を増やすのではなく、周年や経営計画の変更に合わせて外部向けに使用する言葉の整理も行いました。成果を測る重点指標は、企業の「認知度(社名を知られているか)」だけではなく「理解度(何をしている企業か理解されているか)」に置き、仕事のプロセスや取り組み姿勢を社員の言葉で伝える施策を強化していきました。

社員の誇りが好循環に

 具体的な取り組み事例の一つとして、万博を契機としたブランドコミュニケーション活動があります。乃村工藝社は1970年の大阪万博をはじめ、多くの博覧会でパビリオンや展示空間づくりに関わってきました。その過程で社外からの寄贈を含めて蓄積された約2万点に及ぶ資料を博覧会資料室に収蔵してきましたが、オフィス内に「EXPO GALLERY」として一部展示し、2025年には期間限定で一般公開を行いました。
 大阪・関西万博に関わる社員や1970年の大阪万博に携わったOB社員を取材した記録映像を制作し、社員の企画力、デザイン力、技術力、運営力を結集したパビリオンや施設における制作プロセスを可視化し、ホームページや「EXPO GALLERY」を通じて公開。万博の歴史やパビリオン・展示制作の裏側を伝えることで、空間づくりの価値を共有する機会をつくりました。
 仕事のプロセスを言語化し外部に共有する取り組みは、対外的な理解を促進するだけでなく、社内にも変化をもたらします。「自分がどういう仕事をしているのか、家族に理解された」といったような社員の誇りにつながり、それによってまた発信活動に協力してくれるという好循環につながります。
 こうした情報が蓄積、整理されることで、社員が過去の仕事の進め方や判断を学ぶ材料にもなります。経験の浅い社員や次世代の社員にとって思考やプロセスを理解できることは大きな学習の機会になり、企業文化の継承にもなります。そうした過程で、自分たちが何に価値を置いている企業なのかが改めて整理され、次のコミュニケーション計画にも生きていきます。
 こうした考え方は、特別な仕組みを導入しなければ実現できないものではありません。むしろ日常業務の中にどのように組み込むかが重要だと考えます。
 例えば、プロジェクト終了時に、どういった課題があり、それをどう乗り越えたかを記録したり、意思決定の背景を記録したりするだけでも大きな違いがあります。当社でも社内で表彰を受けたプロジェクトでは、その仕事を振り返り社員に発表する機会を設けてきました。
 また定期的に自分の仕事を紹介し、そこで挑戦したことを話す機会も開かれています。そうした蓄積が、社員の価値観や仕事の進め方を可視化し、いわばその企業らしさを象徴するような外部発信の素材になります。これは新たな投資を必要としなくても、小さいところから始めることができる取り組みです。

第三者の視点を

 「何をつくったか」だけでなく、「何を考え、どのように取り組んだか」を伝えること。それは、企業の価値観を外部のステークホルダー(利害関係者)と共有する取り組みであり、その積み重ねがその企業「らしさ」を形づくります。この点で、広報やブランドコミュニケーション担当者の役割は大きいと言えます。
 業務上、仕事や企業の価値を読み解き、第三者に伝わる形に再構成する立場にあるからです。仕事のプロセスや日々の営みの中にある価値をどのようにすくい上げ、どのように外部に共有するのか。その積み重ねこそが、黒子企業のブランド基盤となります。
 その際、一生懸命に情報発信をしているにも関わらず、意図通りに伝わらない場合には、「伝わる状態」になっていないということが考えられます。特にBtoB企業や専門性の高い企業では、社内で当たり前のように使用している言葉や前提となる知識が、第三者から見るとまったく分からない、ということも多いものです。
 だからこそ情報発信の担当者は、自社が持つ専門性を保ちながら、前提知識がない第三者の視点でどこから説明するか、またどのような言葉で表すかというバランスを意識することが大切です。日々の仕事の中にある社員の思考や姿勢を、第三者に伝わるように丁寧に言葉にしていく積み重ねが、黒子企業の価値を社会の中で確かなものにしていくのだと考えています。

株式会社乃村工藝社 ブランドコミュニケーション室 室長 田中摂(たなか・せつ) 2006年、乃村工藝社入社。人事、開発、クリエイティブ機能やイノベーション新組織のマネジメント、乃村工藝社オウンドメディアの立ち上げを経て、21年より現職にて、自社のブランドコミュニケーション活動に取り組む。

(Kyodo Weekly 2026年7月27日号より転載)

  • 田中摂 株式会社乃村工藝社 ブランドコミュニケーション室 室長

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