「特集」ローカル線再生 「適正コスト」把握で収支改善可能 鉄道役割再評価を
世界の流れに逆行
新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2020年に欧州連合(EU)は「持続可能でスマートなモビリティ戦略」を策定し、温室効果ガス削減のために鉄道利用を強く推進していく方針を再確認した。また、21年を「欧州鉄道年」として、50年に温室効果ガスをゼロにするというグリーンディール目標に向けて、鉄道が重要な役割を果たすことを強調した。米国でも21年に高速鉄道や都市内鉄道への投資額を大幅に増額する法案が成立した。世界は次世代の交通の主役としての鉄道の評価を高めている。
一方、日本では同じころにJR各社がローカル線の赤字額を公表し、各地で地方路線の廃止が懸念される事態となっている。国は、輸送密度(区間全体の1日の平均輸送人員)1千人未満のJRローカル線については、JRと自治体による再構築協議会の設置を勧めている。この協議会は廃止を前提とするものではないとされているが、そのことをわざわざ明言している点からも、廃止が有力な選択肢であることが分かる。「廃止したいJR」と「それを阻止したい自治体」との協議というのが、実際の内容となっている。
これからの交通手段の主役として、鉄道に大きな投資を行っていこうとしている世界の流れと、もう役割は終わったかのような扱いを受けている日本の地方鉄道、方向は全く逆である。
利用者少=赤字大なのか
図1は、横軸に輸送密度、縦軸に「営業キロあたりの営業損益」を取り、全国の輸送密度2千人未満の鉄道の状況を示したものである。新聞報道などでは、赤字が大きいのは利用者が少ないからであるとする記事も多いが、もしそうであれば、このグラフは右上がりの分布になるはずである。そうではないことは一見して分かるが、実際に、輸送密度と「営業キロあたりの営業損益」の相関係数はマイナスである。つまりデータからは「輸送密度が小さいから赤字が大きいという事実はない」と言える。
一方で、JR、民間鉄道・第三セクターそれぞれの赤字額をみると、明らかに大きな違いがあることが分かる。二つのグループの数字に違いがあるか否かを判定するために用いられる「平均値の差の検定」という統計手法を用いて、JRと民鉄・三セクの赤字額の平均値に差があるかどうかを検定すると、輸送密度0~500人、500~1000人など、500人ごとのそれぞれの分類において、有意水準1%で有意な差があることが分かる。平均値の差の検定は、薬の効き目があるかどうかを判定する際などにも使われ、一般的には有意水準5%で有意な差があれば効き目があると判断される。有意水準1%はそれよりもさらに確度が高いことを表している。つまり、赤字の大きさは輸送密度とは相関がなく「JRか否かによる」というのが科学的な分析結果である。
JRだけ減
図2は、地方鉄道の旅客輸送人キロ(乗客数に乗車距離をかけたもの)の推移を輸送密度の区分ごとに表したものである。政府やJRは、地方鉄道の利用者減の原因は、「地方の人口減少」と「自動車の普及」であると繰り返し述べており、多くのマスコミもそれが原因であると信じているようである。しかし、この図から分かるのは、大きく減少しているのはJR路線であるということである。民鉄・三セクは輸送密度1千人以下の区分では減っているが、他の区分では増加してきている。JRの沿線だけ人口が減少し、自動車の普及が進んでいるわけではないのだから、それが鉄道利用者減少の決定的理由であるとは言えない。19年以降はコロナ禍によって全ての路線が減少したが、民鉄・三セクの中には、昨年あたりからコロナ前を上回る路線も出始めている。
なぜJRの利用者は極端に減っているのだろうか。理由は単純には断定できないが、一つの重要な要因として考えられるのは「運行本数の少なさ」である。図3は、横軸に輸送密度、縦軸に「営業キロあたりの列車走行キロ(列車運行本数を表していると考えられる)」を取ったものであるが、同程度の輸送密度の場合、JRの運行本数は民鉄・三セクの半分程度であることが分かる。
このように、JRのローカル線は、民鉄・三セクと比べて「赤字額が顕著に大きい」「利用者が顕著に減っている」「運行本数が明らかに少ない」という特徴がある。
JRは全体としては黒字経営であることを考えると、新幹線や大都市圏での鉄道運営のノウハウは持っていると考えられるが、地方路線に関しては、その特性に合わせた運営を行うノウハウは持っていないということが分かる。ただ、そのことでJRを批判することはできない。JRは民間企業であるので、儲かるところで真剣に経営して、儲からないところには経営資源を投入しないというのは、企業として当然の行動とも言える。現在のようにローカル線が大変残念な状況に置かれているのは、JRの責任ではなく、それらの路線の運営をJRに任せきって、何もしてこなかった日本の鉄道政策に原因があると考えるべきである。
現在はとても残念な状況であるが、見方を変えれば、将来に向けて大きな希望があると考えることもできる。これまで最大限の努力をしてきたのに大きな赤字であるのであれば、いま以上に前向きな答えを見いだすことは難しいが、路線に適した上手な経営が行われておらず、便利にもしてこなかったことによって利用者が低迷してきたということは、将来に向けて改善の余地があるということである。採算性については、図1に「収支改善の可能性」と記したように、運営方法を変えれば収支が大きく改善される可能性がある。図3に示したように運行本数も大いに改善できる余地があり、そうすれば利用者数が改善される可能性もある。実際に日本の公共交通の利用率は、EU諸国などと比較して小さくなってしまっている。例えば、スイスと日本の地方都市の公共交通の利用率は数倍も違っている状況であることを考えれば、鉄道を便利にすれば利用者数は大きく伸びる可能性がある。人口減少や自動車の普及という外的要因に責任を押し付けるのではなく、路線の利便性改善に向けて努力すれば状況は変わる。
コスト水準の把握
それぞれの路線に関して、地方路線として適切な運営を行った時に、どの程度のコストでどの程度のサービス水準を提供することができるかということを知ることは重要である。「鉄道運営の経験がない自治体」と「地方鉄道の運営が上手ではないJR」が、現状の数値を基に協議しても、地域にとって良い答えを見つけることは難しい。ローカル鉄道の活性化・再生を支援している一般社団法人ローカル鉄道・地域づくり大学ではいま、地方鉄道の運営に必要なコスト水準をできるだけ正確に算定することができるようにするための分析を筆者を中心に行っている。この分析が進めば、来年度以降、各自治体が路線の運営に必要なコストを算定することに協力できるようになると考えている。JRが発表した赤字が10億円を超えていたとしても、必ずしもそれだけの費用が毎年必要になるわけではない。まずは、必要なコスト水準を算定することが重要である。
ウィンウィンの可能性
運営方法を変えれば収支が改善される可能性が十分あるということは、それを適切に配分すれば誰にとっても良い答えが見つかる可能性があるということである。新たな運営方法によって収支改善が見込まれれば、JRは赤字路線を切り離すことができ、その赤字額の範囲内で自治体は運行を継続することができる。運行本数を増やすことなどもできる。
富山県のJR城端(じょうはな)線・氷見線は、県と沿線市がJRと話し合って、数年後に県が主体となって運営している第三セクター鉄道に移管されることが決まっている。新型車両を導入することや、運行本数を大幅に増やすことなどが計画されている。JRはそれに協力金を拠出することによって赤字路線を切り離すことができる。鉄道が便利になるという悲願が達成される地元の人々には歓迎され、JRや国土交通省も「先進的な取り組み」と評価している。
このようなウィンウィンの解決策が成立すると考えられる路線は全国で少なくない。「赤字が大きいと発表されている路線ほど、収支改善効果が大きい可能性」もあるため、将来に向けて希望が持てると言える。
大胆な政策転換を
このように日本の地方鉄道には改善の可能性は大いにあると考えているが、その方向に向けて進むためには、いまの鉄道政策が大きく変わる必要がある。世界が鉄道に力を入れ始めているのは、地球環境問題などさまざまな社会問題に対応するためであり、赤字だからではない。鉄道は道路などと同じ社会資本であり、公共交通は図書館などと同じ「公共サービス」であるというのが、世界の常識である。
日本は鉄道に対する公的投資の割合が極めて低い国になってしまっているが、その中でも地方鉄道に対する投資は少ない。安全性向上、防災対策、自動運転や低エネルギー化などの新技術導入のための投資まで鉄道事業者任せにしている。地方鉄道を次世代の持続可能な交通手段として発展させるためには、国が主導して大胆な政策転換を図り、公共交通の基盤としての鉄道の役割を再評価する必要がある。
富山大学特別研究教授 中川 大(なかがわ ・だい)京都大学名誉教授、富山大学特別研究教授1981年京都大学大学院工学研究科交通土木工学専攻修了。工学博士。2017年富山大学副学長。22年から現職。社会資本整備評価、都市・交通の活性化などを研究、富山ライトレール、京都丹後鉄道、JR城端線・氷見線など各地の地域公共交通の再生・活性化事業に参画。著書「Transport Policy and Funding」(Elsevier 2006)など。
(Kyodo Weekly 2024年9月30日号より転載)