農産物の適正価格とは? 青山浩子 新潟食料農業大学准教授 連載「グリーン&ブルー」
令和の米騒動は、天候不良などで生産量が減り、逆に需要が増えたことが発端となった。米は2024年夏までは他の食品と異なり、コスト上昇分が小売価格に反映されず、安値ゆえに消費者の手が伸びやすかった。その後、米は状況が変わったが、一般的に農産物は、コストが上がっても小売価格に転嫁されにくい。この問題を直視し、農畜産物の適正価格形成に向けた法案が国会で審議され、25年6月11日に可決・成立した。法案の中身は、農家を含む売り手と買い手が納得できる「合理的価格」の形成に向けて協議するよう、両者に努力義務を課すというもの。農林水産省は、協議の前提となる農畜産物のコスト計算や協議に参加しない事業者への立ち入りもする。
コストを反映した価格形成はあらゆる農家が望むことだが、利害関係が異なる両者が納得する価格形成は本当に可能なのか。連日の米価をめぐる報道を見るにつけ、難しさを感じる。
小泉進次郎農相が就任する前、小売店での銘柄米価格は5キロ4千円台だった。「高い」という消費者の声を受け、随意契約により価格を2千円台まで下げた。実は4千円台も2千円台も農家にとって合理的価格とは言えない。
新潟県内の稲作生産者に、農家にとっての適正価格を尋ねると、「60キロあたり2万円〜2万5千円」と返ってくる。5月末、2千社あまりの農業法人でつくる日本農業法人協会が公表した「コメ生産に係る会員アンケート」(188社が回答)でも、「いくらで米を販売したか」と聞いている。45・2%の回答者が「2万1円〜2万5千円で販売した」と回答。半数の農家が適正な価格で販売できたことになる。
この生産者米価を小売価格に換算すると、5キロ3千円台となる。3千円台を買い手である小売店や消費者は適正と感じるだろうか。昨今の備蓄米放出の報道に、農家たちから「2千円台が注目されすぎて、これが消費者の適正価格と認識されないだろうか」と懸念の声が上がっている。
コストを踏まえた合理的形成に異論を唱える人は少ないはず。だが、実際の価格は、需給バランスや天候など多くの要因が複雑に絡み合って決まる。政府がお目付け役となって、合理的価格を形成できるのか。逆に政府が関与しすぎれば過度な市場介入になりはしまいか。
米にまつわる報道で、時折冷静な消費者の声を聞く。「2千円台の米価が消費者と生産者の双方ともに望ましいとは思えない」という女性がいた。いまだ落ち着きを見せない米騒動だが、消費者が「自分にとっての適正価格はいくらか」を考える機会になったとすれば騒いだだけのことはある。米以外にも農産物の価格形成に問題意識を持ち、原価を割らない価格を支持するようになれば、法案以上の効果をもたらすだろう。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.24からの転載】