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渡辺大知「僕が演じた駒井という人物そのものがカメラの役割を果たしています」『道行き』【インタビュー】

-ある意味、監督の分身みたいな役ですよね。

 そうだと思います。監督が実際に住んでいる家で撮影し、監督がこの町に移住して出会った人たちを基に作られた映画なので、監督自身の気持ちやまなざしがそのまま映画になっていると思います。でもそれは、いろんな人の生活にも通じると思うので、映画を見た人も、自分の故郷や住んでいる町を思い出すきっかけになってくれたらと思います。

-人形浄瑠璃文楽座の人形遣いで人間国宝の三世 桐竹勘十郎さんが、町の住人の梅本として映画初出演をしていましたが、勘十郎さんとの共演はいかがでしたか。

 映画での演技が初めてとは思えないぐらいすてきでした。映画はそこに必要な存在が映ってくれることが喜ばしいことなんだと改めて思いました。勘十郎さんは、ご自分が演じた役でどういうことが伝わればいいのかをすごく考えていらっしゃいました。初めてということは本当に関係ないんだと感じさせていただいて、いろいろと勉強になりました。

-一般の人たちに囲まれて自分が演技をするのはどんな感じだったんですか。

 正直なところ、この作品に参加する前は、監督が自分で出てしまえばいいのにと思いました(笑)。僕が演じることで作られたものになる可能性がある。この作品は、ドキュメンタリーに近い方がいいんじゃないかと思ったんです。でも、現場に入ってようやく納得できました。駒井が本当にこの町の住人になると、友達がいっぱい出てくる映画みたいになってしまう。だから駒井はこの町に溶け込んでしまわずに、ちょっと離れたところから俯瞰(ふかん)で見ている感じの方がいい。ちょっと異質な存在に見えてもいいと思いました。それが映画を見ている人が、自分がこの町に行ったらどうなる、どう見えるのかを考える余地になる気がしました。だからせりふも極端に少ないし、インタビューもガツガツ聞くというよりも、思いのある人の言葉を受けていく。要するにカメラ的な受け身の存在です。監督が自分でやったら、町になじんでいるからストレンジャーには見えなかったと思うんです。

-完成作をご覧になった印象はいかがでした。

 僕も結構映画が好きで、いろんなタイプの映画を見たいと思うのですが、他の映画では味わえない香りがする映画だと思いました。この映画は確かにノスタルジックなところもありますけど、回顧趣味的なわけではなく、かといって現代っぽくもない。何かその隙間というか、いつ撮られたのか分からない感じがあります。だからこそ、いつの時代に生きている人にも通じる作品になっていると思います。そこがすごく好きな点です。

-ご自分でも映画を撮ったりしますよね。実際にこういう小さな映画を体験してみて、どんな感じでした。

 カメラにどういうものが記録されて、逆にどういうものが記録されないのかという点がすごく勉強になりましたし、そういうメタ的な意味で、外側の視点を意識しながら自然に演技ができたことも勉強になりました。今までは演技をする時は、物語に入っていって、映った時に美しくうそをつきたいと思ってやっていました。今回は監督のような目線で参加させてもらえた気がして、ちょっとカメラになったような感じもあって、自分も監督的な目を持ち込んでやれたような感じがあったので、今後のための勉強になりました。

-これから映画を見る観客の方や読者に向けて一言お願いします。

 劇的な何かが起こるわけではありませんが、この映画に流れている時間はとても心地いいものです。見ている人の生活の近くにあるような、見くださった方の人生に寄り添うような映画になっていると思います。

(取材・文/田中雄二)

(C)2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

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