ピュアな味わいの「レクイエム」【コラム 音楽の森 柴田克彦】
モーツァルトの「レクイエム」は、ヴェルディ、フォーレの作品とともに「3大レクイエム」の一つと称される名作だ。しかし天才の遺作であるこの曲は未完成のまま残され、弟子のジュスマイヤーによる補筆完成版で世に広まると同時に、後世の学者らによる補筆版が数多く出されてもいる。
今回取り上げるのは、そうした楽曲面とは違った方向性を持つ、ジュスマイヤー版のモーツァルト「レクイエム」と、ファジル・サイの最新作「モーツァルトとメヴラーナ」を組み合わせたディスク。演奏は、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮/ルツェルン交響楽団、および4人の気鋭歌手とベルリン放送合唱団である。

ミヒャエル・ザンデルリンク(指揮) モーツァルト:レクイエム 他 ワーナー WPCS-13877 3410円
サイは鬼才と呼ばれる現代トルコのピアニスト&作曲家。本盤に収録されたのは、13世紀のイスラム詩人メヴラーナの優しい詩を用いたモーツァルトへのオマージュ的な作品だ。
1967年ドイツ生まれのミヒャエル・ザンデルリンクは、父と兄2人もその道に進んだ指揮者一家の一員だが、中でもフレキシブルな感覚が強く、ベートーベンとショスタコーヴィチの交響曲をカップリングしたCDシリーズでも話題を呼んだ。
同様の企画である本盤は〝時代を超えた新旧&東西文化の融合〟がテーマになっており、そこが注目ポイントの一つである。
もう一つ重要なのは演奏そのものだ。モーツァルトの作品はいわゆるHIP(歴史的情報に基づく演奏)に則ったアプローチで、ピリオド(古楽)奏法を応用した、テンポ速めでキレのよい演奏が、フレッシュかつピュアな味わいを醸し出している。
この曲はかつて大家による深刻で重い演奏が主流だった。だがその場合モーツァルトの意志が強く反映された前半部分の感動こそ大きいものの、そうではない後半部分の軽さが際立ってしまう。その点本盤は、前後半の落差が少なく、曲全体がバランスよく構成されている。
またサイの作品は、中東の民族楽器を用いた神秘的な音楽ながら、モーツァルトに通底した表現がなされている。ゆえに訴求力が強く、続けて聴いてもほとんど違和感がない。
しかも本盤の演奏陣には、4カ国出身のソロ歌手を筆頭にあらゆる国や宗教の人々が揃(そろ)っている。つまり音楽的にも社会的にも意義深い一枚なのだ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 46からの転載】

柴田克彦(しばた・かつひこ) 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。













