3つの粒子がつくる量子状態にも右手・左手 カーボンナノチューブでキラリティを持つ荷電励起子(トリオン)を観測
ポイント
●キラリティ(注1)の違いに由来する物性は、相互作用する粒子の数が変わっても保持されるかどうかを、キラリティを持つ構造を持つカーボンナノチューブを用いて調べました。
●励起子(負の電荷を持つ電子1個+正の電荷を持つ正孔1個)がある片方のキラリティに由来する性質を持っている場合、その励起子に電荷一つがさらに束縛された正のトリオン(電子1個+正孔2個)や負のトリオン(電子2個+正孔1個)も同じキラリティに由来する性質を持つことを見い出しました。
●ナノチューブの幾何学的な「右手・左手」の性質が、電子や正孔が多く存在する多粒子からなる量子状態にも受け継がれることがわかりました。キラリティに由来する物性は、量子情報処理や高効率な光エネルギー変換などに利用可能ですが、本成果は、多粒子の相互作用によってその特性が飛躍的に増幅させることも将来的に可能であることを示しています。
概要
私たちの右手と左手のように、鏡映しの関係にありながら重ね合わせられない性質を「キラリティ」とよびます。この性質は様々な物質に存在し、光の吸収や化学反応などに影響を与えます。光を吸収した物質には、電子と正孔が結合した「励起子」が生じ、キラリティに応じて右回りと左回りの円偏光に対する吸収が異なります。一方、励起子にさらに一つの電荷が結合した「荷電励起子」でも、この性質が保たれるかは不明でした。本研究では、カーボンナノチューブを用い、荷電励起子が元の励起子とほぼ同じ円偏光特性を示すことを世界で初めて明らかにしました。この成果は、多粒子間の相互作用におけるキラリティの理解を深め、将来的な光機能の増幅・制御につながるものです。
本研究は、JST ASPIRE(先端国際共同研究推進事業、課題番号JPMJAP2310)、JST CREST(課題番号 JPMJCR2544)、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP21H05017, JP23H00259, JP24H01200)、二国間交流事業(JPJSBP120252302)、東京都立大学みやこMIRAI学生支援事業の支援のもとに行われました。
図 キラリティをもつカーボンナノチューブにおいて、電子(水玉)―正孔(赤玉)が束縛した励起子と電子二つと正孔が束縛したトリオンが同じキラリティを持つ様子
研究の背景
私たちの右手と左手は、互いに鏡に映した関係にありますが、完全に重ね合わせることはできません。このような性質は「キラリティ」とよばれ、分子から結晶、ナノ材料に至る様々な物質に存在します。右手型と左手型の構造の違いは、物質の性質だけでなく、化学反応や生体との相互作用にも大きな影響を与えることが知られており、キラリティが物質の性質にどのような影響を及ぼすのかを理解することは、科学における重要な課題の一つとなっています。キラリティの影響は、物質が光を吸収する際にも現れます。物質が光を吸収すると、負の電荷を持つ電子が励起され、電子が抜けた場所には正の電荷を持つ「正孔」が生じます。この電子と正孔が電気的な引力(クーロン力)によって結びついた状態は、「励起子(電子正孔対)」とよばれます。キラリティを持つ物質では、この励起子の光吸収において、右回りと左回りの円偏光で吸収の強さが異なる「円偏光二色性」が現れることが知られています。このような励起子に由来する円偏光二色性は、様々な分子やナノ材料などで研究されてきました。一方、電子と正孔からなる励起子に、さらにもう一つの電子または正孔が結びついた「荷電励起子(トリオン)」とよばれる3粒子状態も存在します。トリオンでは、3つの粒子の間に複雑なクーロン相互作用が働くため、2粒子状態である励起子とは異なる量子状態が形成されます。しかし、このような多粒子間の相互作用が存在する場合にも、物質のキラリティに由来する光学特性が維持されるのかどうかは、これまで明らかになっていませんでした。すなわち、物質の構造に由来するキラリティが、複雑な多粒子量子状態の光学応答にどのように反映されるのかという、重要な学術的課題が残されていました。
研究の詳細
キラリティに由来する物質の性質が、相互作用する粒子の数によってどのように変化するのかを明らかにすることは、キラリティに由来する特性を自在に制御し、さらには増幅するための重要な手がかりとなります。しかし、電子と正孔からなる励起子に、さらにもう一つの電荷が結びついた3粒子状態である荷電励起子(トリオン)は、多くの一般的な半導体材料では低温でなければ安定に存在しにくく、その光学特性を系統的に調べることは容易ではありませんでした。
一方、カーボンナノチューブは、炭素原子が筒状に並んだ極めて細いナノ材料であり、電子が筒の長さ方向に動きやすい「擬一次元構造」を持っています。この特徴的な構造によって電子と正孔の間に強いクーロン相互作用が働くため、室温でも荷電励起子を観測できることが知られています。また、カーボンナノチューブには右巻きと左巻きの構造が存在し、その構造の違いを反映して、励起子が右回りと左回りの円偏光を吸収する強さに違いが生じる「円偏光二色性」を示します。このように、カーボンナノチューブは、キラリティと多粒子相互作用の関係を調べる上で適した材料です。
そこで本研究では、右巻きと左巻きのカーボンナノチューブをそれぞれ高純度に分離した試料を用い、電気化学的な手法によって電子や正孔の数を制御することで荷電励起子を形成し、その円偏光二色性を詳しく調べました。その結果、荷電励起子が、元となる励起子と同じ符号の円偏光二色性を示すことを世界で初めて明らかにしました。 さらに、右回りと左回りの円偏光を吸収する強さの違いを定量的に表す指標(非対称性因子)を評価したところ、荷電励起子(トリオン)は、元となる励起子とほぼ同程度の値を示すことが明らかになりました。この結果は、電子と正孔からなる2粒子状態から、3粒子状態へと変化しても、キラリティに由来する光学特性が維持されることを示しています。この発見は、複数の粒子が強く相互作用する量子状態においても、物質の構造に由来するキラリティが光学応答に反映されることを示すものであり、キラリティと多粒子相互作用の関係を理解するための新たな知見を与えるものです。
研究の意義と波及効果
キラリティに由来する光学特性は、円偏光を利用した光情報処理、量子情報技術、高効率な光エネルギー変換など、次世代の光・電子デバイスへの応用が期待されています。しかし、複数の粒子が強く相互作用する状態において、キラリティに由来する性質がどのように変化するのかについては、これまで十分に理解されていませんでした。
本研究では、電子と正孔からなる2粒子状態の励起子に、さらに電荷が加わった3粒子状態の荷電励起子においても、元の励起子が持つ円偏光特性がほぼそのまま保持されることを世界で初めて実験的に明らかにしました。この発見は、粒子間の強いクーロン相互作用が存在しても、物質のキラリティに由来する光学的な特徴が失われないことを示すものであり、多粒子系におけるキラル物性の理解に新たな知見をもたらします。
さらに、荷電励起子は電荷の注入によって形成できることから、本成果は、電気的な操作によってキラリティに由来する光学応答を制御する新たな可能性を示しています。将来的には、多粒子相互作用を積極的に利用することで、円偏光応答の増強や新たな光機能の創出につながることが期待されます。本研究は、キラリティと多粒子相互作用を組み合わせた新しい物性制御の指針を与えるものであり、円偏光を利用した光検出・光変調デバイスや次世代光情報技術への展開に向けた重要な基盤となる成果です。
用語解説
(注1)キラリティ:右手と左手のように、互いに鏡に映した関係にありながら、回転させても重ね合わせることができない性質
(注2)円偏光:光の電場が振動する方向を偏光と呼び、光を観測する観測者から見て、時間とともに時計回りに電場が回転する偏光を右回り、反時計回りに回転する偏光を左回り円偏光と呼ぶ。
論文情報
掲載誌:Nature Communications
タイトル:Chiral trions in enantiopure single-wall carbon nanotubes
著者:Hiroyuki Fujinami, Satoshi Kusaba, Satoru Konabe, Weilu Gao, Jana Zaumseil & Kazuhiro Yanagi
DOI:10.1038/s41467-026-78073-z
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-78073-z
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