「特集」罪深きイデオロギー先行 皇室典範改正

河西秀哉
名古屋大学大学院 教授
皇族数の確保策を盛り込んだ改正皇室典範が7月17日、成立した。現行の皇室典範が認めていない①女性皇族が婚姻後も皇族身分保持②旧11宮家の男系男子の養子縁組ーが可能となる。実質的な改正は戦後初である。
そもそも、こうした話が始まったのは、2005年の小泉純一郎内閣の時である。皇室では当時、秋篠宮家の眞子内親王、佳子内親王、そして皇太子夫妻の愛子内親王など、次世代の皇族は女性ばかりになっていた。これでは、男系男子しか天皇になれない皇室典範では、皇位継承者がいなくなってしまう。
そこで小泉内閣は皇室典範に関する有識者会議を設置し、皇室典範改正に向けての議論を行った。
象徴に性別はない
有識者会議は途中、「今後の検討に向けた論点の整理」を発表する。その中では、皇位継承範囲の拡大を提唱し、具体的には「女性天皇および女系天皇の容認」案と「旧皇族の皇籍復帰による男系男子継承の維持」案が提示された。
このうち、「旧皇族の皇籍復帰による男系男子継承の維持」案は、八木秀次高崎経済大学助教授(肩書は当時、以下同様)ら保守派が、04年ごろから提唱し始めた議論であった。八木氏は敗戦後の1947年に皇籍離脱した旧宮家の男子を皇族に復帰させることを主張し、彼らが皇位継承者となるのは難しいとしても、皇室にいる内親王と養子が結婚し子どもが皇位を継承すれば、男系男子は保たれるのであり、あえて女性天皇にすべきではないと強調した。
しかし有識者会議は05年10月、女性天皇・女系天皇容認の方向性へと舵を切った。その理由として、日本国憲法に規定された「象徴」のあり方をどう考えるのかが議論されていた。そして、「象徴に性別はない」との結論に至った。
有識者会議は同年11月、最終報告を公表する。その中では、「旧皇族の皇籍復帰による男系男子継承の維持」案を「旧皇族は、既に60年近く一般国民として過ごしており、また、今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋の方々であることを考えると、これらの方々を広く国民が皇族として受け入れることができるか懸念される。皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要な意味を持つ象徴天皇の制度の下では、このような方策につき国民の理解と支持を得ることは難しいと考えられる」と否定し、女性天皇・女系天皇容認の方向性を打ち出した。
このように、「旧皇族の皇籍復帰による男系男子継承の維持」案は、「象徴」という日本国憲法下の天皇制において、国民の支持・理解なくしては制度として成り立ち得ないことを考えれば、国民には受け入れられないだろうと一蹴したのである。この有識者会議の報告を受け、小泉内閣も皇室典範改正案の提出に向けて動き出した。
「女性天皇に反対しない」
しかしこれに対し、反対論が大きく展開されていく。三笠宮寛仁親王は自身が会長を務める福祉団体の会報で女性天皇容認に疑問を呈する文章を公表する。「日本会議国会議員懇談会」(平沼赳夫会長)も女系天皇反対の決議文を発表した。
翌2006年、自民党の高市早苗衆議院議員は衆議院予算委員会で「私自身は女性天皇には反対はいたしませんけれども、もしこれから議論の時間をゆっくりとれるのであれば、女系天皇それから長子優先という項目については、もう少し慎重に検討もしていただきたいし、党内でも議論を深めたいな、こう希望しているものでございます」と発言し、政府の見解を問うた(なお、今回の改正の時の高市首相の態度を見ていると、この時に女性天皇までは認めていたのが嘘のようである)。
それに対して安倍晋三官房長官は、「憲法においては、憲法第二条に規定する世襲は、天皇の血統につながる者のみが皇位を継承するということと解され、男系、女系、両方がこの憲法においては含まれるわけであります」と述べつつ、政府として慎重に皇位継承の在り方を検討すると述べた。
このやりとりは、皇室典範改正をめぐって自民党内での反対論が大きくなっていることを示唆していた。一方で、政府が「世襲」は男系とでも女系とでも解することができると判断したことも特徴的である。皇室典範を改正すれば、日本国憲法の枠内で女性天皇や女系天皇の道が開かれることを認めたのである。
しかし、当の安倍官房長官が実は改正反対論者の一人であった。さらに2006年2月、秋篠宮家の紀子妃の懐妊が宮内庁より発表されると、慎重論はさらに加速する。同年9月、悠仁親王が誕生したことによって政府は皇室典範改正案の国会提出を見送ることを決定し、事態は収束してしまった。
その後、女性天皇の問題に代わって出てきたのが女性宮家の問題である。11年10月には羽毛田信吾宮内庁長官が野田佳彦首相に対し、女性皇族の結婚で皇族数が減少しており、「緊急性の高い課題がある」と説明していたこと、それを受け内閣が女性宮家創設を検討していることが新聞各紙で報じられた。反対論・慎重論が多い女性天皇・女系天皇を検討から切り離し、女性が結婚することで皇族から離れることをまずは問題視してそれへの対処として女性宮家の創設を考えようとしたのである。
増える公務、減る皇族
これには、平成以降の公務増加という流れが背景にあった。「国民と苦楽を共にする」ことを掲げた平成の天皇は、国事行為のみならず、「象徴」としての行為、いわゆる公的行為と呼ばれる公務を増加させた。代表的なものは被災地訪問である。これは天皇のみならず、皇族も分担しており、女性が結婚して皇族から離れれば担い手が少なくなる。だからこそ、女性宮家を創設して、担い手の減少に対処しようとするものであった。
しかし、自民党の安倍晋三元首相は女性宮家について、女性天皇・女系天皇論議が再燃しかねないとの懸念を表明するなど、反対論も根強かった。おそらく、安倍氏の認識は正しい。女性宮家の実現後は、本丸の女性天皇・女系天皇に議論が向かう可能性はあった。
この時、羽毛田長官が民主党の議員連盟に出席し、皇族減少危機を訴えるなどの異例の行動も起こしていた。これには天皇の意思もあったのではないか。
野田内閣は12年2月より有識者ヒアリングを開始するが、消費増税や原発再稼働など国論を二分する課題を抱えて内閣支持率が低迷しており、反対論が根強い女性宮家創設に関する結論を出す体力はなかった。そのため、女性宮家に関する「論点整理」を発表するにとどまり、総選挙を経て第二次安倍内閣に交代したことでこの議論も立ち消えになってしまった。
その後、2016年7月に平成の天皇の退位の意向報道がなされると、この問題が再浮上する。退位をめぐって、民進党の野田幹事長が自身の内閣で検討した女性宮家創設を議論の俎上に載せることを主張し、天皇退位特例法案の付帯決議案には「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について」検討を行うようにとする文言が明記された。
そして一連の「代替わり」行事が終わった後、21年3月に菅義偉内閣が「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議を設置し、その後に①内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持する②旧宮家の皇族男子の子孫である男系男子が養子となるーという2案が報告書に明記された。
保守層の支持つなぎ留め
ここでのポイントは2つある。第一に、あくまで男系男子の皇位継承を前提とした、皇族数確保の策だったことである。世間では次第に天皇皇后の長女である愛子内親王への期待感が高まっており、「愛子天皇待望論」は今でもある。しかし有識者会議では、悠仁親王まではゆるがせにしないということが強く叫ばれ、小泉内閣以来検討されてきた女性天皇・女系天皇の道は明記もされなかった。
第二に、05年の有識者会議で否定された「旧皇族の皇籍復帰による男系男子継承の維持」案が養子という形で報告書に書き込まれた点である。しかし、その時に否定されたものを復活させるのはなぜなのか。報告書に明確な説明はない。政府の主眼は、女性天皇・女系天皇につながる①案ではなく、②案にあることがこの時に明らかとなった。
それは、自民党としては岩盤層である保守層の支持をつなぎ留めたかったのだろうと思われる。日本会議や神道政治連盟などは明確に男系男子維持を主張している。彼らが反発するような政策を実行すれば、参政党などの他の政党に支持が流れてしまう。それを食い止める必要があった。
高市早苗首相は、こうした勢力に後押しされて総理大臣に就任した政治家である。それゆえ、加速度的に皇室典範改正を進めようとした。そして、総選挙の勝利とともに、皇室典範改正に突き進んだ。
しかし、女性天皇・女系天皇を求める国民世論がある。各種の世論調査では、それらは軒並み高い数値を示しており、今回の改正とは大きな隔たりがある。
しかも、今回の改正は皇族の人々のこと、そして養子の対象となるかもしれない人のことを考えたのだろうか。いきなり明日から皇族となれと言われてなる人がいるのだろうか。
イデオロギーを先行させてしまった今回の改正は罪深い。今後、いかに国民とともにある象徴天皇制となるべきかをさらに議論していく必要があるだろう。
名古屋大学大学院 教授 河西秀哉(かわにし・ひでや) 1977年愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(歴史学)。京都大学大学文書館助教、神戸女学院大学文学部准教授などを経て、現在は名古屋大学大学院人文学研究科教授。著書に『〈退位〉の終戦史』(慶應義塾大学出版会、2026年)、『皇室とメディア』(新潮選書、2024年)など。
(Kyodo Weekly 2026年9月14日号より転載)










