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酵母はなぜ自ら作ったエタノールで死なないのか?

特定の膜脂質がエタノール耐性獲得のカギであることを解明

2026年5月25日
岐阜大学

酵母はなぜ自ら作ったエタノールで死なないのか?特定の膜脂質がエタノール耐性獲得のカギであることを解明―

 

 

本研究のポイント

・ 出芽酵母が高濃度のエタノール環境下でも生き続けられるのは、複合スフィンゴ脂質の一つである「マンノシルイノシトールホスホリルセラミド (MIPC)」の生合成が深く関わっていることを明らかにしました。

・ MIPCを合成できない酵母では、エタノール存在下で細胞壁・細胞膜を含む細胞表層の恒常性を維持できず、エタノール耐性が大きく低下することを明らかにしました。

・ MIPCの生合成は、酵母が発酵によって自ら生産する高濃度エタノール環境下でも生育を続けるために重要であることを明らかにしました。

研究概要

 出芽酵母は、糖を分解してエタノールに変換する「発酵」を行う微生物であり、食品製造やバイオエネルギー生産など、私たちの暮らしや産業に大きく貢献しています。一方で、エタノールは細胞膜や細胞壁の構造・機能を乱すため、細胞にとって有害な物質でもあります。それにもかかわらず、出芽酵母は自らエタノール発酵を行いながら、自身が生産するエタノールに対して高い耐性を示します。このような高いエタノール耐性を支える分子基盤については、不明な点が多く残されていました。

 岐阜大学応用生物科学部応用生命化学科の谷 元洋教授の研究グループは、食農生命科学科の中川 智行教授との共同研究で、複合スフィンゴ脂質の一種である「マンノシルイノシトールホスホリルセラミド (MIPC)」の生合成が、出芽酵母のエタノール耐性獲得に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

 本研究は、「エタノールは細胞にとって毒である」という普遍的な事実に対して、生物がどのように抵抗性を獲得しているのかという基本的な問いに新たな知見を提供するものです。さらに、本知見は産業で利用される出芽酵母のエタノールストレス耐性強化に向けた新たな育種戦略の基盤となることが期待されます。

 本研究成果は、現地時間2026年5月21日に国際学術誌「Molecular Microbiology」オンライン版に掲載されました。

 

 

研究背景

 エタノールは生細胞に対して細胞毒性を示し、さまざまな生物において増殖および生存率を低下させます。生命科学のモデル生物として広く研究されている出芽酵母(注1) (Saccharomyces cerevisiae)は、グルコースをエタノールへ変換する発酵代謝を行うことで、食品発酵およびバイオエネルギー生産において古くから広く利用されてきました。出芽酵母は他の多くの生物よりも高いエタノール耐性を示し、自ら生産したエタノールによる致死的影響を回避することができます。この特徴は、自然界において、出芽酵母がエタノール産生を通じて競合する他の微生物の増殖を抑制するうえでも重要であると考えられています。出芽酵母のエタノール耐性の分子機構を解明することは、生物全般におけるストレス応答の基礎理解と発酵科学の両面で重要です。

 複合スフィンゴ脂質(注2)は、真核生物の生体膜構成成分として不可欠な脂質であり、細胞内外の情報伝達、物質輸送、ストレス応答などに関与しています。複合スフィンゴ脂質には、膨大な構造多様性が存在しており、この多様性が多彩な機能を発揮するための基盤になると考えられています (図1)。哺乳動物では数千種類の複合スフィンゴ脂質が存在し、その構造多様性の生物学的意義の解明は非常に困難です。一方で、出芽酵母では哺乳動物と比較して主要な複合スフィンゴ脂質の種類が比較的限られていることから、個々の構造と機能の関係を解析しやすいモデル系として注目されています (図1, 2)。

 


 谷教授らのグループはこれまでに、出芽酵母の複合スフィンゴ脂質の構造多様性が、多面的な環境ストレスに対する耐性獲得に必要であることを示してきました。しかしながら、複合スフィンゴ脂質の構造多様性と出芽酵母のエタノール耐性との関係については不明でした。そこで本研究では、複合スフィンゴ脂質がエタノール耐性とどのように関係するのか、その解明に取り組みました。

 

 

研究成果

 本研究では、脂質代謝酵素遺伝子の欠損を組み合わせることで、複合スフィンゴ脂質の分子構造が段階的に変化した11種類の変異株からなる「複合スフィンゴ脂質構造多様性破綻ライブラリー」を用いて、それぞれの変異株のエタノール感受性を調べました (図2)。

 


 その結果、複合スフィンゴ脂質の一種であるMIPCを合成する酵素を欠損した出芽酵母 (MIPC生合成欠損株)は、エタノール存在下で著しい増殖障害を示し、多数の細胞が細胞死を起こすことが明らかになりました。通常、出芽酵母はエタノールに曝露されると細胞壁(注3)の構造を変化させ、外部ストレスに耐える適応反応を示します。しかし、MIPC生合成欠損株ではこの応答が不十分であり、エタノール存在下で細胞壁の恒常性維持に異常が生じることが示されました。加えて、MIPC生合成欠損株においては、細胞膜上の脂質マイクロドメイン(注4)の一つでありストレス応答にも寄与する「エイソソーム」と呼ばれる膜構造体が、エタノール存在下で分布や数が大きく変化することもわかりました (図3)。 このようなエイソソームの再構成は、MIPC生合成欠損株において、エタノールによって細胞膜に大きなストレスが生じていることを示唆しています。 

 


 これらの結果より、MIPC生合成欠損株では、細胞壁や細胞膜を含む細胞表層の恒常性が破綻することでエタノールに対する耐性が低下することがわかりました (図4)。興味深いことに、MIPC生合成欠損株は、エタノールだけでなく、メタノールやブタノールなど他のアルコールに対しても高感受性を示しました。このことから、MIPC生合成は、エタノールに限らず、複数のアルコールによる膜ストレスへの耐性にも関与する可能性が示唆されました。さらに、日本酒やワイン醸造を模倣した高糖・低温条件で発酵培養を行ったところ、MIPC生合成欠損株ではエタノール蓄積に伴って細胞死が増加し、発酵進行も遅延しました。これにより、MIPC生合成が実際の発酵環境においても重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。 

 

 

今後の展開

 本研究により、複合スフィンゴ脂質MIPCが、細胞壁や細胞膜を含む細胞表層の恒常性維持を介して、出芽酵母のエタノール耐性に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。近年、膜脂質は単なる「膜材料」ではなく、細胞膜の物性、膜タンパク質機能、さらにはストレス応答を積極的に制御する分子として注目されています。しかし、脂質構造の違いがどのような生理機能を担うのかについては、未解明な点が多く残されています。本研究で得られた知見は、膜脂質の構造多様性がもたらすストレス適応機構の理解に貢献するだけでなく、日本酒酵母やバイオ燃料生産酵母など、高エタノール環境下で利用される産業酵母の改良にもつながる可能性があります。将来的には、膜脂質組成を制御することでエタノールストレス耐性を強化した酵母の開発や、より高効率な発酵生産プロセスへの応用が期待されます。

 

 

用語解説

注1 出芽酵母

食品発酵に使われる単細胞の真核生物で、細胞の基本的な仕組みを研究するモデル生物として広く利用されている。

 

注2 複合スフィンゴ脂質

真核生物の生体膜を構成する脂質の一群で、細胞の構造維持、情報伝達、物質輸送、ストレス応答などに関与している。

 

注3 細胞壁

酵母や植物の細胞を外側から包む丈夫な構造で、細胞の形を保ち、外部からの様々なストレスに耐える役割を担う。

 

注4 脂質マイクロドメイン

細胞膜内に存在する特定の脂質やタンパク質が集まってできる「島状」の構造で、シグナル伝達や膜タンパク質の機能に関与する。

 

 

論文情報

雑誌名:Molecular Microbiology

論文タイトル:Mannosylinositol phosphorylceramide biosynthesis is required for cell surface adaptation to ethanol stress in Saccharomyces cerevisiae

著者: Saki Sugihara, Reo Susami, Ayano Koga, Shion Ito, Tomoyuki Nakagawa, and Motohiro Tani* (*責任著者)

DOI: 10.1111/mmi.70079

 

 

研究支援

本研究は、科学研究費助成事業(科研費)の基盤研究(B) 24K01682、21H02118、挑戦的研究(萌芽) 23K18009、大隅基礎科学創成財団、水谷糖質科学振興財団の支援を受けて実施されました。

 

 

 

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