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可視化されたロシア社会の亀裂 【沼野恭子✕リアルワールド】

 3月半ば、ロシアをめぐるニュースが二つ重なった。

 一つは、3月16日(日本時間)に米アカデミー(オスカー)賞が発表され、「名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で(Mr. Nobody Against Putin)」(2025年、パーヴェル・タランキン、デイヴィド・ボレンスタイン監督)が長編ドキュメンタリー賞を受賞したことだ(今年2月には英アカデミーBAFTA賞でも最優秀ドキュメンタリー賞を受賞している)。

 これは、南ウラルのカラバシュという小さな鉱山町の学校でイベント担当教師・撮影係をしていたタランキン(1990年生まれ)が撮影したドキュメンタリー映像だ。ウクライナへの侵攻後どんどん「軍事化」していくロシアの学校の様子を2年以上撮りつづけ、国外に持ち出して「未来への記録」として作品化した。地方都市にまで有無を言わさぬ愛国的軍事教育が導入される実態が描かれていて、恐ろしい。

 ロシアでは、長年にわたり愛国主義が称揚されてきた。現代ロシア政治の専門家である西山美久氏の『ロシアの愛国主義』(法政大学出版局)によると、ソ連が崩壊し、多民族をまとめてきた共産主義イデオロギーの正当性が失われて、国民を統合するための新たな理念が必要とされたが、それが「愛国主義」だったという。

 ウラジーミル・プーチンが政権に就いてから、愛国心育成計画が推し進められてきたが、とくにウクライナでの戦争開始後は、強烈なプロパガンダと軍事教育が実施されているのである。

 もう一つのニュースは、3月17日に、それまで体制派ブロガーとして知られ野党指導者のアレクセイ・ナワリヌイをさんざん非難してきたイリヤ・レメスロー(1983年生まれ)が、突如そのスタンスを180度転換して、SNSに「プーチン支持を止めた」と明言、政権を批判する記事を投稿したことだ。ウクライナでの戦争によって数百万人の犠牲者が出ており、ロシア経済は破綻したなどとして、プーチン大統領を名指しで「戦争犯罪人」と糾弾し、退陣を求めたのである(その後、精神科病院に送られたと報じられている)。

 この投稿をめぐってはさまざまな臆測が飛び交っており、単なる変節なのか、裏に何かあるのか、レメスローの意図はまだ明らかになっていない。社会的・経済的な行き詰まりに加え、昨今SNSの規制が強化されていることにブロガーらが不満を募らせていたのは事実だ。

 二つの出来事の間に直接的な関係があるわけではないが、長引く戦争で疲弊する独裁的なロシア社会の内部に深刻な亀裂が走っていることが、それぞれの形で可視化されたと言えるかもしれない。

 タランキンは、オスカーの授賞式でこう語った。「もう4年もの間、私たちは星空を見上げて何よりも大事な願いをかけてきました。でも、空から降ってくるのが星ではなくミサイルやドローンだという国もあります。未来のために、子どもたちのために、すべての戦争を止めてください。今すぐに」。レメスローも、タランキンと同じ立場に転じたということなのだろうか。

ぬまの・きょうこ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.14からの転載】

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