「特集」ゲームチェンジの行方 経営が再確認すべき「広報」という経営基盤

中釜由起子
テックタッチ株式会社 Head of PR/Marketing
新年度の事業計画を練る際、売り上げ拡大や人材確保といった喫緊の課題に比べ、軽視されがちなのが「広報(PR)」の位置付けだ。広報は広告の「おまけ」ではない。組織の思想を社会に浸透させ、信頼という無形の資産を積み上げる経営活動そのものである。
朝日新聞社のWebメディア編集長を経て、複数のIT企業で広報・マーケティング・営業を横断して経営を強化してきた筆者が、本稿では、経営の視点から広報の役割を整理する。
PRと広報、経営視点での違い
まず、本稿で用いる「PR」と「広報」の意味を整理しておきたい。
そもそもPRとは「パブリック・リレーションズ(Public Relations)」の略であり、「組織と社会との良好な関係構築」を指す。日本では「宣伝」や「自己アピール」と混同されがちだが、本質は単なる情報発信ではない。組織が何を大切にし、どのような価値を社会に提供しているのかを言葉にし、社内外の関係者と共有していく「経営の姿勢そのもの」を指す。
一方で「広報」は、その考え方や取り組みを、社会に伝わる形に整え、外部との接点をつくる実務を担う役割だ。
ここで重要なのは、PRという「戦略的な核」がないまま、広報という「発信」だけを急がないことだ。核のない発信は、どれだけ量を重ねても一過性の情報として流され、人々の心に残ることはない。これこそが、戦略なき発信が「空文化」する正体だ。
PRが「方針」であり、広報が「実務」である。この二つを混同すると、発信そのものが目的化し、組織理念や事業とのつながりが見えなくなる。

中釜由起子『世界一わかりやすいPR×マーケティングの教科書 記事露出を確実に売上に変える、連携KPIの基本』 タンザナイト社、2025
経営が見落としがちな「社会からの見え方」という視点
年度計画を考える時期になると、多くの経営者は「今年は何を強化するか」を考え始める。新規事業、設備投資、人材採用など、議論の中心はどうしても目に見える施策になりやすい。 一方で、後回しにされがちなのが「自社がどのように認識されているか」という視点である。取引先や金融機関、求職者、地域社会に対して、自分たちの考えや姿勢がどのように伝わっているのか。この点にまで目を向ける経営者は、決して多くない。
世の中の流れの中で、自社や自組織がどのような存在として理解され、取引先や地域、関係者からどのように向き合われているのか。その「見え方」と「関わり方」を整える役割を担うのがPRである。
認知と信頼が経営を左右する―広報が担う見えない価値
PRという言葉から、広告やプレスリリース、メディア露出を思い浮かべる人は多いだろう。「新聞に載った」「ニュースで紹介された」といった出来事が、PRの成果だと受け止められることも少なくない。
しかし、それはPRの一部にすぎない。PRの本質は、企業や団体が大切にする価値を、継続的に伝えていくことにある。広告が「伝えたい内容を、決めたタイミングで届ける手段」だとすれば、PRは「どのような存在として理解されるか」を形づくる営みだ。時間はかかるが、一度積み上がった信頼は、簡単には揺らがない。
実際、広報を経営機能として捉える考え方は、現場の経営者のあいだでも広がっている。日本広報学会が2024年に実施した調査では、経営者の95・2%が「広報は経営機能である」という考えに賛同している。一方で同調査では、広報が経営判断に十分に活(い)かされていないという課題も示された。重要性は理解されつつも、実務での位置付けや活用法は、まだ模索の途上にある。
人は、知らない企業や組織を選ばない。知っていたとしても、「何を目指しているのか分からない」「説明できない」と感じれば、判断は先送りされる。
地域に根ざした企業や団体ほど、この影響を受けやすい。事業内容が堅実であっても、外から見れば同業他社との違いが伝わらず、結果として価格や条件だけで比較されてしまう。
PRの役割は、この状況を変えることにある。「この会社は、こういう考えで事業をしている」「この組織は、地域でこうした役割を担っている」ーその理解が広がることで、比較の前提そのものが変わる。例えば、筆者が関わるテックタッチ株式会社は、同領域でグローバルに高い知名度を持つ外資系企業と競合している。しかし国内市場においては、プロダクト機能だけでなく「なぜこの事業を行っているのか」「日本企業の業務現場にどのような価値を提供するのか」を一貫して言語化し、発信し続けてきた。その結果、指名検索や比較検討の初期段階で想起される存在となり、市場シェアの差につながっている。
地域に根ざす企業・自治体にこそ求められる広報の役割
「全国展開していないから、PRは必要ない」と考える経営者もいるだろう。しかし、PRは必ずしも全国的な知名度を目指すものではない。重要なのは、「必要な人に、正しく知られているか」どうかである。
ある地方企業では、事業は安定していたが、「会社のことが知られていない」「説明に時間がかかる」という課題を感じていた。そこで同社は、新たな広告を打つのではなく、自社の歩みや価値観、事業が社会に果たす役割や商品開発の思いを言葉にし、地元メディアや自社での情報発信を通じて、少しずつ伝えることにした。
その結果、売り上げが急に伸びたわけではないが、「その考え方に共感している」「この会社だからお願いしたい」といった声が徐々に増え、金融機関との対話や採用の質にも変化が表れた。
企業だけでなく、自治体も同様である。自治体の取り組みは、住民にとっては日常業務として受け止められがちだが、外から見れば「何をしているのか分かりにくい」という声は少なくない。結果として、施策の意義が十分に伝わらず、誤解や批判が先行することもある。
制度説明やイベント告知にとどまらず、「なぜこの施策が必要なのか」「どんな自治体運営を目指しているのか」を継続的に伝えることで、住民や議会、関係機関との信頼関係が築かれる。PRとは、自治体運営における合意形成と説明責任を支える、重要な経営機能でもある。
認知と信頼は、平時にこそ積み上げる経営資産である
PRの効果は、平時には見えにくい。しかし、環境が変化したとき、その差は明確に表れる。市場の縮小、競争の激化、制度変更、不測の事態。こうした局面で問われるのは、「この組織は信頼できるか」「話を聞く価値があるか」という点だ。
日頃から考えや姿勢を発信し、理解を積み上げてきた組織は、関係者との対話が早い。一方で、情報がほとんどない組織は、説明から始めなければならない。
認知と信頼は、すぐに数字に換算できるものではないが、いざという時に組織を支える「経営資産」になる。
PRを「数字」で捉えるための一つの視点
PRは定性的な活動だと思われがちだが、経営の視点で捉える指標はある。筆者が関わった組織では、「自社名やサービス名で検索されているか」「自発的に情報を探しに来ているか」を重視してきた。
実際、ある期間、意図的にメディア露出の頻度を減らした期間に、Webサイトへの自然検索による訪問が約30%減少した例がある。これは、社会的な話題が減ることで、人々が能動的にその組織を探さなくなった結果といえる。
PRによって信頼の「種」がまかれ、その結果として生まれた自発的な関心を、マーケティングや営業が具体的な接点へとつなげていく。この流れを可視化することで、PRは経営に説明可能な活動となる。
PRとマーケティングの役割を整理する
ここで、マーケティングとの関係についても整理しておきたい。マーケティングでは「広告を出す」「SNSを運用する」「チラシを配る」といった施策が検討されがちだ。しかし、これらはあくまで情報を届けるための手段にすぎない。
マーケティングが問い合わせや購入といった「行動を促す」役割を担うのに対し、PRはその前提となる「知っている(認知)」「信頼している(共感)」という土台をつくる役割を担う。
例えるなら、PRはマーケティングの土台である。土台が不安定な施策を積み重ねても、成果は伸びにくい。
重要なのは、個別の施策に飛びつく前に、「なぜこの事業を行うのか」「社会に対してどのような価値を約束するのか」という情報の核をPRの視点で言語化し、すべての活動の背骨に据えることである。場当たり的な施策を重ねるのではなく、一つ一つの取り組みが同じ方向を向いているか。点と点を結ぶ「線の戦略」になっているか。その基盤を見直すことこそが、PR活動を経営資産とし、マーケティングの成果を面として最大化する最短ルートの原点である。
リーダーの理解がPRを経営機能に変える
PRを機能させる上で、最も重要なのはリーダーの理解である。PRを「余裕があるからやるもの」と捉えるか、「経営に必要な活動」と捉えるかで、組織の動きは大きく変わる。
信頼は、広告のようにお金で買えるものではない。日々の判断や姿勢が、時間をかけて積み上がっていく。経営が整えるべきなのは、新しい施策だけではない。自社や自組織がどのように見られ、どのように語られるべきなのか。その基盤を見直すことが、事業や組織の持続的な強さにつながる。
その第一歩として、まずは自社の価値を、広報担当者に任せるのではなく、経営者自身の言葉で書き出してみることを勧めたい。「なぜこの事業を続けているのか」「社会に対して、どんな役割を果たしたいのか」。完璧な文章である必要はない。自分の言葉で考え、整理すること自体が、PRを経営機能に昇化させる。
PRは派手な成果を約束するものではない。しかし、企業や自治体の未来を静かに支える、確かな経営基盤なのである。
テックタッチ株式会社 Head of PR/Marketing 中釜由起子(なかがま・ゆきこ) 1981年鹿児島県生まれ。中央大学法学部卒業後、2005年朝日新聞社入社。記者・編集を経て、新規事業立ち上げに携わり、朝日新聞社初のオウンドメディア「telling,」創刊編集長を務める。その後、IT企業でマーケティングおよび広報責任者を歴任し、ブランディング、マーケティング、営業まで顧客接点全体を統括。現在はテックタッチにて、PR・マーケティング戦略の設計から組織づくりまでを担う。
(Kyodo Weekly 2026年2月16日号より転載)
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