「お菜」を漬けて冬に備える 赤堀楠雄 林材ライター 連載「グリーン&ブルー」
「もうお菜(な)、漬けたかい?」
12月に入り、霜が降りるくらいに冷え込んでくると、隣人たちとこんなあいさつを交わすようになる。
「お菜」とは信州特産の野沢菜である。お菜を漬ける、すなわち野沢菜漬けの仕込みは、いくつかある冬支度の一つであり、それが終われば一息つける。そこで時候のあいさつとして尋ね合うわけだ。
野沢菜を自分で漬けるようになったのは、もちろん当地に引っ越してきてからである。秋口に種を蒔(ま)き、適度に間引いて育てた菜は背丈が60〜90センチほどにもなる。何度か霜に当たって柔らかくなり、甘みも増したところで収穫して漬け込む。
当家の漬け方は、引っ越してきた当初から農事のすべてで面倒を見てくれた隣家の長老直伝で、塩、醤油(しょうゆ)、酢、日本酒に市販の野沢菜漬けの素も加えて漬ける。菜を洗うのには近くで汲(く)んできた温泉が使え、手が切れるような思いをしなくて済む。
調味料の分量は、30キロの菜を漬ける場合に「これくらい」だと長老から教わった。なので、当家では毎年30キロ漬ける。家族だけではとても食べきれる量ではないが、親戚や友人にも配って喜んでもらっている。

漬物専用の容器に30キロを漬け込む。暖房のない土間の隅に置いておき、春先まで食べ続ける
長老のレシピによる味わいは、菜の甘みを塩と醤油と酢が混然と包み、ほんのり苦みも加わったえも言われぬもので、ご飯のお供はもちろん、お茶請けや酒の肴(さかな)にもいい。4~5センチに切りそろえて皿に盛っておくと、つい手が伸びる。信州の人たちが漬物をよく食べるというのはこういうことかと、自分で漬けてみてよく分かった。
当家の菜は他家より小ぶりになることが多かったのだが、今年は土づくりが良かったのか、寒くなる前からぐいぐいと葉を伸ばして見事な大きさに育っていた。
ところが、ある朝、家の裏にある畑に目をやると、どうも背丈が前日より低くなったように見える。なんと葉先がシカに食われてしまっていた。張り巡らせた柵を飛び越えてきたらしい。無事なものもあるにはあるが、多くが葉先から10センチくらいをかじり取られていた。
野沢菜は葉からも旨味(うまみ)が出る。少なくなった葉を補うために「ウチはもう漬け終わったよ」という隣人から残っていた何株かを分けてもらい、例年通り30キロを漬けたのが12月初めのこと。10日ほどが経(た)ち、そろそろいいかと味見してみると、いつもの年にも勝るような上々の出来でホッと胸を撫(な)でおろした。
それにしてもシカの被害をどう防ぐか。まったく頭が痛い。
赤堀楠雄(あかほり・くすお) 林材ライター。1963年生まれ、長野県在住。林材新聞社(東京)勤務を経て99年に独立。森林・林業・木材・木造住宅などに関する取材、執筆を行う。著書に「林ヲ営ム〜木の価値を高める技術と経営〜」(農文協)など。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.1からの転載】














