KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

海外からの直接投資が起業に与える正負の影響

「学習の機会」となるか「競争の脅威」となるかは市場経済化の度合いが影響する

2025年12月23日
早稲田大学

海外からの直接投資が起業に与える正負の影響

―「学習の機会」となるか「競争の脅威」となるかは市場経済化の度合いが影響する―

 

詳細は早稲田大学HPをご覧ください。

 

発表のポイント

●海外からの直接投資(IFDI、※1)が起業に与える影響を、国レベルではなく産業・地域レベルで分析しました。

●特定の産業・地域における海外からの直接投資は、新設企業数に対して逆U字型の効果をもたらします。当面は学習機会が増えて起業が増加しますが、一定数を超えると競争の脅威により減少していきます。

●当該地域の関連産業における海外からの直接投資、および隣接地域の当該産業における海外からの直接投資は、いずれも新設企業数に正の影響を与えます。

●将来の起業家は、当該地域の関連産業における海外からの直接投資からは適応型学習を行い、隣接地域の当該産業におけるIFDIからは模倣型学習を行います。

●地域の制度環境(※2)、とりわけ地方レベルにおける非国有経済の発展は、当該産業・地域の海外からの直接投資、および関連産業や隣接地域からの海外からの直接投資の効果を強めます。

 

浙江大学のLingli Luo 助教、早稲田大学商学学術院の山野井 順一(やまのい じゅんいち)教授、香港中文大学のXufei Ma 教授、浙江大学のLinan Lei 助教の研究グループは、海外からの直接投資が起業を一様に促進するのではなく、産業や地域、投資の蓄積水準によって、その効果が強まったり弱まったりすることを理論と実証の両面から示しました。

図:海外直接投資(IFDI)と新規事業創出の複雑な関係

 

海外からの直接投資が起業に与える影響に関する先行研究は、主として国レベルに焦点を当ててきましたが、その結果は必ずしも一貫していません。これに対して本研究では、産業・地域レベルに着目し、海外からの直接投資の蓄積が起業に及ぼす影響について理論を構築し、相互補完的な三つの説明を提示しました。 学習理論および競争理論に基づき、特定の産業および地域における海外からの直接投資は、起業に対して逆U字型の効果をもつと考えられます。すなわち、海外からの直接投資は、将来の起業家が予期する学習機会を通じて一定の水準までは起業を促進する一方で、競争脅威が高まると、その促進効果が弱まることを意味します。

また、同一地域内の関連産業における海外からの直接投資や、隣接地域における当該産業への海外からの直接投資が、新設企業数に正の影響を及ぼすことも示しました。

さらに、これらの効果は、非国有経済がより発達した地域において、より強くあらわれることが確認されています。

中国国家企業信用情報公示システムから収集した2013年から2023年までの全登録企業データを分析した結果、これらの仮説は支持されました。

本研究の知見は、外国直接投資および起業研究に加え、学習および競争に関する理論研究にも重要な理論的示唆を提供します。

本研究成果は、2025年12月12日(現地時間)にElsevier発行の『Journal of Business Venturing』誌にオンライン掲載されました(論文名:Beyond direct impact: Exploring inward FDI’s multifaceted effects on new venture creation)。

 

これまでの研究で分かっていたこと

海外からの直接投資は、現地の起業を促進するのか、それとも抑制するのかについて議論が分かれており、実証結果も両者をそれぞれ支持するものがあります。外国企業は、新規企業にとって手ごわい競争相手となり得るため、起業の芽を摘むという「競争の脅威」としての側面があります。一方で、外国企業は、現地国に優れた技術や人材を提供することで、「学習の機会」としての側面も有しています。

しかし、これらのどの効果がどのように働くのかについては、既存研究が主として国レベルの分析にとどまっていたため、十分に解明されてきませんでした。さらに、海外からの直接投資が起業に与える影響が、産業間や地域間の壁を越えて波及するかについての分析も十分ではありません。加えて、国レベルの分析の場合、制度環境の差異を捉えることが難しく、制度環境によって海外からの直接投資と起業の関係性がどのように異なるのかについても、十分な分析が行われてきませんでした。

 

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

多くの先行研究は、国レベルで海外からの直接投資と起業との関係を分析してきました。しかし、海外からの直接投資は特定の産業や地域を対象として行われるため、同一国内の各地域・産業間では海外直接投資にはおおきなばらつきが存在します。そのため、それらを合算した形での国レベルでの分析では、各地域・産業間での海外直接投資の差異が反映されず、海外直接投資による起業への影響が見えなくなってしまいます。

本研究では、2013年から2023年の中国を対象として、中国国内における海外からの直接投資と起業の関係を、省および産業レベルまで分解して分析しました。これにより、省・産業レベルにおける海外からの直接投資と起業との関係性に加え、隣接する省や関連産業への海外からの直接投資が、省や産業を超えて波及する効果についても分析を行うことができました。さらに、中国の省ごとに制度の違いを考慮することで、海外からの直接投資と起業の関係性に対して、制度環境、特に市場経済化が与える影響についても分析を行いました。

得られた結果として、ある省・産業への海外からの直接投資は、当該の省・産業における起業を当初は促進するが、ある一定の水準を超えると起業を抑制するという、逆U字型の関係性が確認されました。海外からの直接投資は起業に対して「学習の機会」と「競争の脅威」の両者をもたらし、競争の脅威が低い段階では学習の効果が優位である一方、外国企業が増えてくるに従い学習の効果が弱まり、競争の脅威が上回るようになります。

また、隣接する省および関連産業への海外からの直接投資は、起業を促進することが発見されました。これは、海外からの直接投資の波及効果が、地理的・産業的な壁を越えて機能することを示しています。

最後に、市場経済化が進んでいる省、すなわち非国有経済の発展度が高い省ほど、海外からの直接投資と起業の関係性が強まることが示されました。これは、市場経済化が進んでいる地域ほど、外国企業から現地の起業家への知識の移転や両者の取引を促進する仕組みが整っているためであると考えられます。

 

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、地域における起業および地域経済発展を促進しようとする政策担当者や産業関係者に対して、重要な実務的示唆を提供します。

第一に、海外からの直接投資を活用して新規事業創出を刺激する産業政策の設計に関して、具体的かつ実行可能な指針を提示します。本研究の結果によれば、海外からの直接投資(IFDI)は二面的な影響を有しており、中程度の水準では学習機会を促進する一方、過度な海外からの直接投資は、競争の激化を通じて起業参入を抑制する可能性があります。したがって、地方政府は、生産性向上に資する均衡を維持するよう、海外からの直接投資を慎重に調整する必要があるでしょう。

第二に、海外からの直接投資に関する産業政策は、関連産業や隣接地域へのスピルオーバー効果(※3)を明示的に考慮すべきであると考えられます。本研究の知見は、非国有経済の発展度合いに応じて、特定の産業・地域における海外からの直接投資が、同一地域内の関連産業や隣接地域における同一産業に対して、正の外部性を生み出すことを示しています。こうした境界を越えた効果を無視すると、起業に対する海外からの直接投資のより広範な貢献を過小評価するおそれがあります。

したがって、外国投資を促進する政府は、産業間および地域間における起業家の移動性を高める施策を講じることが重要です。特に、関連産業や隣接地域は、外資系企業や既存企業からの直接的な競争圧力が相対的に弱く、起業にとって有望な土壌となります。政策担当者は、これらの連関領域における起業を促進するため、的を絞った金融支援、インキュベーション・プログラム、規制面での支援を提供することで、競争圧力を緩和し、起業を通じた海外からの直接投資の発展効果を一層拡大すべきでしょう。

 

課題、今後の展望

本研究のサンプルは、中国における海外からの直接投資と起業を対象としているため、本研究の発見は、中国の制度や文化的背景に依存している可能性があります。しやがって、本研究の発見の一般化可能性を高めるためには、異なる国を対象として同様の研究を行うことが求められます。

 

研究者のコメント

 起業はイノベーションの源泉であり経済成長の動因ですが、海外からの直接投資による外国企業が起業を促進するのか、それとも抑制するのかについては議論が分かれており、必ずしも十分な知見は得られていませんでした。新興国では、外国企業を感情的に忌避することで、競争により起業の芽を摘む、というような見方もないわけではないですが、その見解は必ずしも妥当ではなく、適切な水準であれば起業を促進することを示すことができたことで、海外直接投資についての産業政策にひとつの示唆を提供できたのではないかと思います。

 

用語解説

※1 海外からの直接投資

外国の企業や個人が、投資先国の企業や事業に対して経営に実質的な影響力を持つことを目的に行う投資。株式の一定割合の取得、現地法人や支店の設立、工場や研究開発拠点の建設、合弁企業の設立などを通じて、長期的に事業活動へ関与する点に特徴がある。海外直接投資は、資本の移動にとどまらず、技術やノウハウ、経営手法の移転を伴うことが多く、受入国における雇用創出や生産性向上、競争環境の変化などに影響を与える重要な経済活動である。

 

※2 制度環境

企業や個人の選択や意思決定のあり方を方向づける公式・非公式のルールや枠組みの総体。具体的には、法律・規制・政策・契約制度・所有権保護といった公式制度に加え、慣行、社会規範、価値観、信頼関係、文化的慣習などの非公式制度が含まれる。

 

※3 スピルオーバー効果

ある主体・活動・出来事が直接の当事者だけでなく、周囲の人・企業・産業・地域などにも影響を及ぼすこと。

 

論文情報

雑誌名:Journal of Business Venturing

論文名:Beyond Direct Impacts: Exploring Inward FDI’s Multifaceted Effects on New Venture Creation 執筆者名(所属機関名):Lingli Luo (Zhejiang University), Junichi Yamanoi (Waseda University), Xufei Ma (Chinese University of Hong Kong), and Linan Lei (Zhejiang University)

掲載日時(現地時間): 2025年12月12日

掲載URL: https://doi.org/10.1016/j.jbusvent.2025.106562

DOI:10.1016/j.jbusvent.2025.106562

 

研究助成

本研究は、中国および香港の公的研究助成ならびに大学内研究資金の支援を受けて実施されました。

Research Funding

This research was supported by the National Natural Science Foundation of China (#72302213; #72372147), Zhejiang Provincial Natural Science Foundation of China (#LQ24G020004), a General Research Fund from the University Grants Council (#2170396), and a start-up fund from the Chinese University of Hong Kong (#5501126).

  • yamanoi_pr

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい