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建設機械の使いやすさを効率的に改善

人間中心設計のためのヒューマンデジタルツインシステムを開発

ポイント

・ 建設機械の開発者が試作品を体験しながら客観評価・改善できるヒューマンデジタルツインシステムを開発

・ 実際に建設機械の運転席に設置されるアームレストの改善シナリオに適用して、有効性を検証

・ 体験型評価と客観的指標を両立し、改善点の抽出のための議論促進に期待

 

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)人間社会拡張研究部門 コマツ-産総研Human Augmentation連携研究室は、製品開発担当者が試作品を体験しながら客観評価・改善できる、人間中心設計のためのヒューマンデジタルツインシステムを開発しました。

 

近年、人が使いやすく快適かつ安全に利用できるように設計や開発を進める人間中心設計がさまざまな開発現場で活用されています。人間中心設計に基づいて開発された建設機械を導入することで、作業者のストレスの軽減や建設現場の作業効率向上が期待できます。しかし、十分な品質を実現するためには、試作品を評価して改善する工程を反復的に行う必要があり、作業負荷や開発コストが大きくなります。

 

今回、人の状態をデジタル空間へリアルタイムに再現し、デジタル空間上での解析やシミュレーション結果を物理空間へ即時にフィードバック可能なヒューマンデジタルツインを用いて、開発担当者らが試作品を体験しながら客観的に評価して改善につなげる、人間中心設計のためのシステムを開発しました。さらに、そのシステムを検証するために、建設機械の運転席に設置されるアームレストの開発現場に適用し、アームレストの操作性を体験と客観的指標に基づいて議論して改善しました。今回開発したシステムにより、建設機械の設計プロセスの短縮、体験型評価と客観的指標の両立、さらに改善点の抽出のための議論の活発化が期待されます。

 

なお、この研究成果の詳細は、2025年12月10日~12日に「SI2025 (第26回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会)」で発表されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

人が使いやすく快適かつ安全に利用できるように、設計や開発を人中心で進める「人間中心設計(Human-Centered Design)」は自動車などの操作系、医療機器からソフトウェアアプリの開発現場など、さまざまな場面で活用されています。人間中心設計を活用することで、多様なユーザにとって使いやすく、現場のストレス軽減や作業効率向上といった価値をもたらす製品開発が期待されます。建設機械の人間中心設計においては、CADソフトウェア上で人のマネキンを用いた検証、VRを用いた体験型評価、試作品を用いた体験型評価などが活用されています。しかし、マネキンの操作姿勢作成に手間がかかる、体験型評価では官能評価に留まり定量的な評価が難しい、改善点が抽象的で設計部門と評価部門のすり合わせが難しい、といった問題がありました。その結果、製品開発担当者やユーザが満足する品質を実現するまでに、設計・試作・評価・改善のサイクルを多数繰り返す必要があり、開発コストが増大します。

 

一方、製造や医療の分野では、物理空間の状態をリアルタイムにデジタル空間で再現し、そのデータに基づいて解析やシミュレーションを行い、結果を物理空間へ即時的にフィードバックするデジタルツイン(Digital Twin)の開発が進められています。さらに近年は、物理空間内のモノや空間だけでなく人も含んだデジタルツイン(ヒューマンデジタルツイン:Human Digital Twin)が提案されています。しかし、ヒューマンデジタルツインは、人の状態をリアルタイムにデジタル化する難しさなどから実現例が少なく、特に人間中心設計における議論・改善プロセスに応用された事例はほとんどありませんでした。

 

研究の経緯

産総研とコマツは、2020年4月に「コマツ-産総研Human Augmentation連携研究室」(以下「本研究室」という)を設立しました(2020年3月26日産総研ニュース)。本研究室では、人と建設機械の協調を高める人間拡張技術の研究開発を進めており、オペレータの安全性や生産性、ワークエンゲージメントの向上を通して、企業の健康経営を支援することを目指しています(2025年6月13日産総研プレス発表)。

 

今回、本研究室で過去に開発したヒューマンデジタルツイン(2023年1月31日産総研プレス発表)を応用し、実際の設計現場で活用可能な、人間中心設計のためのヒューマンデジタルツインシステムの開発に取り組みました。

 

研究の内容

本研究で開発したヒューマンデジタルツインシステムでは、運動計測装置と建設機械の操作映像を表示するためのディスプレイを建設機械の運転席の実寸模型に統合し、この上で開発担当者が試作品の操作体験を行います(図1)。運転席内の状態(シート調整量やレバー角度など)と操作者の全身運動をリアルタイムに計測・解析することができます。具体的な解析方法や評価指標は設計シナリオによって変わりますが、例えば関節可動域に対する関節角度・リーチング(可達性)・関節トルク・身体部位の移動軌跡・視界性といった解析を行います。この解析結果や計測中の動作を、大型ディスプレイやXRデバイスなどを通じてリアルタイムに可視化・共有します。これにより、操作者、現場にいる参加者、国内外の拠点の遠隔参加者全員が、操作者の運動の可視化結果や解析結果に基づいて議論を行うことができます。これは、設計者や評価者といったさまざまな立場の人が入り混じって議論を行う際に特に効果的であり、客観的な指標を軸とした改善点の議論や異なる立場の人々の認識合わせを実現することができます。

 

 

本システムの実装にあたっては、動作計測にはOptiTrack社のモーションキャプチャシステムMOTIVEまたはCaptury、動作解析には産総研が開発しているデジタルヒューマンソフトウェアであるDhaibaWorks [1]、改善検討のための可視化にはDhaibaWorksとNVIDIA社のOmniverseを組み合わせて使用します。DhaibaWorksを用いることで、計測した運動を運動学・動力学の観点から定量評価可能です。さらにOmniverseと連携させることで高品質なレンダリング、XRデバイスとの連携、そして設計用のCADソフトウェアと連携が可能になります。

 

実際に提案する人間中心設計手法をアームレストの形状改善シナリオに適用し、その有効性を検証しました(図2)。初めに、アームレストを使わない場合、現行のアームレストを使う場合でそれぞれ操作体験を行い、その改善について複数の開発担当者で議論を行いました。操作者の関節の動きを可視化しながら議論を行った結果、レバー操作中の肘の上下方向の動きが、現行アームレストでは阻害されているのではないかという仮説に至りました。そこで、この肘の軌跡データをCADソフトウェアに取り込み、これを阻害しないような新アームレスト形状を設計しました。新アームレスト形状についても操作体験を行い、提案システムを用いて議論を行いました。その結果、新アームレストでは肘の動きが阻害されずに操作を行えていることを客観的に評価でき、その有効性について認識を共有することができました。

 

 

さらに、議論の参加者からは、「リアルタイムにデジタル化することで、条件の違いによる動きの差が視覚的・定量的に把握できる」、「自分の動きを客観的に把握できる」、「開発関係者間で認識のずれなく、互いの意図や感じていることについてコミュニケーションが取れる」、「図面で描く人の姿勢に比べて違和感がない」といったコメントを得ることができました。

 

これらの結果は、提案システムを用いることで、体験と客観的指標に基づく課題抽出や改善案検討のための議論の促進が期待でき、建設機械開発における人間中心設計をより効果的なものへと変え得ることを示しています(動画1)。

 

動画1 建設機械の人間中心設計のためのヒューマンデジタルツイン技術

 

今後の予定

本研究では、これまで生産現場で活用されてきたデジタルツイン技術を建設機械の人間中心設計へと応用しました。今後はこの研究を、設計現場だけではなく実際の建設現場全体のデジタルツインを構築する研究へと発展させる予定です(図3)。建設機械、作業者、フィールドを含む建設現場のデジタルツインができれば、これを基盤としたメタバース空間を活用して、工事責任者、現場監督、遠隔オペレータ、および遠隔コーチを支援する技術の実現が期待されます(図4)。

 

 

 

参考文献

[1] DhaibaWorks公式サイト https://www.dhaibaworks.com/

 

用語解説

デジタルツイン

物理空間とデジタル空間を双方向かつリアルタイムに接続する技術。本技術により、物理空間の状態をデジタル空間にリアルタイムに再現し、デジタル空間内での解析・シミュレーション結果に基づき物理空間へリアルタイムに介入することで、物理空間の状態を改善する。

 

XRデバイス

デジタル空間に没入するために人間が装着する機器。例えば、映像表示のためのヘッドマウントディスプレイ、デジタル空間内のオブジェクトを直接操作するためのコントローラなどを指す。

 

デジタルヒューマン

デジタル空間に再現された人のモデル。本文では、人の身体の形状モデルだけでなく、人の身体運動を再現し、その運動を解析するアルゴリズムも含む。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20251210_2/pr20251210_2.html

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