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心不全患者さんの日常に寄り添うアプリ開発へ

-ウェアラブルデバイスを用いた運動支援アプリの有効性と安全性を確認-

R7.7.2
岐阜大学

プレスリリース

  

2025年7月2日

 

報道関係者各位

 

慶應義塾大学病院

慶應義塾大学医学部

産業医科大学医学部

岐阜大学

株式会社グレースイメージング

 

 

心不全患者さんの日常に寄り添うアプリ開発へ ウェアラブルデバイスを用いた運動支援アプリの有効性と安全性を確認

 

慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師と佐藤和毅教授、同
内科学教室(循環器)の山岡広季助教、香坂俊准教授と家田真樹教授、産業医科大学医学部第2内科学の片岡雅晴教授、岐阜大学医学部附属病院検査部・循環器内科の渡邉崇量臨床講師、並びに株式会社グレースイメージング(代表取締役CEO中島大輔)の共同研究グループは、外来の心不全患者さんに対する未来型運動支援・教育啓発プログラム(SaMD)の探索的医師主導治験(多施設共同ランダム化比較試験)を実施し、その有効性と安全性を確認しました。本治験は、慶應義塾大学病院臨床研究推進センターの支援のもと、慶應義塾大学病院を含む3施設で実施されました。

 心不全は、心臓の機能が低下して、体に十分な血液を送り出せなくなった状態と捉えられており、高齢化に伴いその患者数は年々増加しています(心疾患に伴う死亡事由の第一位;年間入院患者数20万件以上[令和5年人口動態統計])。心不全への対応としては、適切な薬物治療に加えて、運動や食事など生活習慣の改善を目指した心臓リハビリテーション(注1)を行うことが重要とされています。しかし、患者さん側の抵抗感や診療上の制約もあり、現状外来での運動療法は、心不全患者さんの10%以下にしか行われておりません。

そこで、本研究グループは、心不全患者さんの運動を支援し、心不全に関する教育を提供するアプリケーションである「運動支援アプリ」を開発しました。患者さんがFitbitスマートウォッチを常時装着して、そこから歩数や脈拍数などの運動の状況の情報を「運動支援アプリ」が継続的に取得し、体重や生活の質のアンケート情報と合わせて、個々の患者さんに最適な運動を取り入れた体調管理を支援するアプリケーションとなります。

今回の治験によって、「運動支援アプリ」の医療機器の承認に向けた開発を加速させます。新しい医療機器を開発することで、より多くの心不全患者さんがこれまでのエビデンスに即した適切な運動療法を実施できるようにすることにより、患者さんが心不全の進行や再入院なく豊かな生活を送れる社会の実現を目指します。

 

1.背景と概要 

心臓の機能が低下して、体に十分な血液を送り出せなくなった状態を「心不全」と呼びます。心不全になると、息切れやむくみなどの症状があらわれ、重症化した際には生命に関わることもあります。心不全の進行や再入院を防ぐためには、薬などの適切な治療に加えて、運動や食事など生活習慣の改善が重要で、このような包括的な心不全への取り組みのことを、心臓リハビリテーションと定義しています。心臓リハビリテーションでは、運動を行うことが勧められていますが、運動は多すぎても体に負担となりますし、逆に少なすぎても効果は期待できません。そのため、心肺運動負荷検査(注2)を行い、どの程度の強さの運動療法が有効なのかを調べ、患者さんにとって適切な運動量と運動の強さを設定し、病院に通院して運動を継続的に行うことが推奨されています。また、レジスタンストレーニング(注3)といわれる筋トレのような運動を行うことも大事です。

実際の保険診療では、退院後は通院して、病院にて専門家の下で、週に1-3回、約1時間の運動を中心とした心臓リハビリテーションを行うようになっていますが、そのような治療を受けられている心不全患者さんは、10%にも満たないと報告されています。そのため、ほとんどの心不全患者さんは、外来での心肺運動負荷検査の結果から、自宅で行うべき運動の量と強さを医師より説明され、自主的に日常生活の中で運動を取り入れています。しかし、このような方法では、患者さんも説明されたような運動ができているのか判断がしづらく、医療従事者も患者さんがどの程度運動できているかの評価が困難でした。したがって、患者さんの日常生活の中での運動量を継続的に評価・可視化し、患者さんと医療従事者双方が、心不全の進行や再入院を防止するための適切な運動が継続的に行われているかを簡便に確認できる支援ツールが求められています。

 

2.治験について

1) 今回の医師主導治験に至る経緯

心不全の心臓リハビリテーションの実施率が低いことから、本研究グループは、心不全患者さんの運動を支援し、心不全に関する教育を提供するアプリケーションである「運動支援アプリ」を開発しました(図1)。今回の治験機器である「運動支援アプリ」は、国内・海外いずれも医療機器として承認はされておらず、この治験が初の臨床試験です。「運動支援アプリ」には、2つの役割があります。

1つ目の役割は、心不全や運動に関する情報の提供です。運動支援アプリ内から、心不全や運動に関する動画やテキストを閲覧し、知識を深めることができます。患者さんが自身の病気をきちんと理解することで、心不全の治療に関する積極性を促し、「運動支援アプリ」の活用を促す効果があります。

2つ目の役割は、在宅での運動を支援することです。患者さんが装着しているFitbitスマートウォッチから歩数や脈拍数などの運動の状況の情報を「運動支援アプリ」が取得します。その情報を患者さんが運動支援アプリに入力する体重や生活の質などの情報と合わせて、「運動支援アプリ」とクラウドサーバーが通信し、クラウドサーバー上のプログラムが機能することで、心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(注4)に沿った運動量や運動の強さを提案します。レジスタンストレーニングも必要ですので、音声付きの動画に合わせて同じ運動を行うようになっています。また、患者さんからの声を反映させるため、心不全に特化した患者報告アウトカム(PRO: patient reported outcome)であるカンザスシティ心筋症質問票(注5)(KCCQ: The Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire)をアプリ内に導入して、月1回の報告結果を基に、運動支援の一助としています。「運動支援アプリ」は慶應義塾大学医学部と共同で本アプリを開発している株式会社グレースイメージングより提供されました。

 

【図1】 運動支援アプリ

 

2) 対象患者と方法

 18歳以上の心不全患者さんを対象としています。「運動支援アプリ」を使用するグループ(A群)と使用しないグループ(B群)の2つのグループに心不全患者さんを分け、24週間の経過観察を行い、比較を行いました(Error: Reference source not found2)。

くじを引くような方法でいずれかに割り当てられ、その確率は2分の1です。患者さんには、運動検査の結果から得られた実践すべき運動の量と強さを医師より説明し、その説明内容に沿った運動を日常生活の中で実践してもらいました。その際、通常の診療と同様に、運動に関するパンフレットをお渡しし、運動を実践してもらいました。加えて、A群に割り振られた患者さんには、治験機器である「運動支援アプリ」を使用しました。3か月後の運動能力の改善度合いを主要評価項目としていました。

 

【図2】治験の方法

 

 

3) 主要な結果

総勢104名が一次登録され、観察期間中の有害事象などで脱落し、100名(介入群49名、非介入群51名)が二次登録されました。GCP(注6)違反例は認めませんでした。全ての患者さんがNYHA(注7)IまたはIIであり、80%以上は洞調律という心臓が正常なリズムで動いている状態でした。基礎心疾患としては、約20%が虚血性心筋症、約20%に心不全の入院歴を認めていました。最高酸素摂取量(注8)は、17.6 ± 4.1 ml/min/kg で、左室駆出率は49.0 ± 12.1%でした。KCCQ Overall Summary Scoreは86点で比較的、QOLが高い患者さんが治験に参加されました。

治験期間中の不具合としては、介入群の 38 名( 77.6% ) で、プログラムエラーのため、治験参加中に短時間(約 24 時間)、アプリからの通知が届きませんでした。重篤な有害事象としては、心不全増悪、心筋梗塞、不安定狭心症などの心血管イベントが、両群で発症しましたが、その頻度は同程度でした(各群 3名ずつ) 。主要評価項目である 12 週後の最高酸素摂取量は、 運動支援プログラムの介入で 改善しませんでした( mean difference=0.232, 95%CI=-0.557-1.021, p=0.561 )。また、副次評価項目である生活の質アンケートの KCCQ Overall Summary Score 、心血管イベントの発症については、有意差を認めませんでした。一方で、 24 週後には、両手の握力(図 3 、右: mean difference=3.42, 95%CI=2.07-4.77, p < 0.001, 左 :mean difference=2.99, 95%CI=1.65-4.33, p < 0.001 )、両側の膝伸展筋力 (注 9 ) (図 3 、右: mean difference=63.54, 95%CI=32.44-94.65, p < 0.001,  左 :mean difference=51.67, 95%CI=22.80-80.53, p < 0.001 )の有意な改善を認めました。さらに、アプリを継続的に使用している被験者に限定した Per Protocol Set 解析では、副次評価項目の 24 週後の最高酸素摂取量が有意に改善しました(図 3 、 mean difference=0.931, 95%CI=0.023-1.839, p=0.045 )。

【図3】 運動支援アプリの有効性

* P値が0.05以下で、統計学的に有意に改善している

 

3.今後の展開

 今回の治験の結果をもとに、「運動支援アプリ」の医療機器の承認に向けた開発を加速させます。現在、心不全患者さんの90%以上に、ガイドラインに即した適切な運動療法を届けられていない状況です。新しい医療機器を開発することで、より多くの心不全患者さんがこれまでのエビデンスに即した適切な運動療法を実施できます。科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)ヘルスコモンズ機構と連携しながら、患者が心不全の進行や再入院なく豊かな生活を送れる社会の実現を目指します。

 

4.特記事項

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「心血管疾患に対する、運動支援プログラムに関する研究開発」、科学技術振興機構 共創の場形成支援プログラムの研究費(JPMJPF2101)、の支援によって行われました。

 

【用語解説】

(注1)心臓リハビリテーション:心臓の病気を持つかたの健康を支援するプログラムです。医師、運動の専門家、心のケアの専門家など多くの職種でサポートし、個別の計画を立てて長期間にわたって継続します。心臓の不調を予防または軽減し、病気の再発や入院、死亡率を減少させ、快適で健康的な生活を実現することを目指します。

 

(注2) 心肺運動負荷検査:自分の限界までバイクをこぐことで、運動中の呼吸量を計測し、運動するのに必要な心臓・肺・筋肉・自律神経といった全身の機能を評価することができる検査です。心不全の重症度を把握することができます。

 

(注3) レジスタンストレーニング:筋肉に負担をかける反復運動のことで、いわゆる筋力トレーニングのことです。

 

(注4) 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン:「日本循環器学会」と「日本心臓リハビリテーション学会」によって、臨床試験から得られたエビデンスを基に作成された、心臓や血管の病気を抱える患者さんのためのリハビリテーションに関する診療指針です。

 

(注5) カンザスシティ心筋症質問票:カンザスシティ心筋症質問票(Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire)の略です。心不全に特化した患者報告アウトカム(PRO: patient reported outcome)のことで、心不全患者さんの生活の質(QOL)を評価する指標です。患者さん自身が回答する質問票で、合計スコアは0~100点です。スコアが高いほど、心不全患者さんの健康状態やQOLが良好であることを示します。

 

(注6) GCP:「医薬品の臨床試験の実施の基準(Good Clinical Practice)」の略で、医薬品の臨床試験(治験)を行う際に、製薬会社や医療機関が守るべき国際的な基準を指します。

 

(注7) NYHA:ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)の略で、心不全の重症度を4段階に分類する指標です。具体的には、身体活動によってどの程度症状が出るかで分類されます。NYHA分類の目的は、心不全の重症度を客観的に評価し、治療方針や予後の予測に役立てることです。

 

(注8) 最高酸素摂取量:筋群を動かす長時間の激しい運動中に、心肺機能と筋肉の酸素利用能力が限界に達したときに、単位時間(通常は1分間)あたりに取り込まれる酸素量のことです。運動検査を行い評価します。この値が高いことが、心不全患者さんの予後と強く関連しているといわれています。

 

(注9) 膝伸展筋力:膝を伸ばす筋肉、主に大腿四頭筋の筋力を指します。この筋力は、歩行や立ち上がりなどの日常生活動作に深く関わっており、筋力低下は運動能力の低下や転倒のリスク増加につながる可能性があります。膝進展筋力が保たれていることが、心不全患者さんの予後にかかわっているとされています。

 

 

 

 

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