KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

魚の新腸活時代

魚の腸から初めて酪酸産生菌を発見

ポイント

・ 世界で初めて魚の腸から酪酸産生菌を発見

・ ニジマスの腸内に存在する新属新種の細菌であることを明らかに

・ 魚の生育温度に適した魚由来の微生物を用いて、新たな水産養殖改善技術の開発が可能に

 

 

概 要 

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)モレキュラーバイオシステム研究部門 バイオ分子評価研究グループ 竹内美緒 主任研究員は、滋賀県水産試験場 菅原和宏 主任主査と共同で、世界で初めて魚の腸から酪酸産生菌を発見しました。

 

近年、水産養殖業は世界的に急成長しており、国内でも陸上養殖が活発化していますが、飼料である魚粉の枯渇や魚病の発生などさまざまな問題を抱えています。そのため、魚においても“腸活”による魚病抑制や成長促進などの解決技術が研究されてきました。特に、近年ではヒトにおいて腸の健康に対する酪酸産生菌の有用性が知られるようになったことから、養殖業においても哺乳類由来の酪酸産生菌の利用が研究されてきました。しかし、哺乳類由来の酪酸産生菌の至適温度が魚の生育温度と大きく異なるため、定着性の観点で問題がありました。今回ニジマスの腸から酪酸産生菌を発見したことにより、今後は“魚には魚の酪酸産生菌”による新たな魚の腸活技術が可能になると期待されます。将来的には、プロバイオティクスとしてニジマスや、ニジマスを海上養殖して生産するトラウトサーモンなどさまざまな魚の養殖技術改善に利用できる可能性があり、魚病による経済的な損失や魚粉代替飼料の利用促進に貢献します。

 

なお、この研究の詳細は、2025年8月6日に「International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology」に掲載されます。

 

下線部は【用語解説】参照

 

開発の社会的背景

水産養殖産業は世界的に急成長しており、国内でも陸上養殖が盛んになっています。近年、日本で最も消費されている魚はサケ類ですが*1、特に寿司などで用いる生食に適したトラウトサーモンなどの需要が高まっています。現在は多くを輸入に頼っているものの、日本各地でご当地サーモンの生産が盛んになっています。しかし、水産養殖産業は飼料である魚粉の枯渇や魚病の発生などさまざまな問題を抱えています。例えばニジマスなどのサケ科魚類は、魚粉の代替飼料である大豆を用いた餌によって腸炎を発症することが知られており、その利用に制限が生じているため対策が求められています。また、魚病対策においても、世界的な薬剤耐性遺伝子の拡大を受け、なるべく抗生物質に頼らない対策が必要になっています。その一つとして、魚の“腸活”が期待されています。ヒトの腸内では、近年短鎖脂肪酸の重要性が明らかになっています。中でも酪酸は、大腸上皮細胞のエネルギー源であり、腸炎抑制作用も知られ、健全な腸内環境の維持に欠かせないことが明らかになっており、乳酸菌と並び酪酸産生菌への注目が高まっています。そのため、酪酸産生菌の一種で、ヒトで整腸剤として用いられているクロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)を魚に用いた研究が水産養殖分野でも行われるようになってきました。成長促進など一定の効果は認められていますが、多くのクロストリジウム ブチリカムは哺乳類由来のため、至適増殖温度が37 ℃前後です。一方ニジマスなどの至適生育温度は18 ℃以下と低いため、これらの微生物の魚、とりわけ冷水魚の腸への定着は期待できず、魚由来の酪酸産生菌が求められていました。

 

研究の経緯

産総研モレキュラーバイオシステム研究部門は、これまでにも魚類微生物由来のバイオマーカーを用いた魚病早期発見技術の開発(2024年6月17日 産総研プレス発表)などマイクロバイオーム情報を活用した水産業への貢献に取り組んできました。また、魚のマイクロバイオーム情報を活用した養殖技術改善には、コア微生物を理解することが重要と考え、国内外ともに注目が高まっているトラウトサーモン生産に用いられるニジマスを対象に、腸内細菌叢に関する文献データを取りまとめ、さらに近年開発されたロングリードアンプリコン解析技術を用いて、コア微生物を属・種レベルで特定してきました。その結果、ニジマス腸内に広く存在する酪酸産生菌の候補としてフソバクテリウム(Fusobacterium)属細菌などの存在を明らかにしました※。しかし、ロングリードアンプリコン解析の結果、ニジマス腸内のフソバクテリウム属細菌は既知のフソバクテリウム属細菌とは系統的に遠いことがわかり、未知の存在であることが示されました。遺伝子解析により存在は明らかになりましたが、培養株が得られておらずその正体は不明だったことから、今回、ニジマスの腸内細菌の網羅的培養に取り組みました。

 

なお、一連の研究は公益財団法人 浦上食品・食文化振興財団の研究助成による支援を受けています。

 

研究の内容

本研究では、魚の腸に生息する常在菌を培養し、その分離株のゲノム情報などの詳細を解析することにより新属新種の酪酸産生菌を発見しました。まず、魚の腸に生息する酪酸産生菌を含めた常在菌を培養するため、滋賀県醒井養鱒場のニジマスを入手し、腸粘液を採取しました*2。先の遺伝子解析結果をもとに、さまざまな培地や条件による培養を行うことで、多数の腸内細菌を取得しました。得られた分離株についてゲノムDNAを抽出し、16S rRNA遺伝子による同定を行いました。その結果、正体不明であったフソバクテリウム属細菌に近縁な微生物(図1)を発見することができました。この微生物、9N8株は嫌気性細菌であり、培養後の上清分析により、有用物質である酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸を産生することがわかりました。9N8株のゲノム情報を解析した結果、酪酸キナーゼなどリジン経路による酪酸産生遺伝子群を特定でき、酪酸産生菌であることが確認できました。フソバクテリウム属はフソバクテリウム科に属していますが、9N8株とフソバクテリウム科の各属の基準株とのゲノムの平均アミノ酸同一性(AAI値を計算した結果、いずれも57.5%以下であり、同属の基準である58%を下回っていました。また、9N8株の増殖の至適温度は20 ℃前後であり、ニジマスと近い至適増殖温度を持つ酪酸産生菌であることがわかりました(図2)。

 

9N8株はさまざまな性質がこれまでの他の属の微生物とは異なることから、フソバクテリウム科の新属新種と考えられ、ピスキバクター トルクタエ(Piscibacter tructae、魚、特にマス類由来の細菌の意味)と命名しました。データベース検索の結果、ピスキバクター属の遺伝子はコイからも見つかっており、ニジマスに限らず、短鎖脂肪酸産生によりさまざまな魚の健全な腸内環境形成に関与していると考えられます。魚由来の酪酸産生菌は、これを投与することにより魚の腸内環境を整え、かつ従来の哺乳類由来の微生物と異なり定着性が高いため、新たな水産養殖改善技術につながると期待されます。

 

 

 

今後の予定

これまで魚の腸において嫌気性細菌はあまり注目されてきませんでしたが、本研究のニジマスの例のように、魚種によっては重要な役割を果たしていると期待されます。今後、飼育実験などを通して、魚の腸における酪酸産生菌と健康との関係をさらに解明し、本微生物を新たなプロバイオティクス菌として成長促進や魚病抑制に役立てていきたいと考えています。

 

論文情報

掲載誌:International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology

論文タイトル:Piscibacter tructae gen. nov., sp. nov., an anaerobic butyrate producing Fusobacteriaceae bacterium isolated from gut of rainbow trout

著者:竹内美緒、菅原和宏

DOI:10.1099/ijsem.0.006877

 

関連特許

発明の名称:「短鎖脂肪酸産生能を有する細菌」
出願番号:特願2025-095438
出願日:2025年6月9日

 

用語解説

酪酸産生菌

主要な代謝産物の一つとして酪酸を産生する嫌気性細菌。ヒトの腸内ではクロストリジウム属やフソバクテリウム属が知られている。

 

プロバイオティクス

腸内細菌叢のバランスを改善し、宿主の健康に良い影響を与える生きた微生物を指す。ヨーグルトなどを作る乳酸菌が有名である。

 

短鎖脂肪酸

脂肪酸のうち炭素の数が六つ以下の酢酸、酪酸、プロピオン酸などをいう。腸内では主に腸内細菌によって食物繊維などから産生されると考えられている。

 

マイクロバイオーム

⼟壌や⽔中などの⾃然環境、さらにはヒトや動物の体表⾯や腸内に存在している微⽣物コミュニティー(微⽣物叢)のこと。特に⽣物の腸内マイクロバイオームは相互に関連するとともにホスト⽣物とも相互作⽤しながら健康や病気に⼤きく影響することが明らかになりつつある。

 

ロングリードアンプリコン解析

従来のアンプリコン解析(環境試料などから抽出したDNAの特定の部分領域を増幅し、次世代シーケンサーで解析することにより、複雑な微生物叢などを解析する方法で、通常300-500 bp程度の遺伝子領域を増幅する)を第三世代シーケンスといわれるロングリードシーケンス(長いDNA配列を解読できる手法)を用いて行う方法。微生物叢解析のために用いる16S rRNA 遺伝子の場合、ほぼ全長(1500 bp程度)をカバーすることができるため、従来法では困難であった種レベルの解像度が高い結果が得られる。

 

リジン経路

酪酸産生菌による酪酸産生経路には4種類が知られており、そのうちの一つの経路。フソバクテリウム属に多い。

 

平均アミノ酸同一性(Average amino acid identityAAI))

二つのゲノム間の関連性を評価するための指標で、アミノ酸配列の同一部分の割合をもとに算出される。高い分解能で属以上の分類構造を解明できる。

 

参考文献

※Takeuchi, M. and Sugahara, K. (2025) Systematic Literature Review Identifying Core Genera in the Gut Microbiome of Rainbow Trout (Oncorhynchus mykiss) and Species-level Microbial Community Analysis Using Long-Read Amplicon Sequencing. Aqua. Fish & Fisheries, 5: e70054.

 

注釈

*1:令和4年度 水産白書(水産庁)より

*2:「米国獣医学会(AVMA)動物の安楽死指針:2020年版」に準拠

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250806/pr20250806.html

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい

「誰もが輝いて働く社会へ」の特集記事を読む