産卵場に集結したアユの生涯履歴の解読に成功~生まれた時期でその後の運命が変わる!? 長良川研究~
2025年5月30日
岐阜大学
産卵場に集結したアユの生涯履歴の解読に成功 ~生まれた時期でその後の運命が変わる!? 長良川研究~
【本研究のポイント】
・下流の産卵場に集結した長良川のアユ親魚が、いつ生まれ、いつ川にのぼり、流域のどこで成長したのかという生涯履歴を読み解くことに初めて成功しました。
・孵化のタイミング(秋)によって、川にのぼるタイミング(春)が決まり、それがさらに、流域のどこで成長期(夏~秋)を過ごすのかにも関係していることを突き止めました。
・長年のアユ生態のミステリーを解明しました。これにより、河川環境整備やアユ資源管理方策への貢献が期待されます。
研究概要
漁業・釣りの対象として、また翌年の野生アユ集団にとって極めて重要なアユ産卵親魚(落ちアユ)。この親魚たちは、秋の産卵期になると下流の産卵場を目指して、広い流域のどこからともなく川を下って集まってきます。古来より知られたこのアユの習性。しかし、彼らが流域のどこで成長し、どこからやってきたのか、これまで誰も知ることはできませんでした。
このたび、岐阜大学環境社会共生体研究センターの永山滋也特任助教(2025年4月より長野大学共創情報科学部 設置準備室 准教授)と原田守啓センター長は、富山大学 学術研究部 理学系の太田民久講師、岐阜県水産研究所の藤井亮吏氏、東京大学大学院 理学系研究科の飯塚毅准教授と共同研究を行い、長良川漁師の協力で得たアユの耳石を分析し、長年のミステリーであったアユ産卵親魚の流域内生息場利用履歴を解明するとともに、その利用パターンが孵化のタイミングに関係していることを突き止めました。
本研究は、現地時間2025年5月28日にScientific Reports誌に掲載されました。
研究背景
・アユは日本を代表する水産重要種であり、明治時代の水産増殖学的研究に始まり、盛んに研究されてきました。しかし、実河川における生態学的研究は少なく、身近でありながらいまだ謎が多い魚でもあります。
・秋のアユ親魚(いわゆる“落ちアユ”)が産卵のために川をくだり、下流の産卵場に集まってくることは、とても有名なアユの習性です。しかし、アユが流域のどこから、どれくらいやってくるのかは分かっていませんでした。
・また、アユが孵化するタイミング(秋)によって、川への遡上(春)と産卵(秋)のタイミングが変わること(早生まれほど早い)、成長量も異なること(早生まれほど大きくなる)は知られていましたが、流域のどこで育つのかという生息場利用との関係は未解明でした。
・アユ資源管理の高度化のために、以前より漁協管理区域をまたぐ長良川流域全体におけるアユ生態のさらなる解明が求められていました。
研究方法
2022年9~12月の間に長良川本川下流部の鏡島(海から47.4km地点)において、漁師の協力を得てアユ産卵親魚133尾を捕獲。耳石※1を摘出・薄片化し、耳石の核から縁辺にかけてストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)※2を測定。河川水の分析で得られた長良川水系87Sr/86Srマップ(isoscape:図2左)と照合しました。また、耳石の輪紋を計数(日齢査定)し、孵化日と河川遡上開始日を推定しました。図1. アユの耳石(左)、薄片処理を施した耳石(中)、耳石のSr同位体比分析の様子(右)
研究成果
・アユ親魚の約90%は天然遡上由来であり、放流由来は10%程度でした。天然遡上アユは産卵集団に大きく貢献していました。ただし、友釣りによる放流魚への偏った釣獲圧が一因とも推察されます。
・天然遡上のアユ親魚は、5つの生息場利用パターンを示しました(図2)。天然遡上116尾のうち、本川上流域(①)と本川中流域(②③)で育ったアユが約84%を占め、残りは中流域の支川(④⑤)を利用していました。長良川本川の上・中流域は多くの産卵親魚を生産する重要な場であると分かりました。
・前年秋に早く生まれ、春に早く川に遡上したアユは本川利用タイプ(①②③)、遅く生まれ、遅く川に遡上したアユは支川利用タイプ(④⑤)になる傾向がありました。長良川では、早生まれアユは本川の餌場を優先的に利用し、後からやってくる遅生まれアユは先客のいる本川を避け、支川に餌場を求めていることが分かりました。
図2. Isoscape(左:87Sr/86Srマップ)と、耳石Sr同位体比の分析結果(右)
グラフの見方は右下の模式図に示す。Isoscapeと耳石上のSr同位体比を照合することで、利用した場所が推定できる。
研究の意義
・アユの耳石から、アユの生涯履歴を読み解くことに成功しました。
・長良川のアユ産卵集団における天然遡上由来の高い貢献度が、あらためて確認されました。
・長良川では、海や産卵場から最遠の上流域(110㎞以上)を含む本川上・中流域で育ったアユが、次世代を生み出す重要な親魚となる実態が明らかになり、「遡上できる本川」の重要性が高まりました。
・遅生まれ、遅のぼりの小型のアユも、支川に成長の場を求めることが分かりました。支川にものぼれる水系ネットワークと、支川があることによる成長の場の多様性が重要であることが明らかになりました。
・回遊魚が自由に遡上・降河できる川の連続性・ネットワークと、成長・生残できる良好な生息場を保全する河川環境整備が強く求められます。
・産卵集団の多くを占める本川利用タイプを獲り尽くさないよう、落ちアユ漁の最適運用が必要です。
今後の展開
・将来的には、海から木曽三川に遡上してきた天然アユの母川(孵化した川)の特定も含め、伊勢湾流域におけるアユの時空間動態、個体群の維持機構の解明に発展させる予定です。
・秋の孵化から冬の海洋生活を経て、春の河川遡上に至るまでの仔稚魚期の生残・死亡と、孵化のタイミングや河川・海水温との関係に着目し、アユの再生産・リクルートに対する気候変動影響を検討します。
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Habitat use and growth strategies of amphidromous fish “ayu” throughout a river system
著者:Shigeya Nagayama(永山滋也), Tamihisa Ohta(太田民久), Ryouji Fujii(藤井亮吏), Morihiro Harada(原田守啓), Tsuyoshi Iizuka(飯塚毅)
DOI: 10.1038/s41598-025-02988-8
本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202004,JPMEERF20232M01研究代表者:原田守啓)、JSPS科学研究費補助金(JP24K03128, JP24K01778)の支援を受けて行ったものであり、岐阜県・岐阜大学が共同設置運営する岐阜県気候変動適応センターにおける共同研究事業の一環として実施したものです。
用語解説
※1 耳石
魚の頭の中、内耳にあり、主成分が炭酸カルシウムからなる硬い小構造物で、魚のバランス感覚や聴覚に関与している。成長とともに大きくなり、年輪のような層(成長輪)を形成する。そのため、魚の日齢や年齢の推定に用いられる。また、成長時に耳石に取り込まれる微量元素は、その時の周囲の水環境を反映するため、魚の回遊履歴の推定にも用いられる。
※2 ストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)
放射性同位体87Rb(ルビジウム)の壊変によって生成される87Srと、安定な非放射性起源同位体である86Srの比であり、耳石を用いた魚の回遊履歴の推定に用いられる。地質条件の異なるそれぞれの水域で特徴的な値をとるため、経時的な水域利用の指標となる。

