KK KYODO NEWS SITE

ニュースサイト
コーポレートサイト
search icon
search icon

「特集」防災庁設置を日本の未来共創につなげる本気の事前防災を

福和伸夫
名古屋大学名誉教授

 災害対策の司令塔機能を担う防災庁が11月2日に発足する。同庁設置関連法が成立した約2週間後の7月28日に熊本地震が発生した。10年前の熊本地震を起こしたのは布田川断層・日奈久断層だが、今回は日奈久断層北部の南側の活断層が活動した。八代市役所(熊本県)の免震装置の損壊、イオンモール熊本(同県嘉島町)のガス爆発や日本製紙八代工場の煙突の倒壊、一般病院の病院避難、高架道路の落橋など、重要な行政・産業施設の被害が目立った。
 繰り返し起きる災害を乗り越えるため、防災庁設置準備アドバイザー会議が昨年6月にまとめた報告書では、序文に大規模災害を乗り越える日本の目指す社会の姿を描いている(一部を抜粋し、本稿末尾に掲載)。

災害と共に歴史を刻んできた日本

 日本は四季の変化に富み、温暖な気候に恵まれた国である。一方、アジアモンスーン地域で、プレート境界に位置するため、地震・火山・風水雪害・地盤災害などの自然災害に度々見舞われてきた。国土の多くが山地のため、居住地は災害危険度の高い低平地に限られている。このため、先人は、慈母であり厳父でもある自然と上手く付き合い、安全な場所に集落を構えるなど、独特な日本文化を育んできた。
 巨大災害が起きれば、社会への影響は計り知れない。物理学者・寺田寅彦は、「災難雑考」に「古今東西を通ずる歴史という歴史がほとんどあらゆる災難の歴史であるという事実」と記しているが、日本の歴史教育では災害史にほとんど触れない。大規模地震は前触れなく起き、多大な被害により歴史を転換させる。
 しかし、これまで日本は災害後に新たな時代を逞しく築いてきた。例えば過去3回の南海トラフ地震では ①1707年の宝永地震後の享保の改革 ②1854年の安政地震後の明治維新による近代化 ③1944年、46年の昭和地震後の戦後復興と高度成長ーなどである。当時は自律・分散・協調型の社会であり、日本人に逞しさがあった。
 一方で、現代社会は都市への人口集中と地方の過疎化が同時進行し、少子高齢化と人口減少により災害耐力が弱体化していると感じる。今年は、前回の南海トラフ地震の昭和南海地震から80年、地震予知を前提にした大規模地震対策特別措置法の契機になった東海地震説の提起から50年、東日本大震災から15年、2016年の熊本地震から10年を迎える。今年7月には再び熊本地震も発生した。災害との向き合い方を考えるときである。

国民の半数が被災する南海トラフ地震

 昨年、南海トラフ地震と首都直下地震の新たな被害想定結果が公表された。南海トラフ地震は、周期的に西日本を広域に襲い、国民の半数が被災する巨大地震である。強い揺れによる建物倒壊、長周期地震動による高層ビルの揺れ、液状化による埋設管や道路の被害、津波による浸水・家屋流失、木造家屋密集地域の延焼、地盤災害による道路寸断・孤立など、災害が複合化する。前後には内陸の直下型地震も頻発し、火山噴火、風水害、感染症などが重なれば、マルチハザードの様相を呈する。
 想定被害は、最悪、直接死29万8千人、全壊焼失家屋235万棟、避難者数1230万人に及ぶ。前回12年の想定被害と大差なく、減災目標の死者8割減、全壊・焼失家屋半減は、全く達成できなかった。公共施設の耐震化や、堤防強化、津波避難タワー整備などは進んだが、住宅の耐震化や津波避難意識の向上が不十分だった。
 想定されるような被害を出せば、我が国は回復不可能な事態となる。甚大な被害により国際社会に迷惑をかければ、防災立国や科学立国を標榜する日本への信頼は失墜する。一方、巨大地震を乗り越えれば世界の見る目は変わる。日本に力が残っている今こそ、大規模災害を克服する社会を築きたい。

懸念される耐震化の遅れ

 現代社会は、社会インフラやライフライン、物流に強く依存している。大都市は、丘陵地や軟弱な低地に街を広げ、建物を密集させた。現行の建築耐震基準は一度の大地震で人命を守る最低基準でしかなく、機能維持までは保障していない。軟弱地盤上の中高層建物は揺れやすいが、強く揺れる建物でも強度の割り増しは不要で、大地震動に対する杭の耐震設計は義務化されていない。このため、大都市の地震災害は激甚化する。
 効率を重視した社会では、経済性が優先され、科学技術がコストカットに使われることもある。分業による部分最適化が進めば、俯瞰的に安全を考えることが苦手にもなる。一方で、過疎化が著しい地域では、高齢化が進み、社会基盤サービスの縮小など、自助・共助力が落ちている。
 国難災害では災害対応力が圧倒的に不足する。「孫子の兵法」にあるように「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」が対策の基本であり、事前防災が鍵を握る。脆弱性改善の耐震化・強靱化、危険を避ける立地適正化、人口集中による暴露量(被害を受ける人数や建物数など)を減らす人口分散化を同時に進める必要がある。
 中でも建物の耐震化が最重要だが、進捗は芳しくない。国土交通省は2023年時点の住宅の耐震化率を90%と推計しているが、これは戸数ベースの全国平均値であり、5年に1度しか公表されず、空き家は除外されている。
 旧耐震基準の住宅の数割に耐震性があるとする「みなし耐震」の扱いも改善が必要である。大都市の状況を反映しており、過疎化が進む南海トラフ地震の被災地域の実状とは異なる。第一次緊急輸送道路沿いの既存不適格建物の耐震化も、東京都以外では2〜3割に留まっている。このような状況では、大規模地震に太刀打ちできない。

司令塔機能の強化に

 戦後81年、災害関連法案の整備や防災対応の拡充が行われてきたが、施策が細分化・複雑化し、全体像を把握しにくくなっている。防災行政を俯瞰し、各省庁に分かれている施策の抜けや漏れ、重複、課題などを点検し、新たな防災戦略を構想するときである。「企画立案機能」を飛躍的に高め、「本気の事前防災」に取り組むと共に、「平時から発災時、復旧・復興までの一貫した司令塔機能」を強化する必要がある。我が国に相応しい防災のあり方を中長期的に構想・実現したい。
 我が国は産業立国であり、産業をいち早く回復させなければ国難になる。産業施設・設備の被災の抑止、従業員家族の生活の継続、地域社会の存続が不可欠である。社会を支えるライフライン・交通・物流・医療福祉の維持も大前提になる。いずれも震災前の事前防災が勝負を決める。
 一方、被害が対応力を超えた場合には、官民のあらゆる資源を活用し、優先順位を付けて対応するしかない。そのために、官民連携による人的・物的資源の相互活用の枠組み作りや、災害対応の優先順位に関する合意形成などの事前準備が重要だ。
 新たな発想による対策も期待したい。人口減少する過疎地対策と首都直下地震時の都市住民の疎開を視野に、二地域居住の促進や、郷里の防災対策に使うクラウドファンディングの創設も考えてみたい。また、災害直後の行政職員支援のため、事業再開に時間を要する製造業の従業員を、準公務員的に活用する施策もあり得る。
 安価で短工期の耐震改修法を開発しプッシュ型で補強を展開すれば、地域建設業の力が向上し、災害後の建設対応力の強化にもなる。被害軽減の事前対策が、地域産業の活性化に直結するよう、地域ぐるみで創意工夫し、防災産業を育成したい。
 防災庁設置を契機に、着眼大局・着手小局の態度で、見たくないものを見る勇気と眼力を育み、弱部を見つけ解消する。同時に、皆の意識を変え、多様な力をつなぎ、コーディネートできる人材を育成する。これにより、「転禍為福」を実現する。明るく・楽しく・前向きに「あ・た・ま」を使って明るい未来を共創していきたい。

防災庁設置準備アドバイザー会議の報告書の序文(一部抜粋)

 これまでに幾度となく経験した規模の災害には、蓄積された教訓から、皆で手を取り合って確実に乗り越えられるよう、万全の備えを進める。
 そして、国難級の災害には、従来の枠組みにとらわれず、被害の劇的な軽減を実現するために、あらゆる方策を平時から考え抜き、人を育て、新たな技術を開発・活用し、それを実践することで、社会全体で立ち向かう。
 これは、次世代の命運を担う国家的挑戦であり、内閣総理大臣の指揮の下、防災庁が中核となって、関係府省庁が一体で取り組む必要がある。
 また、防災は行政だけで目標を達成できるものではない。
 防災庁は、全体を俯瞰し、産官学民をつなぎ、我が国にふさわしい防災を中長期的に構想・実現する司令塔となる。
 国、地方自治体、保健・医療・福祉関係者、企業、業界団体、大学・研究機関、地域、NPO/NGO、ボランティア、そして国民一人ひとりが、災害大国に暮らしていることを自覚した上で、共に考え、共に備え、共に守り、総力を結集し、共に未来を築いていく。
 国難級の災害に敢然と立ち向かい、その過程で生まれる技術や仕組みは、我が国のみならず、様々な自然災害の脅威にさらされている世界を救うことにもつながることとなる。
 皆で危機を乗り越え、安心して暮らせる社会、そして、防災により新たな価値を生み出す未来を創る。
 それは、これからの次世代を担う子どもたちに、しなやかで強く、豊かで楽しい日本を手渡すことであり、これこそが、私たちの目指す「皆で共に創る防災立国」の姿である。

名古屋大学名誉教授 福和伸夫(ふくわ・のぶお) あいち・なごや強靱化共創センター長。地震工学や建築耐震工学に関わる研究・教育に携わる傍ら地域の防災・減災活動を実践。南海トラフ地震対策や防災庁設置に関わると共に、産官学民連携による災害被害軽減の国民運動に尽力。

 

(Kyodo Weekly 2026年10月5日号より転載)

  • 福和伸夫 名古屋大学名誉教授

編集部からのお知らせ

新着情報

あわせて読みたい