鼻くそを食す奥様のスレ再考 【岡嶋教授のデジタル指南】
鼻くそを食す奥様について考えた。といっても、私にそういう性癖があるわけではない。タイトルをタイピングしているとき、最初に「鼻くそを食す奥様のスレ最高」と誤変換されたが、そのような思想を持っているわけでもない。
もとはと言えばエコーチェンバーについて考えていたのだ。言わずと知れた、「特定の意見や信念が、同質的な人々や情報源の中で繰り返し強化され、異なる見解が排除または軽視される状態・環境」のことで、最近ちょいちょい問題になるやつである。
で、こうした話を授業などですると、「そうは言っても、そんな隘路(あいろ)に陥るなんて、相当そそっかしい人に限られるでしょ?」と反論を食らうことがある。
説明している身としては「いやいや、そんなふうに思ってしまう人ほど引っかかるんだって!」と注意喚起したいのだが「実例を挙げてみろ。出典つきで」と言われると意外と思いつかない。
それは私がエコーチェンバーのわなに引っかからない、と言っているわけではなく、エコーチェンバーというのは、はまってしまったことが自覚できない性質のものだからだ。自覚していないものは思い出せない。
それをひねり出そうとしてうんうんうなって、やがて至ったのが鼻くそを食す奥様のスレである。
知らない人もいるかもしれない(「鼻くそを食す奥様のスレ」くらいみんな知ってるだろう、と思うこと自体がすでにエコーチェンバーである)ので、説明しよう。ひろゆきが率いた今はなき巨大掲示板2ちゃんねるに鬼女板という板があった。既婚女性板なので、省略すれば既女板になるはずで、実際当初はそう書かれていたはずだが、時がたつにつれて鬼女板と表記するのがデフォになったと記憶している。
その鬼女板に存在感マシマシで君臨していた名物スレが鼻くそ食す奥様のスレである。もう記憶もおぼろになっているが、再現してみる。雰囲気が違っていたらごめんなさい。
皆さま、いかがお過ごしかしら。
最近どうも乾燥していて、収穫量が減っておりますの。
やはり加湿器は大事ですわね。
昨日は少々大物が取れまして、思わず嬉しくなってしまいましたわ。
あまりこういう話をできる場所がないので、ここは本当にありがたいですの。
皆さまはどのタイミングで召し上がりますの?
わたくしは入浴前が一番落ち着きますわね。
若い頃は恥ずかしいと思っておりましたけれど、
年齢を重ねるにつれて「まあいいかしら」と思えるようになりましたわ。
人生、楽しんだ者勝ちですものね。
言うまでもないことだが、ネタスレである。みんなほんとに鼻くそを食しているわけではない(いや、中には真物が紛れていたかもしれないが)。こういうのは解説を入れると極めて面白くなくなるものだが、艶消しを承知であえて説明すると、
・「奥様」という上品な設定 × 極端に下品な行為 のギャップ
・ギャップに上乗せする、妙に落ち着いた、しかも丁寧なトーン
・トーンが醸し出す真面目な雰囲気を裏切る不条理な文意
を楽しむ文化である。まねするときは生活感を添えるのがポイント。加湿器とか入浴前とか。
ようはロールプレイであって、書くもよし、読むもよしのコンテンツなのだが、鼻くそを食す奥様が実在しているかはだいぶ怪しい。いや、実在を前提に読んじゃダメなやつだ。
しかし、毎日楽しみに購読していると、なんだか鼻くそを食すのは人として当たり前の行為で、多くの人はたしなんでいるのだと思うようになった。運も悪かったのだ。大学院に通っていた頃、授業中に実際に鼻くそを食している学生を目撃したのである。「あっ、やっぱりみんな意外と行ってるんだ」と認識するまでは指呼の間である。たった一つの観測事例でも、先に形成された印象を補強し、一般化するには十分なのだ。
このように、人はとんでもない思想や、開かれた環境であれば一蹴するであろうろくでもない行為を、当然のことと思い込んでしまうことがある。新年度や新学期で環境が変わった人も多いと思う。隔離された環境には、ぜひご注意を。人は過激な主張そのものに説得されるというより、同じ調子の言葉に毎日さらされることで、「まあ、そういうものか」と思い込んでいく。【著者略歴】
岡嶋 裕史(おかじま ゆうし) 中央大学国際情報学部教授/中央大学政策文化総合研究所所長。富士総合研究所、関東学院大学情報科学センター所長を経て現職。著書多数。近著に「思考からの逃走」「プログラミング/システム」(日本経済新聞出版)、「インターネットというリアル」(ミネルヴァ書房)、「メタバースとは何か」「Web3とは何か」(光文社新書)、「機動戦士ガンダム ジオン軍事技術の系譜シリーズ」(KADOKAWA)。Eテレ スマホ講座講師など。














