「特集」ゲームチェンジの行方 高市首相 「数は力」の政治へ「大胆な運営」に独善の危うさ

杉田雄心
共同通信社編集局次長 杉田雄
第2次高市内閣の発足から1カ月が経過した。衆院選に圧勝した高市早苗首相は「謙虚に、しかし、大胆に、政権運営に当たってまいります」と施政方針演説で宣言した。口調こそ丁寧だったが、さっそく来年度予算の早期成立に向けて「数の力」による衆院通過を強行した。視線の先には武器輸出拡大、議員定数削減、憲法改正といった「国論を二分する政策転換」がある。その原動力は「民意」に違いないが、「独善」に陥る危うさがつきまとう。
勝者のリクエスト
「今の気分で聴きたい1曲、BURNかけてください。バーン、ディープ・パープル」。2月8日の投開票日の夜中、高市首相はFM番組でリクエストした。注目すべきはその歌詞だ。「皆が言っている、あの女は呪われていると。手を振るだけで皆が燃やされてしまう(中略)うそつき呼ばわりしたわれわれがバカだった」ー。圧倒的な力を持つ女性を描いた1974年のハードロックの名曲と、ドラムをたたく高市首相の心象風景が重なった。伝え聞いた自民党幹部は一瞬笑った後「これからが怖いな」と漏らした。
その予感は2026年度予算案の対応で現実のものとなった。まずはなぜ「無敵状態」の政権が誕生したのか。サプライズ解散に時を巻き戻す。
1月9日夜、読売新聞がネットニュースで「首相、衆院解散検討」を報じた。翌10日に総務省が都道府県選管に選挙準備を指示する通達を出すと、半信半疑だった与野党やメディアの間で「今回は誤報でない」との見方が強まった。
情報発信で特徴的だったのは「じらし作戦」だ。高市首相は正式表明をぎりぎりまで遅らせた。後ろ盾となる麻生太郎副総裁、選挙を仕切る鈴木俊一幹事長にも胸の内を明かさなかった。本心を見せないスタイルによって、19日にセットされた記者会見の期待度は急上昇した。
「自民党と日本維新の会で過半数の議席を賜れましたら、高市総理。そうでなければ、野田総理か、斉藤総理か」。会見冒頭で、高市首相は捨て身の勝負を演出した。根回しのないまま「消費税減税の検討加速」も打ち出し、リーダー選び以外の主要争点をつぶした。
年始解散のシナリオは、安倍晋三元首相の政務担当秘書官を担った今井尚哉内閣官房参与が進言していた。会見発言には安倍氏のスピーチライターを務めた佐伯耕三内閣広報官が深く関与した。解散方針に不快感を示していた自民幹部ですら「あの会見が勝利を導いた」と認めた。
もう一つのリクエスト
結果は自民圧勝。小選挙区の総得票数は2778万票で、前回の石破茂政権下の24年衆院選(2086万票)を大きく上回った。ただ、冷静にみると、岸田政権下の21年衆院選(2781万票)とほぼ並ぶ。もちろん各選挙区で1~2万票とされる公明党票を失った分を高市人気が押し上げた功績は大きい。それでも、05年の郵政選挙で当時の小泉純一郎首相が得た3251万票は大きく下回る。
「さまざまな年代が集まっている。かつての小泉解散の熱気はない。黙って聞いてスマホで撮っている」。高市首相の街頭演説の取材メモは票の出方と符合する。
それでは、なぜ史上最高の316議席を獲得できたのか。データが示すのは中道改革連合の歴史的惨敗という現実だ。立憲民主党と公明党が合流した新党効果は発揮されなかった。
中道の比例代表得票は1043万票。前回衆院選で立民と公明を合わせた1752万票から700万票以上減らした。無党派層の投票先は自民が21%、中道が14%という出口調査も民意離反を裏付けた。「刷新さ」よりも「旧来型の選挙互助会」の印象が有権者に広がった。執行部となった野田佳彦、斉藤鉄夫、安住淳、西田実仁、馬淵澄夫各氏は「5爺(ファイブジー)」とSNSでやゆされた。
大敗後のFM番組で野田氏がリクエストしたのは「時代おくれ」(河島英五)。「目立たぬように/(略)/似合わぬことは無理をせず」(作詞・阿久悠)の歌詞が虚しく響いた。
増幅装置の課題
ロック音楽を大音響で聞かせるには、電子信号を増幅させるアンプが欠かせない。「自民勝利と中道敗北」の選挙の基調を「圧勝と惨敗」にまで増幅させた装置がネットである。
高市首相本人が登場する自民の広告動画は、ユーチューブで繰り返し再生され、その回数は1億6千万回を超えた。公式チャンネルの動画の再生回数を合わせると2億回超。共産党の8千万回、中道改革連合や日本保守党の5千万回台を大きく上回る。
3月に入って旧知の自民の選挙責任者を訪ね「すごいネット戦略を展開したのですね」と問いかけたところ、意外な答えが返ってきた。「それは都市伝説。いつも通りだよ。切り取り屋っていうのが勝手に再生数を増やしてくれた」
一方、中道の敗因は明確だ。ネガティブな情報拡散に対抗手段を持たなかった。
落選した安住元幹事長は、車中でクリームパンを食べる投稿のうち、足を組んだ部分が切り取られてネットで炎上した。敗戦後、記者団にこう語った。「誹謗(ひぼう)中傷やフェイクに弁護士を立てて対抗した。投稿した本人は謝罪するけど、既に拡散して、やり逃げ状態だ」
実はネット対策は、中道結成時に協議されていた。立民が昨年の参院選の総括報告書で「ネット地盤へのアプローチと訴求力の不足」を挙げていた経緯もあった。新党のSNS対応の遅れへの危機感を立民側が伝えると、公明側から「うちに任せてください」と返事があった。後で分かったのは、公明側のネット対策はあくまで支持母体の創価学会の熱量を上げるためのものがメインで、無党派にはほとんど届かないのが実情だった。
ネットの選挙利用は自民にも「もろ刃の剣」となり得る。公正な選挙の観点から規制されるべきかどうかは、与野党に突きつけられた大きな課題といえる。
結束なき1強
少数与党から巨大与党への移行で、政治はどう変わるのか。圧勝の余韻も冷めない2月13日、高市首相は「年度内成立も諦めていない」と国会対策担当幹部に密(ひそ)かに指示した。「暫定予算やむなし」の空気が一変した。実際、予算案は1カ月後の3月13日に採決を強行する形で衆院通過した。国民民主党は「16日通過なら予算案賛成も」と秋波を送ったが、「また要求のおかわり君か。国民民主は信用できない」(官邸筋)と却下した。
変化は人事にも現れた。高市首相から下りた指令は「一人一役職」。要職の兼務を禁じた。
真っ先に影響を受けたのが小野寺五典税調会長だ。ライフワークは安保政策。その仕切り役となる安全保障調査会長の席を、こだわり続けた武器輸出5類型見直しの一歩手前で浜田靖一元防衛相に交代した。その浜田氏は大事にしてきた水産調査会長と、衆院本会議の運営を仕切る議院運営委員長の座を譲った。
多方面の調整は若い小林鷹之政調会長が担い、当然のごとく難渋した。自民ベテランは要職を長く務めることで影響力を維持するのが習いだから一筋縄ではいかない。
「一人一役職で、後はお任せということだ」。小林氏から相談を受けた党重鎮が政権の空気感を代弁した。1強の布陣が整うが、高市首相と与党が結束している様子はない。
独善ぶりが表れたのが石川県知事選だ。高市首相が現職の馳浩氏を現地で応援すると決めたのに対し「保守分裂選挙だ。せめて被災地視察と絡めた方がいい」と側近議員が慎重論を伝えた。しかも、2月28日の当日は米国によるイラン攻撃が始まった日と重なり、危機管理上の懸念も出た。高市首相はいずれもスルーし、誰もいさめることができない実情が浮かんだ。
「飛行機に乗る直前に『どうも米軍も参戦したらしい』と。それで乗るかどうか、だいぶ迷ったのですが、この後すぐ東京に戻って関係閣僚と会議をします」。金沢市での演説は異例の釈明で始まった。8日後の3月8日の知事選で馳氏は敗北した。
高市人気の神通力が地方選挙で限界を露呈した。「衆院選は相手が中道だったから圧勝した。来年春の統一地方選挙は予断を許さない」という警戒感が自民内から出ている。
共同通信社編集局次長 杉田雄心(すぎた・ゆうしん) 1992年共同通信入社。和歌山、神戸、大阪社会部を経て2002年から政治部。首相官邸キャップ、ワシントン特派員、参院選班長などを務めた後、岸田政権時代に政治部長。1969年東京生まれ、東大卒。
(Kyodo Weekly 2026年3月30日号より転載)














