内野聖陽、念願のリア役にかける思いとは 「リア王 -KING LEAR-」【インタビュー】
シェークスピア四大悲劇の一つ「リア王」が内野聖陽の主演で9月21日から上演される。舞台、映画、テレビと各方面で活躍し、硬軟・老若を問わず多彩な役柄を演じ分ける実力派の内野。ドラマ「ゴールドサンセット」の劇中劇で「リア王」を演じた経験と熱い思いから、念願のリア役での出演となる。演出を務めるのは、シェークスピア劇の演出でも高い評価を受け、日本演劇界をけん引する森新太郎。内野と森は3度目のタッグとなる。内野に出演の経緯や、本作や役柄への思いを聞いた。

内野聖陽(C)エンタメOVO
-本作の出演に至った経緯を教えてください。
(内野が主演し2025年にWOWOWで放送されたドラマ)「ゴールドサンセット」は、ある老境の男性が生死をかけて一夜限りの「リア王」を演じるという役柄でした。密度の高い芝居でしたが、「リア王」のハイライトのシーンのみでしたので、「いつか舞台で『リア王』を最初から最後まで演じ切ってみたい!」という気持ちがどうしても出てきてしまったんです(笑)。そんなときに、東京芸術劇場から、森さんの演出でシェークスピア作品を上演するという話がありました。当初は「テンペスト」が企画されていたのですが、「リア王」はどうだろうかと伝えると、森さんも「え!?」と固まってらしたのですが(笑)、最終的には「リア王」はオモシロいと、意見が一致することになりました。
-「リア王」という作品を意識するようになったのは、いつごろですか。
蜷川幸雄さん演出の「ペリクリーズ」でロンドンへ行った頃の話ですが、とある日本の演劇プロデューサーがその公演を見て、「内野くんはリアをできるな」と言ってくださったことがありました。そのときは、うれしかったけれど、まだリアをやるには若すぎて、自分の中で自信がなかった。でもその方は、「リアはすごくパワーのある役だから、年食ってからより、若いときに演じた方がいいのだよ」と言われました。でも、やはり無理だと思って、お断りして…。あれから何年たったでしょう。僕も初老と言われる時期になり、自分なりのリアをうまく膨らませられるかも…と考えるようになりました。
-近年、「リア王」の上演が相次いでいますが、「リア王」の魅力はどんなところにあると感じていますか。
現在は、いわゆる高齢化の波の中で、認知力への関心とか、親子の心情の無理解、時代の変容と価値観の変貌…といった現象があると思います。特に自分が支配し分かり切っていた世界観が変わってしまうとなったときに、人はどうなるのかというテーマは、僕らの年代、身につまされますね。そんなこともこの作品の大きな魅力だと感じます。加えて、現代のような法令順守のやかましい時代になってくると、美辞麗句の多い世の中になりますが、それが本当は真実ではないということにも、本当は、みんな気づいている。それもまた作品のテーマとなっています。虚飾が剥がれていき、裸になって、無一物になったときに初めて本当の愛が見えるという話ですから、そこにも現代性があるかなと。
-今回、改めてリアの人物像について気づいたことはありますか。
一見すると、愚かな老人だと思うかもしれませんが、実際は振り幅が大きいだけで、改めて読み解くと、人間はそういう愚かなところがたくさんある動物であるということを感じています。非常に遠い世界の「絵物語の中の老人」です。でもそこに現代人が目をふさいでしまっている自分自身がいるんだということがひしひしと伝わるようなリアにしたいな…なんて野心を持っております(笑)
-リアという役を演じる上で、どのようなところにポイントを置いて演じたいと考えていますか。
キャラクターの設定が極端なので、そのような極端なキャラクターの中に、どれだけ観る方に共鳴する部分を感じてもらえるか…そこが勝負だと考えています。そして、人間がそうせざるを得ないという根っこが確実であれば、いろいろと想像していただけるとも思っています。その世界で生きている人間たちに説得力があれば、お客様を十分に引き込む力のある作品だと思っているので、リアだけでなく、一人一人が役を確実に自分のものにしていけば、ワクワクするような作品になるという確信はあります。
-共演者の皆さんとの今回の共演で楽しみにされていることは?
共演者のほとんどが初めての共演ですが、演劇で頑張っていらっしゃる方が多いので、そこにすごく期待をしていますし、楽しみです。シェークスピア作品は、映像中心で活動されている俳優にとっては非常にハードルが高いものになります。修飾語がたくさん付いて、ワンセンテンスが異様に長いせりふは、日常の言葉ではこなせない。何度もせりふを口ずさみながら、どこでブレスをするか、どこでフレージングをまとめるかとか、めちゃくちゃ課題が多い。相手にきちんと聞こえながら、なおかつ、観衆の耳に気持ちのいいリズムやスピードで聞こえる…というところへ到達するためには、非常な努力が必要な世界です。舞台の俳優さんが多いということは、その覚悟を決めてきてくださっているということなので、僕はうれしいですし、ある意味とても緊張しています。
余談ですが、リアに忠実なケント伯爵を演じる(杉本)哲太さんは昔から映画やテレビで共演させていただいている敬愛する先輩俳優さんなので、哲太さんをどのようにいじめるかを考えるだけで今回の共演が楽しみです(笑)。
-本作では、コーディリアと道化を清水くるみさんが1人で演じられるのも見どころです。
シェークスピアの時代は、三女のコーディリア役の方が道化も演じていたのではないかという説があるんですよ。コーディリアを最初に演じて、リアに勘当された直後に道化へと化ける。そして、その道化が、嵐で狂乱したリアのそばを離れ、最後のシーンでコーディリアとして出てくる。オモシロいですよね。翻訳の松岡和子先生いわく、「リア王」の道化は他のシェークスピア作品に出てくる道化と違い、リアに対してとても愛情がある。そのため、森さんが意図している演出がハマるとすごく面白いことになる…と、松岡先生もワクワクしてらっしゃいました。
-演出の森さんとは、「東海道四谷怪談」、「THE BIG FELLAH」と続いて、今回で3度目のタッグとなります。森さんの演出の魅力はどのようなところにあると思いますか。
「THE BIG FELLAH」のときも、その日の稽古の時間をほとんどワンシーンに使ってしまうくらい、ある意味で絞られた経験があります。ワンシーンを何度も繰り返す過程で、役者の中に芽生えてくる何かを待たれる方なのですが、普通はそこまで付き合う演出家はあまりいませんよね。役者へ本当に寄り添う忍耐力を感じますね。それから、すごく繊細で、おしゃれな舞台を作るイメージがあります。洗練された、日本人離れしたような感性を持ってらっしゃる方という印象を持っています。そのため、稽古中は舞台の完成形がどこへ行ってしまうのか見当もつかないので、そこもすごく楽しみなところです。
-内野さんは、舞台で芝居をする面白さをどのようなところに感じていますか。
やはり、日によって違うところ、ですかね。同じせりふを話していても、相手の出方も微妙に違う。相手の出方が違えば、こちらも微妙に違う。舞台上での芝居という生演奏によって起こる、その、「日々違うセッション」が楽しいと感じています。加えて、お客さまによっても肌触りは変わるってくるのがライブの面白いところだと思います。ここでこのような反応をするのかと驚くときもありますし、全く反応がない日もある。お客さまがひそやかに心の内でセッションを楽しんでいるというのも、肌触りで何気なく感じ取れます。そこに舞台で芝居をする面白さがあるのかもしれません。
-公演に向けた意気込みと読者へのメッセージをお願いします。
「リア王」という険しい山を、自分がどのように登って、どのように戦い尽くしていくのかというのは自分でも期待していますし、自分にむちを打つ覚悟です。数多くの「リア王」が上演されてきていますが、僕は、僕が思うリアをなんとしても求めたい。本当に自分の理想に到達することはめっちゃ難しいですけど、やれることは何でもやって、たくさん失敗したい。ぜひ、はっちゃけジジイの奮闘ぶりを(笑)、劇場へ生で体験しにきてほしいと思っています。
(取材・文・写真/櫻井宏充)
「リア王 -KING LEAR-」は、9月21日(月・祝)~10月4日(日)に都内・東京芸術劇場 プレイハウスほか、新潟、愛知、兵庫、岡山、福岡で上演。

「リア王 -KING LEAR-」
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