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【映画コラム】2月後半の公開映画から『木挽町のあだ討ち』『レンタル・ファミリー』『センチメンタル・バリュー』

『センチメンタル・バリュー』(2月20日公開)

(C)2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE

 ノルウェーのオスロで俳優として活躍するノーラ・ボルグ(レナーテ・レインスべ)と、家庭生活を選び息子と夫と穏やかに暮らす妹アグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)。

 そこへ幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父・グスタフ(ステラン・スカルスガルド)が現れる。

 それは自身15年ぶりの復帰作となる新作映画の主演をノーラに打診するためだった。いまだに父に対して怒りと失望を抱えるノーラは、その申し出を拒絶。代役にアメリカの人気若手スター、レイチェル(エル・ファニング)が起用される。

 さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の家であることを知ったノーラの心に抑え切れない感情が芽生える。

 『わたしは最悪。』(21)のヨアキム・トリアー監督が、愛憎が入り混じる父と娘の確執を描いて昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。

 この映画は、家族の記憶、世代間のトラウマ、そしてフィクションである映画の製作過程を混在させた点がユニークで、いわゆる入れ子(多層)構造が目立つ。

 まず、ボルグ家の“家”を舞台にしており、この家自体が世代を超えた記憶やトラウマを収納する箱になる。一軒の家の歴史を通して家族を語るという点では、ロバート・ゼメキス監督の『HERE 時を越えて』(24)と重なるところもある。

 この箱の中に、4世代にわたるボルグ家の、過去の世代の未解決の感情やトラウマ(強制収容所で拷問されたグスタフの母は後にこの家で自殺する)が、入れ子のように入り込んでくる。

 さらに、グスタフが撮影しようとする映画(映画内映画)が、現実の家族の歴史(トラウマ)と重なり合い、何が本物の記憶で何がフィクションなのか分からない入れ子状態を生み出している。

 映画を通してしか感情が表現できず、何でも映画にたとえてしまうグスタフの姿はトリアー監督の分身なのか。ラストでグスタフ=スカルスガルドが浮かべる何とも言えない表情と微笑がこの映画の救いだ。

 トリアー監督は家族を描くという点で、小津安二郎監督からの影響を口にする。もちろん時代差はあるが、小津よりもずっとシニカルでシビアな感じがした。

(田中雄二)

 

  • (C)2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会

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