「特集」 ゲームチェンジの行方 自民〝大勝〟の光と影 真の評価は「2年半後」に

本田雅俊
政治行政アナリスト・金城大学客員教授
衆院選挙の結果を伝える新聞各紙には「自民圧勝」「歴史的勝利」などの見出しが躍った。公明党の連立離脱や政党支持率の伸び悩みから、当初、与党の苦戦を予想する者もいたが、自民党は公示前の議席を118も上回る316を獲得した。衆院の絶対安定多数どころか、戦後初めて単独で「3分の2」以上の議席を得たためだろう、昨年10月とは大きく異なり、高市早苗首相は自信をみなぎらせて第2次政権を発足させた。だが、「一強」となった高市政権にも課題はあるし、落とし穴もある。参院では少数与党のままであることに変わりはなく、高市政権の真の評価は「2年半後」に下される。
直観と目算
一部マスコミが高市首相による衆院の〝電撃解散〟を報じたのは、年明け早々の今年1月9日のことであった。後に「支持率が高いうちに解散するのは常識」と援護したものの、「政権の生みの親」(自民中堅)の麻生太郎副総裁や鈴木俊一幹事長にさえ事前の相談はなかったという。もともと高市首相は直観に頼るところが大きく、今回も自身の勝負勘に賭け、それがものの見事に的中した。それに、そもそも与党幹部に相談していれば情報が漏れ、〝奇襲〟ではなくなっていた。
与党関係者の中で不安視されたのは、たとえ内閣支持率が高くても、自民党支持率がそれに連動していないことであった。だが、記者会見で「高市早苗が総理大臣でよいのかどうかを決めてもらう、進退を懸ける」と啖呵(たんか)が切られて、いざ選挙が始まると、首相の絶大な人気に裏打ちされた、すさまじい〝高市旋風〟が吹き、自民党支持率をけん引した。1年4カ月前に落選した多くの仲間たちも〝高市印〟のおかげで議席を回復することができたため、彼らにとって高市首相はまさに〝和製ジャンヌ・ダルク〟と映る。
もとより直観の背景には、したたかな目算もあった。内閣支持率は7割前後の高水準で推移してきたが、その実態は実績に基づく評価ではなく、まだまだ期待の域を出ないものだ。そして歴史を紐(ひも)解くまでもなく、期待がそのまま評価に結びつくことは稀(まれ)である。それどころか、なかなか表れない物価高対策の効果、あるいは「政治とカネ」や旧統一教会をめぐる問題などが通常国会で厳しく追及されていれば、政権にとって痛手となり、支持率に陰りが生じていたかもしれない。
保守回帰の傾向
衆院が解散されると、野党は一斉に「大義がない」と非難した。中には首相の恣意(しい)的な解散を問題視する者もいた。だが、どれもこれも準備不足の言い訳のたぐいにすぎない。スポーツでは試合に負けた日から次に向けての練習が始まるが、野党各党、とりわけ立憲民主党は明らかにそれを怠り、高市首相に見透かされていた。「桶狭間の戦い」は強者の驕(おご)りや油断を戒めるためにしばしば用いられる表現だが、今回の解散劇では少数党のほうに油断があった。
外国人問題や台湾問題への世論の動向に対しても、高市首相やその周辺は目を凝らした。若年層ほど高市政権の保守的な政策を支持し、無党派層においても保守回帰の傾向が強く表れた。今回の選挙では、自民党は比例区で合計2102万票を獲得したが、公明党と連立を組んでいたときでさえ1800万票半ばだったことにかんがみれば、かつての〝小泉旋風〟のときのように自民党の票が爆発的に増えたわけではない。むしろ56・26%という低い投票率の中で、保守層の支持を確実に票に結びつける戦略が大成功を収めた。
自民党内にも、真冬の選挙や予算成立の遅れへの強い不満があった。積極財政やアジア外交で高市首相と異なるスタンスをとる者もいる。選挙期間中の「外為ほくほく」発言やNHK討論番組の直前欠席に眉をひそめる関係者もいた。だが、「泣く子と高支持率には勝てない」(閣僚経験者)ものであり、まさに「勝てば官軍」となる。今回の大勝で高市政権の打ち出した政策は加速するだろうし、〝裏金議員〟たちの復権も進むことになる。
新党結成で〝化学反応〟起きず
窮余の一策とはいえ、立憲と公明による中道改革連合の結成には誰もが驚いた。東京都の小池百合子知事に「ちょっとデジャブ(既視感)がある」と皮肉られながらも、一時期は「かなり手ごわい」(自民若手)と恐れられた。
だが、わずかな微風が吹くこともなく、中道は公示前の議席を3分の1まで減らす大惨敗を喫した。小沢一郎氏や岡田克也氏、枝野幸男氏、安住淳氏らの重鎮たちも軒並み〝討ち死に〟し、中道は瞬く間に〝消滅可能性政党〟と化したのだ。
中道勢力の結集にはプラスの〝化学反応〟が期待されたが、極めて控え目に言っても「1足す1が2に届かなかった」(野田佳彦前共同代表)。たとえば前回衆院選の比例区で両党は合わせて1752万票を獲得したが、今回、中道の得票は自民の半分の1043万票にすぎなかった。高市首相の勝負勘が冴(さ)えたのに対し、同じ松下政経塾出身ながら、野田氏の奇をてらう賭けは見事に外れたわけだ。「万死に値する」と詫(わ)びたのも当然だろう。
結党当初から、中道は「選挙互助会」「野合」などと痛罵された。〝生活者ファースト〟を謳う基本理念や選挙公約は掲げられたが、いずれもにわか仕立ての感が極めて強い。憲法改正や安全保障、エネルギー政策などについても十分に煮詰められた形跡はなく、抽象的な表現が目立つ。新党に参加したのが両党の衆院議員だけで、参院議員も地方議員も別々のままであることにも大きな疑問符が付けられた。
極めて楽観的ながら、参院選ならば保守政権への批判票の「受け皿」として中道はもう少し支持を集めたかもしれない。
だが、本来、衆院選は政権選択選挙であり、多数党が内閣を組織するものだ。このような急ごしらえの〝暫定政党〟が政権の「受け皿」として有権者に認識され、任されるわけはない。そもそも中道の首相候補が誰なのかでさえ、明確ではなかった。こうした野党への不満も、結果的に自民党を利した。
小選挙区の自民候補たちが心配したのは、各選挙区に1~2万票あるといわれる創価学会票の行方だった。しかし、26年間の協力関係から、地方ではいきなり「昨日の友は今日の敵」に頭と行動が切り替わらず、急展開の新党結成についていかなかった学会員も少なくない。公明の地方議員は中道候補の応援に駆け付けたが、出口調査などを見る限り、学会票の一定数は引き続き自民候補に流れ、存在感を発揮するには至らなかった。
中道も立憲も公明も、完敗のショックが大きくて当然だろう。だが、政権交代はまったく期待されなかったものの、相手が「一強」だろうと、臆せずに政権監視機能を発揮することは野党の厳粛な責務だ。参院では依然として野党が多数を持っている。中道のまま進むのか、あるいは元の形に戻るのかはともかく、「時代遅れ感のないリーダー」の下で野党勢力を立て直すことも喫緊の課題だ。一昨年、英国労働党は苦節14年で政権交代を実現したが、ただ待っていて〝海路の日和〟が来たわけではない。
「天王山」は2年半後
一方、政権基盤の強化に成功した高市首相は、財政や安全保障などの分野で一段と保守色を強めるが、自民党はもろ手を挙げて喜んでいいのかどうかは議論が分かれる。自民党の長期政権の秘訣(ひけつ)の一つは〝党内野党〟がいて、適度な〝振り子の論理〟で擬似政権交代が起きたことだ。
だが、保守色を強く押し出さなければ自民党は選挙で勝てないとの見方が定着することによって揺り戻しは起こりにくくなり、結果的に長期政権の〝保険〟を失うことになりかねない。右旋回しかできないハンドルは、車体全体にとって危険なのだ。さらに、将来の〝反動〟の可能性も懸念される。
当面、高市首相にとって最も注意すべきことは、国民が「こんなはずではなかった」と裏切られた感を抱くことだ。高市首相は高い支持率を誇るが、先の自民党の選挙公約をつぶさに読んだ有権者は皆無に等しいし、選挙公約にも数値目標や実施期限、財源などは明記されていない。高市首相が想定外の政策を打ち出したり、実行力を見せなかったりすれば、国民は目をぱちくりさせ、期待が瞬く間に失望に変わるだろう。飲食料品消費税率の2年間ゼロ化がまずその試金石となる。
他党との関係も微妙になった。自民党は単独で衆院の「3分の2」以上を獲得したため、維新との連立は数の上では不要になったし、国民民主にもあえて協力を求めなくてもよくなった。
しかし、妥協や譲歩をすることなく、自民党が再議決権を行使しながら自党の政策をどんどん推し進めれば「数の驕り」「大政翼賛会」などと批判される。逆に他党の主張に耳を傾けすぎれば、今度は〝岩盤保守層〟からの不満が噴出する。「3分の2」の議席は自民党にとってありがたい反面、実は厄介な数でもあるのだ。
外交や経済での軽率な言動が支持率を押し下げることも多分にある。高市首相は3月中旬にも初訪米する予定だが、前のめりになりすぎれば、大やけどを負いかねない。中国のレアアース輸出規制も、これから日本経済にジャブのように効いてくるかもしれない。「外為ほくほく」発言のようなことが繰り返されれば、経済界からの信任は薄くなる。これまでは比較的大目に見られていた言動も、これからは支持率を直撃する。
今回の選挙で当選した66名の〝高市チルドレン〟たちによる不祥事も、政権にとっては落とし穴になり得る。「魔の1回生」などと言われはじめたら、それだけで支持率は10%近く下落するだろう。しばらくの間、多勢に無勢で野党には悲愴(ひそう)感と無力感が漂うかもしれないが、大量の与党議員を眺めながら、週刊誌をはじめとするマスコミはすでに手ぐすねを引いて待っている。何らかの容疑で地検特捜部が動くようなことでもあれば、それだけで政権に激震が走る。
高市首相自身の人気で自民党を〝爆勝〟させた以上、順当に考えれば、来年9月の自民党総裁選で再選されることはほぼ間違いなく、国政選挙は2年半後の参院選までない。つまり、高市首相は「巨大与党」と「黄金の2年半」の両方を手に入れたため、理屈の上では思い通りの政権運営を行えるし、当然、成果を残していかなければならない。高市政権にとっての真の「天王山」は今年ではなく、場合によっては衆参同日選となる2028年の夏に訪れる。
政治行政アナリスト・金城大学客員教授 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に『総理の辞め方』『元総理の晩節』『現代日本の政治と行政』など。
(Kyodo Weekly 2026年2月24日号より転載)












