「特集」ゲームチェンジの行方 日本の滅びは水道から始まる
暮らす街の格差が剝き出しになる時代
綻(ほころ)びていく私たちの暮らし
今、全国各地で水道管が破損している。2025年1月には埼玉県八潮市で発生した下水管の破損とみられる道路陥没でトラックが転落し運転手の男性が亡くなった事故が起き、それを契機として全国各地で水道管・下水管の点検がはじまったが、その結果として多くの自治体で管の老朽化が進んでおり、破損や断水のリスクが高まっていることが明らかとなった。
その後も各地で連日のように水道管の破損のニュースが相次いだ。2025年11月の沖縄県では19万世帯におよぶ大規模な断水が発生したことは記憶に新しい。破損したのは約60年前に敷設された水道管であった。一般的に水道管の耐用年数はおよそ60年と言われており、約60年後に破損した格好となった。
断言しておくと、今回のような出来事は(規模の大小の差はあれど)これから全国各地の「日常風景」になっていく。いや厳密に言えば、ニュースにならないようなものを含めると実はすでに日常の一部であるが、私たちの元までその情報が届いていないだけだ。
ここ数年、文筆家としての仕事柄、地方議員や行政関係者と話をする機会に恵まれていて、そこでは水道管の話題が挙がることは多かった。東西を問わず、さまざまな自治体や議会の関係者がまるで示し合わせたかのように異口同音にこの問題を深刻な顔をして語っていた。私が彼らから聞かされた話は以下の通りだった。
・水道管の劣化や破損は最近ますます問題になっている。ニュースにはならない小規模なものだと毎月のように発生している
・今、町中に巡らされている水道管は古いものだと60年以上前に敷設されたものが今も現役で使われている。当然耐震化が未実施の箇所も少なくない
・水道管の耐用年数はおおむね50~60年程度で、使用状況にもよるが下水管の場合は腐食が著しく、もっと早くダメになることもある
・修繕せずに放置すると道路陥没や水道の寸断が起こってしまうのだが、コストの高騰によって工事の入札をかけても(仮に5年前ならやってくれた金額で出しても)入札が入らない
・純粋に人件費が高騰しているだけではない。そもそも土木関連の技術者が続々と引退・廃業してきている。地方だと若い人がいないから後継者がいない
・土木系技術職ではついに「公務員試験を免除して採用内定をする」という仕組みも始めるところがあると聞いたが(※筆者が調べたところそれは愛媛県松山市だった)、土木のみ秋採用を増やしたりプロセスを簡略化したりした優遇措置はあまり効果が上がっていない
・行政側と折衝しても「今あるものを使っていくしかない(壊れたらもう直せないので、その日が来ないことを願うしかない)」というだけの、なにも解決していない結論が出る
・首長が土木関連予算のカットを主導しているところは、見かけ上は子育て支援等に充てられるかもしれないが、その人が任期を終えて去ったあとのほうが弊害が大きくなるだろう。しかしその人はその時には辞めているか引退しているので責任を取らない。水道局だけの責任にされたくない
・円滑な保守点検を行うなら予算を捻出するために水道代を上げるといった方法はあるが、住民からの反発が大きすぎて現実性がない
彼らの所感について、ファクトを整理しながら考えていきたい。
物価高騰・人手不足
水道管の修繕などの事業を請け負う業者は土木・建設業だが、業界全体が急激な〝少子高齢化〟が進行している。
驚くべきことに今日本のすべての土木技術者のうち25%以上が60歳以上であり、ここから向こう10数年で「引退ラッシュ」が起こることが必至となっている。
他方で29歳以下の割合は全体の1割ほどでしかなく、業界全体が「後継者不足」に直面している。今どきの若い人はみな「とりあえず進学」を選ぶため、土木分野の技術者や職人を目指そうという人自体がそもそもいない。
そして全国各地で今、建設需要が高まっていることも事実だ。北日本だと石川県能登、東日本だと東京、西日本だと大阪、九州だと熊本にそれぞれ大きな需要(特需と言ってしまってもよいかもしれない)が発生していて、そうした地域の需要増がさらに単価を引き上げ、比較的報酬が低い地方の「お役所仕事」を受ける動機をますます減らしてしまっている。
現在の物価高騰による建材費・人件費の上昇も、自治体にとっては深刻な問題となっている。
約10年前の2015年と比較すると、建材費はおよそ5割近く高騰しており、それこそ5年ほど前ならそれで入札が通っていたような工事も、今では受注してくれる業者がいないのだ。
地方の自治体の実入りの悪い事業を受けるくらいなら、東京の再開発やTSMC(台湾積体電路製造)の仕事を請け負ったほうがよほど稼げるからだ。
財政的な余力のない自治体はもはや工事の発注すらままならず「今あるものが壊れないように祈りながら使う」状況に追い込まれつつある。
先述したとおり水道管の耐用年数は長く見積もっても60年ほどであり、厄介なことに1960年代に敷設されたものが世の中には多くあって、それらが今まさに時限爆弾のように同時多発的に全国各地で破損しているのだ。

水道管の破損は年2万件
ある地方議員から「ニュースにはならない小規模なものだと毎月のように発生している」という話を聞かされたとき、私は半信半疑だったのだが、後で調べてみて驚かされた。
今もうすでに水道管の破損・漏水・断水事故は全国で年2万件ほど起こっていると推計されている。
僻地(へきち)は言うまでもないが、大都市圏でも老朽化の著しい箇所は少なくないという衝撃的なデータが示されている。
陥没事故を起こした埼玉県八潮市も立地的には東京都足立区に隣接しているいわば「都市部」のエリアである。そんな場所ですら足元では水道管が腐食しているのだ。
まだ大都市部はすぐに「動員」をかけられるだけの物的・人的リソースに余力があるため早期の修繕は可能だが、そんなリソースがどこにもない地域で今後上下水道に故障や破損が起きてしまったら、その地域の復旧には相当の時間を要するか、最悪の場合は復旧することすらままならず諦めるしかなくなることもあり得る。
特に向こう10数年で人口減少が加速して「消滅可能性」が高まる自治体においては、道路・上下水道といった土木・建設インフラの破綻は、その規模によっては〝放置〟されてしまう可能性が高い。
水道管が壊れたら壊れっぱなしになる、水道がなくて住めなくなる―ということ自体はもちろん寂しくも遺憾なことではある。すっかり貧しく弱い国になってしまったと嘆く向きも理解できる。
しかし、どんな山あいの僻地にだって道路や上下水道が張り巡らされていた「戦後日本」が異常に贅沢(ぜいたく)だっただけで、かつてのような人口増加・経済成長を続けるイケイケの国ではなくなった令和の時代の日本は、ふたたび身の丈に合ったインフラ水準に見直して、適切にダウンサイジングするべき時期が来ているという見方もできる。
社会福祉優先に振り切ってしまったツケ
総務省の「地方財政白書」によると、市町村の土木費はピーク時の1993(平成5)年ごろには12兆円近くあったが、2023(令和5)年にはそれが半減して6兆円程度にまで落ち込んでしまっている。
一方で1993年には8兆円ほどだった社会福祉費が、2023年には26兆円と3倍近くに膨れ上がってしまっている。高齢者を中心とした福祉に手厚く予算を配分する現在の行政政策の傾向そのものを改めないと、生活インフラの維持は困難になる。
子育て世帯や高齢世帯に金銭的助成をバラまいて人気を得る、そのための予算を土木費を削って捻出する手法は、全国各地の自治体の首長(候補者)が競ってやりたがる。ある種のポピュリズムである。
その瞬間は住民たちの懐が温まるので喜ばれるかもしれないが、それは結局のところ種籾(たねもみ)を食っていることと等しい。バラまかれたカネの財源はもともと自分たちの税金だし、土木の修繕に回さなかった分だけ後から道路や水道管にツケが出る。
そのツケが出たころには音頭を取っていた〇市長や〇町長はたいてい任期を満了して去っていて、在任中には地域住民から大人気だった人物としてテレビのコメンテーターになったり、国政進出を果たしていたりする。私はそれをインチキだと思うが、世の中は案外そういう人を褒(ほ)めたりするので分からないものだ。
暮らす街の格差が剝き出しになる時代
私は若い人にしばしば「暮らす街を選ぶときは、公共事業がどれだけ順調に入札されているのかを調べたほうがよい」と助言している。各自治体はウェブサイトで公共事業の入札情報を公開しているので簡単に調べられる。
インフラ関連の事業で入札不調をくり返している自治体は端的に言って危うい。将来的にはほぼ確実に生活インフラが機能不全を起こし、QOL(生活の質)が大きく低下するリスクがある。
「パワハラ知事」として一部の人びとからは蛇蝎(だかつ)のごとく忌み嫌われている斎藤元彦兵庫県知事だが、このインフレが激しい局面で自治体が取るべき対応をきちんと取っているという点ではきわめて優秀だ。
住民負担をさらに大きくして予算にさらに厚みを持たせてインフレに対応するのではなく、そもそも数年前の物価水準(と放漫財政)を前提に見積もられていた計画を抜本的に縮小して、ついでに外郭団体(別名:天下り団体)も整理して予算を割かないといった方法で乗り切ろうとしている。
これまでの時代、インフラが維持されるのはどんな街であれ当たり前だった。おそらくは、それがなくなるかもしれないなんて、誰も気にしたことがないくらいには。
だがこれからは違う。自治体の財政状況や事業計画の実行能力、すなわち「インフラを維持する能力」そのものが、地域のQOLを左右する。
蛇口をひねれば安全な水が出て、ガス管や道路が定期的に補修されるという当たり前が、もはや当たり前ではなくなる。その静かな崩壊の予兆は、水道管の破裂や入札不調という形で日本中に現れている。
今はまだマスコミに大々的に報じられることはないが、あと10数年もすれば、各地の街々がどのような道を歩んできたのか、その「答え合わせ」が同時にはじまる。
文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺圭(みたてら・けい) 会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義で広範な社会問題についての言論活動を行う。著書に『矛盾社会序説 その「自由」が世界を縛る』(イースト・プレス)のほか、『ただしさに殺されないために 声なき者への社会論』(大和書房)などがある。
(Kyodo Weekly 2026年3月16日号より転載)













