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海水から国産肥料の原料を回収

多量のナトリウムが含まれる海水からカリウム資源を選択的に回収する技術の開発

ポイント
・ プルシアンブルー型錯体を塗布した電極に電気を流すことで、選択的にカリウムイオンを吸着・脱離
・ 複数回の処理により、海水のナトリウムイオンを99%以上排除し、カリウムイオンを10倍濃縮し回収
・ 農作物の生育に必要なカリウム資源を国内で安定的に生産する技術につながると期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)材料基盤研究部門 山口匡訓 研究員、富山健男 産総研特別研究員、田中寿 研究グループ長、川本徹 首席研究員は、海水からカリウムを選択的に回収する技術を開発しました。

カリウム(K)は、窒素(N)・リン(P)と並んで植物の成長に不可欠な三大栄養素の一つです。その主な生産地は限られており、日本ではほとんどを輸入に依存しています。そのため、地政学的リスクや周辺有事の影響を受けやすく、安定供給には懸念があります。一方、海水には量としては多くのカリウムが含まれていますが、約0.04%と濃度が低いことで、有効利用できていません。現在、苦汁(にがり)からカリウムを回収する手法は存在しますが、海水から食塩を製造する際の副生成物であるため、生産量に限りがあります。豊富に存在する海水からカリウムを直接回収できれば、国内需要を満たすカリウムを供給できる可能性があります。しかし、海水中のカリウムイオンの濃度は、化学的性質が似た競合イオンであるナトリウムイオンに比べ重量比で25分の1程度と低いことから、高純度で回収することは困難でした。

今回、この課題に対し、産総研は、プルシアンブルー型錯体を薄く塗布した電極を電気化学的に制御して、海水からカリウムイオンを選択的に吸着脱離する技術を開発しました。この技術を用いて模擬海水から吸着・脱離を3回行うことで、海水のナトリウムイオンを99%以上排除し、カリウムイオンを10倍以上濃縮した水溶液を得ました。今後、カリウムイオン水溶液の濃度をさらに高めることで、農作物の生育に必要なカリウム資源を、国内で安定的に生産する技術へと発展できると期待されます。

なお、本研究成果の詳細は2025年5月8日に「Water Research」誌にオンライン掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

開発の社会的背景

植物の成長に欠かせない三大栄養素である窒素・リン・カリウムは、生産地が偏っているなどの理由から、日本ではそのほとんどを輸入に頼っています*1。そのため、地政学的な問題に左右され、肥料価格の高騰や、国内で栽培される農作物の価格高騰を招く可能性があり、また、周辺有事の際などには食料安全保障の面から危機的状況が引き起こされる懸念があります。そこで日本政府は、農作物を安定的に生産し、食料自給率を向上させることなどを目的に、肥料の国産化を食糧安全保障強化政策の一環として進めています*2。

そのうちカリウムについては、周りを海に囲まれた日本において、海水から効率よく回収する技術を開発できれば、肥料の国産化につながる重要な技術となり得ます。既存の技術としては、食塩を海水から作る過程で生じる苦汁などを利用して塩化カリウムを生成する手法が知られていますが、あくまでも副生成物として生成する手法であるため、生産量に限りがあります。海水にはナトリウムイオンなど化学的性質が似た競合イオンが多量に含まれる上、カリウムイオンの濃度が低いため、直接的に回収することは困難でした。

研究の経緯

プルシアンブルーは18世紀に発明された人工顔料です。産総研では、プルシアンブルーやプルシアンブルーの金属イオンの種類と比率を変えたプルシアンブルー型錯体を活用し、大気中のアンモニアや水中のアンモニウムイオンを選択的に吸着・脱離するための吸着材を開発してきました(2019年1月23日2025年3月12日産総研プレス発表)。

今回は、プルシアンブルーの吸着材としての性質を活用・発展させて、競合イオンが多く存在する中で、低濃度で含まれているカリウムイオンを選択的に回収できる技術の開発を目指しました。カリウムイオンの吸着に選択性がある材料を探索し、中心金属がニッケルと鉄のプルシアンブルー型錯体を見いだし、それらを塗布した電極を用いて、電気化学的に吸着・脱離を繰り返すことで、模擬海水からのカリウムイオン回収を試みました。

なお、本研究開発は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築」(JPJ012287:研究推進法人:生研支援センター)による支援を受けています。

研究の内容

さまざまなプルシアンブルー型錯体を電極に用いて、ナトリウムイオンが過剰な溶液からカリウムイオンを選択的に回収できる吸着材を探索しました。水の電気分解電圧以上で吸着や脱離が起こる場合には、副反応が生じるため、電気エネルギーのロスや材料の不安定化などの問題が発生し、吸着材としては適さなくなります。探索した材料の中で、中心金属がニッケルと鉄のプルシアンブルー型錯体(NiHCF)が、水の電気分解電圧以下でカリウムイオンを選択的に回収できる適切な吸着材であることを見いだしました。さらに、この吸着材に導電助剤バインダーを混ぜ合わせ、電気が流れるようにしたものを金属集電体上に塗布することで、電気化学的な吸着・脱離に使用できる電極を開発しました(電極=金属集電体+(吸着材+導電助剤+バインダー))。

また、電極についても検討を行いました。競合イオンを多量に含み、カリウムイオンが希薄な海水から選択的にカリウムイオンを回収する場合、プルシアンブルー型錯体を厚み数十マイクロメートルで塗布した場合には、電極面積当たりの吸着量が少なく、吸着容量を増やすために大面積の電極が必要です。一方で、電極面積当たりの吸着量を増やすためにプルシアンブルー型錯体を厚み数ミリメートル塗布した場合は、電極内の液拡散が不十分となり、電極表面でのカリウムイオン吸着に伴って電極内の液中カリウムイオン比が減少するため、電極全体としての吸着材本来の選択性を生かせません。これら吸着容量と選択性の課題を解決するために、体積当たりの比表面積の広い金属集電体を用いることを発案しました。今回使用した金属集電体は網目状の金属であり、吸着材を塗布した際に選択性を維持したまま使用できるように、穴のサイズや空隙率を最適化しました。この集電体に表面処理を施すとともに、吸着材を塗布するための分散液濃度を制御することによって、集電体表面に吸着材が薄く塗布できるようにしました。

この集電体電極を用いた結果、高いカリウムイオン選択性を維持しつつ、厚み数十マイクロメートルのプルシアンブルー型錯体を塗布した電極よりも電極単位面積あたり10倍の吸着量を得ることができました。あわせて、プルシアンブルー型錯体を塗布した電極を両極に用い、間にアニオン交換膜を挟んだ電気化学セルを構築(図2)しました。カリウムイオンなどのカチオンを通さず、塩化物イオンなどのアニオンだけを通す交換膜を挟んだことで、吸着と脱離の同時進行を実現し、必要な電気量を半減しました。

この電気化学セルを用い、競合イオンとしてナトリウムイオンを多量に含む一方で、カリウムイオンが希薄な模擬海水(カリウムイオン/ナトリウムイオン重量比 0.035)に対して、吸着・脱離を行い、脱離液を再度別の電気化学セルで吸着・脱離することで、多段階的に複数回処理を行いました。その結果、模擬海水に比べ、ナトリウムイオンを99%以上排除し、カリウムイオン濃度を10倍以上にすることに成功しました(図3)。このときのカリウムイオン/ナトリウムイオン重量比は約78.8であり、模擬海水の約2000倍以上に精製できたことになります。

これまで海水からのカリウムイオンの回収には、副生成物として回収する間接的な技術が用いられていたため、カリウム塩の生産量に限りがありましたが、本技術を利用することによりカリウム資源を海水から安定的に直接回収できる可能性を示しました。

今後の予定

今後、回収するカリウム溶液を液肥などに利用可能な濃度まで濃縮する技術の開発を進めます。その上で、低コストで肥料の固体化を可能にする技術の開発も目指します。あわせて、実用化を目指した処理工程の簡略化や実海水での検討も進めます。

論文情報

掲載誌:Water Research
論文タイトル:Adsorption selectivity of nickel hexacyanoferrate foam electrodes and influencing factors: extraction of a 98% potassium fraction solution from pseudo-seawater
著者:Takeo Tomiyama, Masakuni Yamaguchi, Yuta Shudo, Tohru Kawamoto, Hisashi Tanaka
DOI:10.1016/j.watres.2025.123796

用語解説

苦汁(にがり)
海水から食塩を取り出した後に残る液。製塩の副産物で、カリウムイオンやマグネシウムイオンなどのミネラル成分が濃縮されています。

競合イオン
吸着材が目的イオンを吸着する際に、それと同じ場所(吸着サイト)を狙って競い合う他のイオンのこと。プルシアンブルー型錯体内部のカリウムイオンの吸着サイトには、カリウムイオンと同じアルカリ金属で、1価のカチオンであるナトリウムイオンなどが吸着する可能性があることから、本稿の「競合イオン」はナトリウムイオンなどのことを指します。

プルシアンブルー型錯体
プルシアンブルーは、18世紀から利用されてきた青色の人工顔料であり、葛飾北斎やゴッホにも利用され、長い歴史を有しています。プルシアンブルーは、金属イオンの種類や比率を制御しながら化学構造の似たものを合成することができ、それらはプルシアンブルー型錯体と呼ばれています。本稿では、中心金属がニッケルと鉄のプルシアンブルー型錯体を用いています。

吸着
気体や液体中の分子やイオンが、固体表面に付着する現象。吸着現象を示す材料を吸着材と呼びます。本稿では、プルシアンブルー型錯体を吸着材とし、カリウムイオンまたはナトリウムイオンを電気化学的な反応を利用して、液中から吸着しています。

脱離
固体の表面に吸着していた分子やイオンが離れて、気体や液体中に戻る現象。本稿では、プルシアンブルー型錯体に吸着したカリウムイオンまたはナトリウムイオンを電気化学的な反応を利用して、液中に脱離しています。

電気化学的な吸着・脱離
プルシアンブルー型錯体から電子を引き抜く(還元)もしくは注入する(酸化)ことで発生するイオンの吸着もしくは脱離現象。プルシアンブルー型錯体の電荷バランスを変えることで、カチオンの吸着・脱離を可能とします。本稿では、この現象を利用して、カリウムイオンまたはナトリウムイオンなどを吸着・脱離しています。

水の電気分解電圧
水が水素や酸素に分解する現象が生じる電圧。本稿では、この電圧以下で電気化学吸着・脱離を起こすことで、注入した電子などが水の電気分解に利用されないようにしています。

導電助剤
電気を通しにくい材料の導電性を高めるために添加される補助材料。

バインダー
粉末状の材料をまとめて固め、電極の形を維持するために使われる接着剤のような材料。

金属集電体
電子の通り道を作るための金属などを指します。本稿では、プルシアンブルー型錯体から電子が移動する際の通り道であり、効率よく電子を注入もしくは引き抜くために使用しています。あわせて、プルシアンブルー型錯体を支える役割も持ちます。

分散液
液体の中に固体や液体、気体などの微粒子が均一に散らばっている状態の液体。

注釈

*1 肥料をめぐる情勢(農林水産省、2025年5月)より
*2 食料・農業・農村基本計画(農林水産省、2025年4月)より

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250623/pr20250623.html

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