銀座四丁目|Ginza 4-chome: 画像一覧(1)
1923(大正12)年9月、銀座4丁目付近の惨状。架線が垂れ下がり、自動車や市電の残骸が転がる。右の鉄骨組みの建物は第一徴兵保険が建設中の銀座ビルで、松屋が借りることになっていた。中央奥は京橋方向で第一相互館が見える。(日本電報通信社撮影)
1933(昭和8)年9月1日、関東大震災から丸10年、復興した銀座4丁目交差点付近を6丁目の松坂屋屋上から京橋方向に望んだ景観。中央左の白いビルは1932(昭和7)年竣工の服部時計店(現和光)で、時計は震災発生時の11時58分を指している。右手に1930(昭和5)年竣工の三越銀座店、その後方に重なって1925(大正14)年5月開店の松屋が見える。中央通りの突き当たりは京橋の第一相互館。(日本電報通信社撮影)
2011(平成23)年12月、現在の銀座4丁目交差点付近の姿。
1923(大正12)年9月、銀座4丁目付近の惨状。架線が垂れ下がり、自動車や市電の残骸が転がる。右の鉄骨組みの建物は第一徴兵保険が建設中の銀座ビルで、松屋が借りることになっていた。中央奥は京橋方向で第一相互館が見える。(日本電報通信社撮影)
1933(昭和8)年9月1日、関東大震災から丸10年、復興した銀座4丁目交差点付近を6丁目の松坂屋屋上から京橋方向に望んだ景観。中央左の白いビルは1932(昭和7)年竣工の服部時計店(現和光)で、時計は震災発生時の11時58分を指している。右手に1930(昭和5)年竣工の三越銀座店、その後方に重なって1925(大正14)年5月開店の松屋が見える。中央通りの突き当たりは京橋の第一相互館。(日本電報通信社撮影)
2011(平成23)年12月、現在の銀座4丁目交差点付近の姿。
