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からだに安全な材料だけで微小液滴「マイクロカプセル」をつくる

油・界面活性剤を使わず、機能性成分を内包した液滴をつくる新手法を開発

ポイント
・ 油や界面活性剤を使わずに、生体に安全な材料だけで、従来では難しかった20マイクロメートル以下の大きさが揃った微小液滴「マイクロカプセル」をつくる技術を開発
・ 特別な装置や複雑な操作は不要。シリコーンゴム製のマイクロ流路が持つ脱水の性質を利用し、置いておくだけでひとりでにマイクロカプセルが形成
・ 細胞や核酸、抗体、ナノ粒子などを内包でき、医薬品、再生医療、食品、化粧品など、より安全で付加価値の高い製品開発に貢献

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)健康医工学研究部門 平野研 主任研究員は、同志社大学生命医科学部 吉川研一 客員教授、同理工学部 塩井章久 教授、庄野真由 研究員(研究当時)と共同で、油や界面活性剤を一切使わずに、生体に安全な材料だけを用いて20マイクロメートル以下の大きさが揃った微小な液滴(マイクロカプセル)をつくる技術の開発に成功しました。

医薬品や食品、化粧品といった私たちの身近な製品では、成分の品質を保ち、その効果を高めるために、目に見えないほど小さなカプセルに成分を閉じ込めるマイクロカプセル技術が広く使われています。特に20マイクロメートル以下のマイクロカプセルは、実用化の際の機能性や使い心地の面から期待されています。しかし従来の一般的な製法では、油や界面活性剤が用いられることが多く、製品への残留や環境への負荷などが課題となっています。

今回、生体適合性がある安全性の高い水溶液のみで大きさの揃ったマイクロカプセルをつくる技術を開発しました。油や界面活性剤を使わないため、人にも環境にも優しい作製法といえます。さらに、置いておくだけで液滴がひとりでにつくられるため、特別な装置や複雑な操作も必要ありません。また、このマイクロカプセル内部に細胞や核酸、抗体、ナノ粒子などを閉じ込めることができます。医薬品、再生医療、食品、化粧品など、より安全で持続可能な製品開発が求められる多様な分野での応用が期待できます。

なお、この技術の詳細は、2025年6月8日に「Small Methods」にオンライン掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

開発の社会的背景

私たちの暮らしの中では、目に見えないほど小さな液滴にさまざまな成分を閉じ込める「マイクロカプセル技術」が、多くの製品で活用されています。例えば、薬を飲むと体の中でゆっくりと効果を発揮するようにしたり、化粧品に含まれる美容成分が使う瞬間まで新鮮さを保つようにしたり、あるいは食品の風味や栄養を長持ちさせたりします。このように特定の成分をマイクロカプセルに閉じ込めることで、製品の成分の品質を保ち、その効果を高めることができます。

こうしたマイクロカプセルの効果を最大限に引き出すには、「大きさが揃っていて、できるだけ小さいこと」が鍵となります。例えば、医薬品では有効成分を目的の細胞や組織へ効率よく届けられ、化粧品では美容成分の肌なじみが良くなるだけでなく、使い心地も滑らかになります。食品においても、舌触りの良さといった食感の向上に繋がります。しかしながら「大きさが揃っていて、できるだけ小さいこと」は、多くの分野で利点があるものの、従来の作製法には二つの大きな課題がありました。

まず、一般的な油や界面活性剤を用いる作製法では、製品への残留による安全性の低下や環境への負荷という懸念があります。また、安全な水溶液のみを用いる作製法では、小さく、かつ大きさを揃えたマイクロカプセルをつくること自体が技術的に難しく、特に直径20マイクロメートル(髪の毛の太さの4分の1ほど)を下回る大きさのものを安定してつくることが困難でした。

このような背景から、特に私たちの口に入る医薬品や食品、肌に直接触れる化粧品などにおいては、より安全な材料を用い、製造工程もシンプルで、人にも環境にも優しい新しいマイクロカプセル技術への期待が高まっています。近年では、消費者の間で、食品や化粧品に使用される成分の情報の透明性や安全性への関心が高まっていることも、こうした新しい技術開発を後押ししています。

研究の経緯

産総研では、髪の毛よりも細い微細な空間で液体を精密に操る、先進的な「マイクロ流体デバイス」の研究開発を進めています 。今回の研究は、このデバイスの材料として広く使われるシリコーンゴム(PDMS)が持つ、見過ごされがちだった「脱水する」というユニークな性質に着目したことから始まりました。

通常、水溶性の材料だけで均一なマイクロカプセルをつくることは困難でした。しかし、私たちはこの脱水する性質を利用すれば、濃度の低い二種類の水溶液を混ぜて流路に入れるだけで、内部で自然に濃縮が起こり、油や界面活性剤を使わなくても、置いておくだけでマイクロカプセルがひとりでに形成されるのではないか、という仮説にたどり着きました。本成果は、この独自の着想を実証したものです。

研究の内容

本研究では、生体適合性が確認されている安全性の高い材料であるシリコーンゴム(PDMS)で、微細な流路を持つマイクロ流体デバイスを作製しました。このデバイスのシリコーンゴムが持つ「脱水する」という性質を利用するのが、本技術の最大のポイントです。

まず、2種類の水溶液(ここでは、ポリエチレングリコール(PEGデキストラン(DEX)を、相分離が起こらない程度の低い濃度で均一に混合します。この混合水溶液をマイクロ流路に導入すると、混合水溶液中の水分だけがシリコーンゴム製の流路壁中へとゆっくり通り抜け、流路内でPEGとDEXの濃度が徐々に高まっていきます。一定の濃度を超えると、均一に混合した水溶液が2つの水溶液に分かれ始めるという、水ー水相分離の現象が起きます。その結果、DEXを主成分とする微小な液滴(マイクロカプセル)がひとりでに形成されます。このとき、相分離する溶液がマイクロ流路内に閉じ込められていることで、液滴が流路の幅と同じ大きさになると動きが制限されて、マイクロカプセル同士の余分な合体が抑えられます。結果として、大きさが揃ったマイクロカプセルが一列に整然と並んだ状態で安定します(図1)。従来の水ー水相分離を利用する手法では安定してつくるのが難しかった20マイクロメートル以下の大きさが揃ったマイクロカプセルを、特別な装置や複雑な操作なしに実現しました。

さらに、マイクロ流路の幅を変更するだけで、生成されるカプセルのサイズを5マイクロメートルから20マイクロメートルの範囲で精密に制御できることも実証しました(図2)。

この手法の大きな利点は、マイクロカプセルが形成されると同時に、あらかじめ混合水溶液に加えておいたさまざまな物質をマイクロカプセル内部に効率よく内包できる点です。本研究では、実際に核酸、抗体、ナノ粒子 (200ナノメートル)、さらには細胞の一例として大腸菌を内包できることを確認しました(図3)。特に核酸とナノ粒子においては、100%に近い高い封入効率を達成しています。

このように、本研究は「シリコーンゴムの脱水作用」という物理現象を利用することで、プロセスの抜本的な簡略化と、従来は難しかった水ー水相分離による20マイクロメートル以下のマイクロカプセルを安定してつくることに世界で初めて成功しました。①安全な水溶性の材料だけで、②均一で微細なマイクロカプセルが、③シンプルなプロセスでひとりでに形成され、④その内部に多様な機能性成分を内包する本技術は、基盤技術として幅広い産業分野への貢献が期待されます。

今後の予定

本技術は、従来のマイクロカプセル作製技術が抱えていた、油や界面活性剤の使用に伴う残留物の安全性の低下や環境負荷への懸念といった課題を解決するものです。特に、クリーンで安全な製造プロセスが求められる医薬品、再生医療、食品、化粧品といった分野において、高い有用性を持つと期待できます。

今後は、マイクロカプセルをさらに小さくし、より多様な有効成分を、狙い通りに、かつ高い効率で封入する技術の高度化を進めます。また、本技術はPEG/DEX系だけでなく他のさまざまな高分子材料の組み合わせにも適用可能です。その拡張性を生かし、使用用途に合わせて機能を最適化できるマイクロカプセルの開発にも取り組みます。さらに、マイクロ流路は一本一本が非常に細く、切手一枚ほどの基板上に数百本以上を並べて配置(並列化)することが可能です。多数のマイクロ流路を集積・積層し、一度に大量のマイクロカプセルをつくる量産化技術の確立も目指します(図4)。

これらの技術開発を通じて、さまざまな産業界のニーズに応えるとともに、幅広い企業との共同研究も積極的に進め、本技術の実用化と社会実装を加速させていきます。

論文情報

掲載誌:Small Methods
論文タイトル:A Facile Platform for One-Step Generation of Uniform Microdroplets through Dehydration-Driven Phase Separation in Microfluidics
著者:Ken Hirano, Mayu Shono, Akihisa Shioi, Kenichi Yoshikawa
DOI:10.1002/smtd.202500387

用語解説

界面活性剤
水と油のように本来混じり合わない物質同士の境界面に作用して、互いに混ざり合うように性質を変化させる物質の総称。
身近な例では石鹸や洗剤の主成分として知られています。また、食品や化粧品では、大豆由来のレシチンなどの成分を均一に混ぜ合わせる「乳化剤」として利用されます。マイクロカプセルを製造する一般的な工業プロセスでは、より強力な合成界面活性剤が用いられることもあります。そのため、最終製品への残留が安全性への懸念となる場合があります。

マイクロカプセル技術
液体や固体の微小な粒子(有効成分など)を、高分子などの薄い膜で被覆し、外部環境から保護したり、放出を制御したりする技術。医薬品、食品、化粧品など幅広い分野で活用されています。

生体適合性
ある材料を生体(体内や皮膚)に適用した際に、拒絶反応や炎症、毒性といった有害な反応を起こしにくい性質のこと。医療機器やインプラント、化粧品などの開発において重要な指標となります。

マイクロ流体デバイス
髪の毛の太さほどの、目に見えないくらい細い流路を内部に持つ、数センチ四方の基板やチップ。ごく微量の液体を精密に操作できるため、「チップ上の化学工場」とも呼ばれ、化学・生物・医療などの研究開発などに用いられています。

PDMS
シリコーンゴムの一種。正式名称はポリジメチルシロキサン。生体適合性が高く、透明で、微細な形状を簡単に作製できるため、マイクロ流体デバイスの材料として広く用いられています 。本研究では、この材料が持つ「脱水する」性質を利用しています。

ポリエチレングリコール(PEG
水に溶けやすい高分子の一種で、人体への安全性が高いという優れた特性を持っています。そのため、医療分野では塗り薬(軟膏)の基剤や錠剤のコーティング剤として利用されるほか、大腸内視鏡検査で服用する下剤の主成分にもなっています。私たちの身の回りでは、化粧品の保湿成分や、水分と油分をなじませる乳化剤として化粧水やクリームに、また歯磨き粉の湿潤剤としても配合されています。その他、工業製品にも広く使われる、非常に汎用性の高い物質です。

デキストラン(DEX
ブドウ糖が多数つながってできた、天然由来の高分子(多糖類)の一種。その高い安全性を活かし、医薬品の分野では、目薬に「とろみ」をつけて乾燥を防ぐ成分や、点滴で用いられる血漿増量剤(けっしょうぞうりょうざい)として利用されています。また、食品添加物としても身近で、お菓子やソースの食感を良くする増粘安定剤として使われています。さらにバイオテクノロジーの分野でも、細胞やタンパク質を分離・精製するための材料として活用されるなど、非常に幅広い分野で活躍する物質です。

マイクロ流路
マイクロ流体デバイスの内部につくられた、幅や高さがマイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)単位の微細な流路のこと。

水―水相分離
水に溶ける2種類の物質(例えば、高分子のPEGとDEX)を一定の濃度以上で水に混ぜ合わせた際に、油と水のように混ざり合わずに2つの水溶液相に分離する現象。細胞内でも同様の現象が起きており、生命現象との関わりも注目されています。

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250625/pr20250625.html

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