気候変動で拡大する長良川中流域の水害リスク
ハザードの変化とその社会的影響を詳細に予測
2025/6/20
岐阜大学
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
SOMPOインスティチュート・プラス株式会社
気候変動で拡大する長良川中流域の水害リスク- ハザードの変化とその社会的影響を詳細に予測 -
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学(所在地:岐阜県岐阜市 岐阜大学長:吉田 和弘、以下「岐阜大」)とSOMPOインスティチュート・プラス株式会社(本社:東京都新宿区 取締役社長:司波 卓、以下「SI+」)は、2022年4月から2025年3月までの3年間、気候変動による水害リスク予測および社会影響に関する共同研究を実施しました。
岐阜大では、長良川中流域を対象に、現在気候下での洪水ハザードが2℃上昇によってどのように変化するかを推定したうえで、地形や堤防の配置に基づいて氾濫ブロックを分割・特定し、重要水防箇所および越水に対する堤防評価の結果を踏まえて破堤箇所を抽出しました。次に、それらの結果をもとに気候条件・洪水発生確率・破堤箇所・洪水波形の組み合わせが異なる240ケースの氾濫・浸水条件を設定し、それぞれにシミュレーションを実施して、浸水域の状態を25mメッシュ単位で網羅的に予測しました。また、シミュレーションの実施がコスト面などから難しい中小河川を対象に、洪水リスクを既存の浸水想定結果(計画規模、想定最大規模)から簡易推定する手法を検討したほか、洪水リスク情報の活用に向けた課題を探るため、洪水リスクマップの理解と活用に関するアンケートを実施しました。
成果の概要は以下のとおりです(詳細は別紙参照)。
長良川中流(岐阜市忠節基準点)では、2℃上昇に伴い、洪水ピーク流量が現在気候下に比べて、1.08~1.16倍に増加すると予測される。
氾濫ブロック単位のハザード情報(破堤箇所や浸水想定範囲など)は、氾濫・浸水条件の検討・設定に資するだけでなく、従来の浸水想定区域図と比べて破堤箇所と浸水被害との関係が直感的に理解しやすいため、防災・減災に関する地域の意思決定にも活用が期待される。
2℃上昇下で浸水域は拡大し、洪水発生確率が低い(洪水規模が大きい)ほど浸水域が広がるなど、氾濫・浸水条件と浸水域の間に一定の傾向はある。しかし、浸水発生場所・面積・最大浸水深は、気候条件・洪水発生確率・破堤箇所・洪水波形の組み合わせごとに複雑に変化し、一意には定まらない。
洪水リスクの簡易推定手法については、推定結果の精度評価が課題として残った。また、中学生などを対象にしたアンケート結果から、現在全国的に整備が進められている洪水リスクマップの活用には、防災の知識を持つ人のサポートが望ましいことが示唆された。
SI+では、上記の240の氾濫・浸水予測結果を被害発生シナリオとして設定し、それぞれの人的・経済的被害を、一般的な分析よりも詳細に(25mメッシュ単位で)推計しました。そのうえで、浸水の発生場所・面積・最大浸水深が気候条件や洪水発生確率だけで定まらないこと(上記③)を踏まえ、多様な被害発生シナリオから得られた推計結果に対して確率的な評価を行いました。これにより、市町村単位など地域全体の被害量の発生確率(地域スケールの水害リスク)や、25mメッシュなど地点ごとの最大浸水深の発生確率(地点スケールの浸水リスク)を定量的に評価しました。さらに、氾濫・浸水に備えた土地利用や住まい方の工夫に向けて、適応策の被害軽減効果の試算にも取り組みました。
成果の概要は以下のとおりです(詳細は別紙参照)。
国土交通省PLATEAUの3D都市モデルデータを活用し、国勢調査などの統計データ(250~500mメッシュ)を25mメッシュ単位の建物階数別データへと高解像度化することによって、人口や事業資産の分布特性、避難可能性に関わる階建てなどの建物条件を反映した、より詳細な被害分析が可能となった。
地域全体の経済的被害額は、2℃上昇に伴い現在気候下に比べて、1.4~5倍に増加すると予測される。
浸水域内の人口を浸水深別に分析すると、将来、気候変動による浸水深の増加と高齢化率の上昇が相乗的に影響し、高浸水リスク域内の高齢者人口が大幅に増加する可能性がある。
地域ごとの被害発生確率カーブや25mメッシュごとの浸水発生確率カーブを用いることで、気候変動に伴う地域スケールまたは地点スケールのリスク変化、さらには適応策の被害軽減効果を推計できる。
今回の成果は、河川の氾濫に備えた土地利用や住まい方の工夫を通じて、気候変動への適応、防災・減災、まちづくりのベストミックスを探るうえで、国や地方自治体にとって有用な情報だと考えられます。
岐阜大およびSI+では、引き続き、気候変動に伴う水害リスク研究に取り組んでいく予定です。
1.研究の背景
近年、企業における気候関連情報開示の重要性が高まり、温室効果ガスの排出を抑制する「緩和」とともに、気候変動下での被害を最小限に抑える「適応」への関心が高まっています。すでに気候変動に伴う自然災害の激甚化が指摘されており、行政のみならず地域住民や企業が協力して将来に向けた備えを進めていくことが求められています。
将来の水害リスクに関しては、パリ協定の掲げる2℃目標が達成された場合でも、100年から200年に1回起きる大雨の規模(降雨量)が約1.1倍になり、河川の流量は約1.2倍に増加し、洪水の発生頻度は約2倍になると予測されています。しかし、これらは全国を対象にした平均的な値であって、実際の水害リスクの変化や、それに伴う被害拡大などの影響には地域差があり、望ましい対処の方策も地域によって異なります。今後は、それぞれの地域が気候変動への対応を長期的な地域課題として捉え、地域レベルの将来予測に基づき、地域に調和した適応策を検討することが重要だと考えられます。
また、現在の水害リスク情報に関しても、一般的な洪水ハザードマップや水害リスクマップは、最大クラスの洪水に備えることを目的とするなど、安全側の想定に基づいて作成されたものであり、リスクの高い地点と低い地点の濃淡がわかりにくく、また、個々の地点における浸水の発生確率(浸水の発生頻度)が明示されていないといった課題があります。
そこで、気候変動への対応という長期的な地域課題の解決に資するため、岐阜県の長良川中流域を対象として、気候変動による洪水ハザード等の変化の地域レベルの予測、地域の浸水リスクや社会への影響の定量化・見える化、さらには地域の特性に応じた適応策の検討に取り組みました。
2.研究成果
① 長良川中流域における洪水ハザードの気候変動に伴う変化
岐阜大では、d4PDFの降雨データ(過去実験3,000年分、2℃上昇実験3,294年分)を用いて、洪水流出解析を行い、岐阜市忠節基準点における時刻流量から、年最大流量の発生前後48時間の流量の変化を解析し、年最大となる洪水と流量の時間変化(洪水波形)を抽出しました(図表1上段左)。
抽出された年最大の洪水の中から、年平均超過確率1/50、1/100、1/200、1/500、1/1000に相当する洪水波形を各3ケース(計15ケース)抽出した結果、2℃上昇下では、洪水ピーク流量が現在気候下の1.08~1.16倍に増加すること、河川整備の基本となる河川流量(計画高水流量)を超える時間が長くなること、同じピーク流量でも様々な洪水波形があることを確認しました(図表1上段右および下段)。
なお、今回明らかになった洪水ピーク流量の変化倍率は、上述した全国的な平均値(約1.2倍)に比べて小さな値となっています。
② 氾濫ブロックの検討および破堤箇所の抽出
岐阜大では、地形や堤防の配置をもとに氾濫ブロックの分割・特定を行い(図表2上段)、重要水防箇所に着目した方法および越水に着目した堤防評価による方法という2つの方法を用いて、破堤箇所(代表破堤点)を評価・抽出しました(図表2下段)。
そのうえで、洪水浸水想定区域図の作成に使用されたシミュレーション結果(破堤箇所ごとの浸水想定結果)を利用して、同一の氾濫ブロック内では破堤箇所が異なっても浸水パターンに大きな変化がないことを確認し、③に示すシミュレーションの破堤条件を設定しました。なお、氾濫ブロック別のハザード情報(図表3の上から3段目)は、洪水浸水想定区域図と比べて、破堤箇所と浸水被害の関係を直感的に理解しやすく、防災・減災に関する地域の意思決定材料となる情報として活用が期待されます。
③ 気候条件など氾濫・浸水条件の違いによる浸水域の変化
岐阜大では、次に掲げる4つの条件の組み合わせが異なる全240ケースの氾濫・浸水条件を設定し、それぞれについてシミュレーションを実施することで、浸水域の状態を25mメッシュ単位で網羅的に予測しました。
気候条件 :2ケース(現在気候下、2℃上昇下)
洪水発生確率 :5ケース(1/50、1/100、1/200、1/500、1/1000という5種類の超過確率)
破堤箇所 :8ケース(右岸側堤防3箇所、左岸側堤防5箇所)
洪水波形 :3ケース(同一の気候条件・洪水発生確率に対し、洪水ピーク流量が同じ3波形を抽出)
その結果、氾濫・浸水条件と浸水域(面積、最大浸水深)の間に、以下のような、ほぼ一定した傾向が確認されました。
洪水発生確率と破堤箇所が同一であれば、2℃上昇下では、浸水域が現在気候下に比べて大幅に拡大する(図表3最上段:図中の条件では1.8倍に拡大)。
気候条件と破堤箇所が同一であれば、洪水発生確率が低くなる(洪水規模が大きくなる)ほど、浸水域が広がる(図表3の上から2段目)。
一方で、浸水域の広がり(浸水面積や最大浸水深に加え、浸水の発生場所や浸水域の平面形状を含む)は、次に示すとおり、気候条件や洪水発生確率だけで一意に決まるものではなく、破堤箇所や洪水波形を含む4つの条件の組み合わせによって複雑に変化することが明らかになりました(結果の分析は岐阜大とSI+の両者で実施)。
気候条件、洪水発生確率、洪水波形の3条件が同一でも、破堤箇所が異なれば、浸水の発生場所や浸水域の形状は大きく異なる(図法3の上から3段目)。
気候条件、洪水発生確率、破堤箇所の3条件が同一でも、洪水波形が異なれば、浸水域の形状や最大浸水深に違いが生じる(図表3の最下段)。
④ 洪水リスクの簡易推定法の検討および洪水リスクマップの理解と活用に関するアンケート
岐阜大では、本研究への適用を視野に入れ、中小河川を対象にした洪水リスクマップの作成コスト低減に着目し、多くの中小河川で整備されている2種類の既存リスク情報(計画規模(L1)、想定最大規模(L2))をもとに、それらの中間的な洪水リスクを補間推定する簡易手法の検討に取り組みました。その結果、計画規模(L1)の既存情報がない場合のクリギング補間法の活用を含めて、実際の中小河川への適用可能性が示唆されたものの、推定精度の評価において課題が残る結果となりました。
また、洪水リスクに関して、洪水浸水想定区域図という既存情報に加えて、洪水リスクマップという新たな情報が整備されつつある状況を踏まえ、これらに対する住民の理解度を明らかにするべく、ある程度防災の知識を持つ人(防災研修受講者)と、そうでない人(中学生)を対象にアンケート調査を実施しました。その結果、水害リスクへの理解度は全般的に前者が上回りましたが、水害リスクマップそのものがどういうものなのかという、水害リスクマップへの理解に関する質問では、前者においても正解が過半を超えませんでした(図表4)。このため、水害リスクマップは、一般住民にとって分かりにくい側面があり、地域での活用には、防災の知識を持つ人のサポートが役立つと考えられました。
⑤ PLATEAU 3D都市モデルデータを活用した被害分析の高度化
SI+では、河川の氾濫・浸水による社会への影響を、人的あるいは経済的な被害指標を用いて、できる限り精緻に推計するため、国土交通省がPLATEAUプロジェクトとして整備を進めている3D都市モデルデータを活用して、一般的な被害分析で使われる方法の高度化に取り組みました(図表5)。
これにより、国勢調査や経済センサスなどの地域メッシュ統計データ(250~500mメッシュ)を、上記③の浸水シミュレーションの結果と同じく25mメッシュ単位に高解像度化するとともに、建物階数別、すなわち高さ方向にも高解像度化することが可能となり、人口・世帯数や事業資産等の詳細な分布や、避難可能性等に関わる階建て等の建物条件を反映した、より精緻な被害の推計・分析が可能となりました。
⑥ 長良川中流域で予測される氾濫・浸水被害の気候変動に伴う変化
SI+では、上記③で得られた、気候条件・洪水発生確率・破堤箇所・洪水波形がそれぞれ異なる240ケースの浸水シミュレーション結果(25mメッシュ単位の最大浸水深データ)を、浸水による被害発生シナリオとして設定し、各浸水ケースで発生する人的・経済的被害を25mメッシュ単位で詳細に推計しました。分析を行った被害指標は、経済的被害(建物資産被害、家庭用品被害、事業所償却・在庫資産被害、営業停止損失額ほか)、人的被害(想定死者数、電力停止影響人口)など多岐にわたります。
得られた結果のうち直接被害額を例にすると、地域全体の直接被害額は、2℃上昇に伴い、現在気候下に比べて1.4~5倍に増加すると予測されます(図表6)。
⑦ 気候変動と高齢化の進行による高浸水リスク地域の変化
SI+では、気候変動に伴う浸水域拡大のうち、低浸水リスク域(最大浸水深が浅い地域)の増加に比べて、高浸水リスク域(最大浸水深が深い地域)の増加がより深刻な影響をもたらすことに着目し、将来の気候変動と高齢化の進行の両方を加味して、高浸水リスク域内の人口構成の変化について分析を行いました。
その結果、高浸水リスク域内の高齢者人口は、気候変動による影響(浸水深の増加)と高齢化による影響(高齢化率の上昇)が相乗的に影響することによって、将来大幅に増加する可能性があると考えられます(図表7)。
図表7 将来の気候変動および高齢化の進行に伴う浸水域内人口の変化
気候変動に伴う浸水リスク・水害リスクの変化および適応策の検討
SI+では、上記⑥の多様な被害発生シナリオやその推計結果に対して確率的な評価を行うことにより、地域スケールの水害リスクおよび地点スケールの浸水リスクの定量化と、気候変動に伴うリスク変化の分析を行いました。また、河川の氾濫に備えた土地利用や住まい方の工夫の可能性を探るため、複数の適応策を想定し、被害軽減ポテンシャルや効果についても試算しました。
その結果、地域スケールの水害リスクは、市町村などの単位で作成可能な被害発生確率カーブ(地域全体で、被害額が一定以上になる確率を示すグラフ)により可視化され、これを用いて定量的に評価できることを確認しました(図表8)。これにより、この地域の水害リスクは、年当たりの平均直接被害額や平均営業停止損失額を指標とした場合に、いずれも約1.5倍に増加すると予測されます。
また、地点スケールの浸水リスクについても、25mメッシュごとの浸水発生確率カーブ(各地点で、最大浸水深が一定以上になる確率を示すグラフ)により可視化され(図表9)、地点によって浸水発生確率カーブの形状が大きく異なることがわかりました。このような地点別の詳細な浸水リスク評価は、洪水発生確率(洪水規模)という浸水域内共通の指標を軸に、各地点の浸水リスクを読み解こうとする場合に比べて、対策の優先度や選定根拠という点で、より有用な情報を提供できると考えられます。
適応策に関する検討では、被害発生確率カーブの変化を通じて、適応策の水害リスク低減ポテンシャル(適応策を最大限に導入できた場合の効果)を可視化し(図表10)、その定量的な評価が可能なことを確認しました。また、地点別の浸水発生確率カーブを用いて適応策の費用対効果を試算し、費用対効果の比較的高い地点が適応策の種類ごとに異なることをマップ上に明示しました(図表10)。
今回の成果は、河川の氾濫に備えた土地利用や住まい方の工夫などを通じて、将来の気候変動への適応、防災・減災、まちづくりに向けたベストミックスを探るうえで、国や地方自治体にとって有用な情報になると考えられます。












