膀胱温存化学放射線療法への抵抗性とフェロトーシス抑制状態との関連を明らかに
~治療が効きにくい患者を理解する新たな手がかり~
2026年7月22日
大阪医科薬科大学
国立がん研究センター
川崎医科大学
【発表のポイント】
・筋層浸潤性膀胱がんでは、膀胱を摘出せずに治療する「膀胱温存療法」が、適切な患者にとって重要な選択肢です。しかし、一部では化学放射線療法が十分に効かず、治療後に病勢が進行することが課題となっています。
・膀胱温存化学放射線療法を受けた患者さん179例の治療前のがん組織を解析し、「フェロトーシス(鉄に依存した特殊な細胞死)を抑え込む働き」が強いがんほど治療が効きにくく予後が悪いことを突き止めました。
・この「フェロトーシス抑制の強さ」を26個の遺伝子の働きから数値化した指標「FSS」を開発しました。FSSが高い患者では、画像上の病勢進行までの期間(無増悪生存)も全生存期間も有意に短いことを明らかにしました(進行リスク約2.2倍、死亡リスク約2.8倍)。この指標は、年齢や病期、がんの分子分類だけでは説明できない独立した予後予測情報をもっていました。
・FSSが高いがんは、悪性度の高いタイプが多く、免疫細胞ががん組織に入り込みにくい「免疫排除型」の状態にあることがわかりました。
・治療抵抗性膀胱がんの細胞株を用いた実験で、フェロトーシスを促す化合物を放射線と併用すると、抵抗性のがん細胞が再び放射線に反応するようになることを確認しました。ゲノム全体を網羅するCRISPRスクリーニングでも、フェロトーシスを抑える遺伝子(GPX4、SLC7A11など)が抵抗性細胞の生存に不可欠な標的であることを示しました。
・本研究成果は、学術雑誌「Signal Transduction and Targeted Therapy」に掲載されました。
【概 要】
筋層浸潤性膀胱がんに対しては、膀胱を摘出する手術(膀胱全摘)に代わり、膀胱を残せる「膀胱温存療法(三者併用療法:内視鏡的切除+化学療法+放射線療法)」が適切な患者にとって重要な選択肢となっています。しかし一部の患者では治療が効きにくく(治療抵抗性)、その分子レベルの原因は十分に解明されていませんでした。
大阪医科薬科大学泌尿器科学教室(辻野拓也講師)、川崎医科大学(小村和正主任教授)、国立がん研究センター研究所がんRNA研究分野(吉見昭秀分野長)らの研究チームは、膀胱温存療法でシスプラチンを用いた化学放射線療法(CRT)を受けた患者179例の治療前のがん組織を、遺伝子レベルで網羅的に解析し、治療効果との関連を評価しました。その結果、「フェロトーシス(鉄依存性の細胞死)を抑え込むはたらき」が活発ながんほど、治療が効きにくく予後が悪いことを発見しました。研究チームは、この抑制の強さを26個の遺伝子の発現から数値化した指標「FSS(フェロトーシス抑制シグネチャー)」を開発し、これが膀胱温存療法における化学放射線療法後の治療経過や予後と関連する可能性を示しました。
また、全遺伝子を対象としたCRISPRスクリーニングにより、フェロトーシスを抑える遺伝子が放射線への抵抗性に関与していることを突き止めました。さらに細胞株を用いて、フェロトーシスを促す化合物を放射線と組み合わせることで、治療抵抗性のがん細胞が再び放射線に反応するようになることを確認しました。これらの成果は、膀胱温存療法における治療抵抗性の理解や、今後の個別化治療開発に向けた基盤となる可能性があります。
本研究成果は、Nature Portfolioが発行する国際学術雑誌 「Signal Transduction and Targeted Therapy」 に、2026年7月2日付で掲載されました。
【背 景】
筋層浸潤性膀胱がんは悪性度の高いがんで、標準治療は膀胱全摘ですが、術後の生活の質(QOL)への影響が大きいため、膀胱を残せる「膀胱温存療法」が適切な患者にとって重要な選択肢となっています。しかし、化学放射線療法に対する治療抵抗性が、その長期的な効果を制限してきました。これまで治療効果の手がかりがいくつか提案されてきましたが、抵抗性を決める分子的な要因の多くは未解明のままでした。
近年、「フェロトーシス」と呼ばれる、鉄に依存し細胞膜の脂質が酸化されて起こる特殊な細胞死が、がんの治療抵抗性に関わることが複数のがん種で報告されてきました。研究チームは、このフェロトーシスを抑え込む働きが、膀胱がんの化学放射線療法への抵抗性に関与しているのではないかと考え、本研究に着手しました(図1)。
【研究方法】
シスプラチンを用いた化学療法と骨盤への放射線照射を併用する膀胱温存療法(三者併用療法)を受けた、筋層浸潤性膀胱がんの患者179例を対象としました。治療前のがん組織のRNAシーケンス(遺伝子の働きの網羅的解析)を行い、遺伝子発現・腫瘍免疫微小環境(TIME)・臨床経過を統合的に解析しました。12か月以上の経過観察を条件に、画像上の病勢進行がなかった群(88例)と進行した群(91例)に分類して比較しました。
フェロトーシスに関連する遺伝子を厳選し、26個の遺伝子からなる「フェロトーシス抑制指標(FSS)」を定義しました。この指標と治療後の病勢進行・生存との関連を統計的に評価し、外部のがんゲノムデータ(TCGA)でも検証しました。
さらに、化学放射線療法に対して抵抗性をもつ膀胱がん細胞株を作製し、RNAシーケンス、脂質の網羅的解析(リピドミクス)、ゲノム全体を対象としたCRISPR/Cas9遺伝子ノックアウトスクリーニング、放射線照射下での細胞実験を通じて、抵抗性の仕組みと治療標的を検証しました。
本研究は、大阪医科薬科大学および国立がん研究センターの研究倫理審査委員会の承認を受け、ヘルシンキ宣言に基づき実施されました。
【研究結果】
1. 「フェロトーシス抑制」が強いがんは治療が効きにくく、予後が悪い
患者179例の解析により、フェロトーシスを抑える遺伝子群の働きが活発な「FSS高値」のがんで
は、化学放射線療法後の画像上の病勢進行までの期間(rPFS)も全生存期間(OS)も有意に短いことがわかりました(図2)。年齢・病期・リンパ管侵襲などの臨床的要因を考慮した解析でも、FSS高値は独立した予後不良因子であり(進行リスク約2.2倍、死亡リスク約2.8倍)、FSSを臨床情報に加えることで予後予測の精度が向上しました。外部のがんゲノムデータ(TCGA)の放射線治療例でも同様の傾向が確認されました。
| 指標 | FSS高値群 | FSS低値群 |
| 無増悪生存(rPFS) | 短い(不良) | 長い(良好) |
| 進行リスク(多変量ハザード比) | 約2.2倍 | (基準) |
| 死亡リスク(多変量ハザード比) | 約2.8倍 | (基準) |
2. 「効きにくいがん」は免疫が入り込みにくい状態にある(図3)
治療前の腫瘍組織を解析した結果、FSSが高いがんでは、「基底/扁平型(Basal/Squamous:Ba/Sq)」と呼ばれる、治療抵抗性や進行性と関連する分子サブタイプが多く認められました。
さらに、FSSが高いがんでは、がん細胞を攻撃するCD8陽性T細胞などの免疫細胞が腫瘍内部へ浸潤しにくい「免疫排除型」の特徴を示しました。一方、FSSが低いがんでは、免疫細胞が活発に働く「免疫活性型」の特徴が認められました。
また、FSSは既存の分子分類や免疫状態とは独立して、治療後の再発・進行や生存率を予測する
ことが示されました。これらの結果から、フェロトーシス抑制状態は、腫瘍細胞の性質と免疫環境の双方に関連する、新たな予後関連指標となる可能性が示されました。
3. フェロトーシス抑制経路は、放射線抵抗性がん細胞の重要な弱点である(図4)
研究チームは、化学放射線療法に対して抵抗性を獲得した膀胱がん細胞を用いて、ゲノム全体を対象としたCRISPR/Cas9スクリーニングを実施しました。
その結果、GPX4やSLC7A11をはじめとするフェロトーシス抑制関連遺伝子が、放射線照射下における抵抗性細胞の生存維持に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
さらに、フェロトーシスを誘導する化合物(erastin)を放射線と併用したところ、抵抗性細胞において放射線感受性の増強が認められました。一方、この効果はフェロトーシス阻害剤(ferrostatin-1)の添加により打ち消されました。
これらの結果は、フェロトーシス抑制経路が放射線抵抗性細胞の重要な分子基盤であることを示すとともに、フェロトーシス関連経路が今後の研究対象となる可能性を示しています。
【展 望】
本研究は、「フェロトーシスの抑制」が膀胱温存療法に対する治療抵抗性の重要な要因であることを、臨床データと実験の両面から示しました。治療前のがん組織から算出した「フェロトーシス抑制指標(FSS)」は、治療後の経過や予後と関連する分子学的特徴を反映する可能性があります。現時点では、FSSは膀胱温存療法を受けた患者における予後因子として位置付けられます。
なお、本研究で用いた化合物はそのまま治療に使うものではなく、フェロトーシスという仕組みを手がかりとした「予後の層別化」と「放射線の効果を高める新たな増感剤の開発」への応用が期待されます。一方で、FSSが治療法の選択に役立つ指標となるか、また、治療法が異なる場合にも同様の意義をもつがどうかについては、今後さらに検証が必要です。今後は、動物モデルを用いた非臨床試験や、異なる治療背景を有する患者集団での検証を進め、膀胱温存療法におけるリスク層別化や個別化医療への応用可能性を検討していきます。
【論文情報】
雑誌名:Signal Transduction and Targeted Therapy
タイトル:A Ferroptosis-Suppressive State Drives Resistance to Bladder-Preserving Chemoradiotherapy in Muscle-Invasive Bladder Cancer
著者:Takuya Tsujino#,*, Shogo Yamazaki#, Moritoshi Sakamoto#, Yuki Yoshikawa#, Ryoichi Maenosono#, Yuki Nakajima, Kensuke Hirosuna, Tomoaki Takai, Kazuki Nishimura, Mitsuaki Ishida, Ko Nakamura, Kengo Iwatsuki, Shuya Tsuchida, Takuya Matsuda, Takuya Higashio, Tatsuo Fukushima, Kyosuke Nishio, Keita Nakamori, Takeshi Tsutsumi, Tomohisa Matsunaga, Kohei Taniguchi, Taiju Shimbo, Tomohito Tanaka, Kiyoshi Takahara, Teruo Inamoto, Yoshinobu Hirose, Fumihito Ono, Kazuhiro Yamamoto, Keiji Nihei, Keigo Osuga, Li Jia, Adam S. Kibel, Kazumasa Komura,*, Akihide Yoshimi*, Haruhito Azuma
(#equally contribution; *corresponding)
DOI: 10.1038/s41392-026-02847-6(https://www.nature.com/articles/s41392-026-02847-6)
掲載日(オンライン公開日):2026年7月2日
【研究費】
本研究は以下の助成を受けて実施されました。
辻野拓也:上原記念生命科学財団研究助成、日本学術振興会 科学研究費(25K12625)、
大阪医科薬科大学研究推進プロジェクト助成、日本新薬研究助成、三菱財団研究助成
吉見昭秀:日本学術振興会 科学研究費(21H04828)、日本医療研究開発機構(AMED)(JP22jm0210085、JP22am0401007、JP22ym0126804)、国立がん研究センター研究開発費(2020-A-2、2023-S-6)、武田科学振興財団
小村和正:日本学術振興会 科学研究費(21H03070)、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、
SGHがん研究助成、内藤記念科学振興財団、日本泌尿器科学会がんトランスレーショナル研究助成、AMED(JP25ama121052、JP25ama121054)
【主な研究者】
辻野拓也 大阪医科薬科大学 医学部 泌尿生殖・発達医学講座 泌尿器科学教室 講師
吉見昭秀 国立がん研究センター研究所 がんRNA研究分野 分野長
小村和正 川崎医科大学 泌尿器科学教室 教授
【用語解説】
フェロトーシス:細胞が死ぬしくみの一つ。鉄に依存し、細胞膜を構成する脂質が酸化されることで起こる、アポトーシス(管理された細胞死)とは異なる特殊な細胞死。がん細胞がこれを抑え込むと、放射線や抗がん剤による攻撃に耐えてしまうことがある。
化学放射線療法(CRT)/膀胱温存療法(三者併用療法・TMT):膀胱温存療法は、内視鏡的切除、化学療法、放射線療法を組み合わせる三者併用療法です。CRTは、そのうち化学療法と放射線療法を併用する部分を指します。膀胱を摘出せずに治療できるため、生活の質の維持につながる可能性があります。
フェロトーシス抑制指標(FSS):フェロトーシスを抑える働きをもつ26個の遺伝子の発現量から計算した数値。本研究で開発した、治療後の経過や予後と関連する分子学的特徴を反映する指標。
分子サブタイプ:がんを遺伝子の働きの特徴によって分類したもの。膀胱がんでは「基底/扁平(Ba/Sq)」「管腔(Luminal)」などに分けられ、治療反応や予後が異なる。
腫瘍免疫微小環境(TIME):がん細胞の周囲に存在する免疫細胞や血管などを含む環境。免疫細胞ががんに入り込みにくい「免疫排除型」は、治療が効きにくい傾向がある。
CRISPR/Cas9スクリーニング:ゲノム上の遺伝子を1つずつ働かなくさせ、どの遺伝子ががん細胞の生存や放射線抵抗性に重要かを網羅的に調べる手法。
GPX4・SLC7A11:いずれもフェロトーシスを抑える働きをもつ代表的な分子。これらを阻害するとフェロトーシスが促される。
ハザード比(HR):ある事象(病勢進行や死亡)の起こりやすさを、群間で比較した数値。1より大きいほどリスクが高いことを意味する。
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