「特集」ゲームチェンジの行方 なぜ企業は会見で失敗するのか 元記者による危機管理広報術

黒川昭良
ジャーナリスト
近ごろはテレビニュースなどで企業や官公庁の不祥事に関する記者会見を目にする機会も少なくない。「危機を巧みに回避できた」と評価される会見はほとんどなく、「お粗末な対応だ」と企業のブランドイメージを毀損する例が後を絶たない。
では、なぜ企業、団体は会見で失敗するのか。危機発生時の広報対応はいかにあるべきか。平時の備えは万全か――。これらの疑問に答えるのが、毎日新聞の社会部記者として数多くの現場を踏んだジャーナリスト・黒川昭良氏の著書『マスコミを味方につける危機管理広報』(全力舎)だ。サブタイトルに「元新聞記者がこっそり教えます」と掲げた本書を道しるべに危機管理広報の要諦をこっそり聞いた。(聞き手は編集長・荒木正人)
―これまで社会部記者として取材してきた中で、特に印象に残っている事件は何でしょう。
初めて〝洗礼〟を受けたのが戦後最大の経済事件といわれるイトマン事件(1991年)です。バブル経済末期、中堅商社「イトマン」を通じて3千億円もの金が闇の世界に消えた特別背任事件です。当時、大阪府警捜査2課を担当し、経済事件の取材にあたっていました。「抜いて1面トップ」「抜かれて1面トップ」という熾烈な報道合戦の真っただ中に身を置きました。
その後、社会部デスク時代に取材チームを指揮してスクープしたのが雪印食品牛肉偽装事件(2002年1月)です。当時は牛海綿状脳症(BSE)が社会不安を招いていました。その対策として国が打ち出した牛肉買い上げ制度を悪用し、輸入肉を国産に偽装して補助金を詐取した事件です。刑事事件に発展して会社は解散し、多くの従業員が職を失いました。「危機管理に失敗したら会社は潰れる」。この現実を思い知らされました。
―そのような「実践知」を踏まえ、今回、出版に至った思いは何でしょうか。
危機管理や危機管理広報をテーマにした書籍は数多くありますが、筆者のほとんどが広報コンサルタントや企業の広報経験者、弁護士など「取材を受ける側」の人です。これに対し、マスコミの記者が「取材する側」の視点から執筆した本はきわめて少ないのが現実です。
そのうえ、私は社会部出身の記者です。「危機管理」という言葉の名付け親である初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は、著書の中で「社会部記者は猛獣である」と言い切っています。企業側が日ごろ接する経済部記者と異なり、記者会見の場で容赦なく鋭い質問をぶつけてくるのが社会部記者だからです。いわば本書は、〝猛獣〟が書いた本です(笑)。日本リスクマネジメント学会理事長の亀井克之・関西大学教授からも「企業の永遠の課題を、新しい視座と最新の事例で捉え直す書」との評価をいただきました。
一方で「手の内をさらすのか」と身内からは厳しい声が飛んで来そうです。しかし、「取材する側」と「取材される側」が無益な対立を超越して、危機の原因究明と再発防止に向けてベクトルを合わせる――、これこそが本書の最大の狙いです。
―本書のエッセンスともいえる「五箇条の心得」について解説してください。
多くの企業は危機管理マニュアルを整備しています。しかし、内容があまりにも詳細すぎて実践の場では役に立たないことも少なくないようです。そこで、危機管理における基本的な心構えを分かりやすくまとめたのが「五箇条の心得」です。別表を参照してください。
では、ここでテストをします。
①少なくても正しい情報
②大まかでも素早い情報
③遅くとも緻密な情報
この中で危機管理で最も大切な情報はどれでしょう?
正解は②です。佐々氏はこれを「拙速情報(ラフ・アンド・レディ)」と呼んでいます。危機の前兆をキャッチしたら、詳細が不明でも速やかに報告することが重要です。そして、その前兆が最初に現れるのが現場であり、それを機敏に察知するのが、第一線に立つ中堅・若手の任務です。「五箇条の心得」の第二条は、まさにこの点を示しています。
「五箇条の心得」
第一条 危機は必ず訪れるものと覚悟し、平時から備えを怠ってはならない
第二条 トップ・幹部・若手が三位一体となり、力を合わせて危機を乗り越えよ
第三条 初動の24時間が結果を大きく左右することを忘れるな
第四条 誠心誠意の謝罪をもって世論を治めよ
第五条 マスコミとは緊張感ある信頼関係を築くべし
―もし、社内で不祥事を把握した場合、初動で重要なポイントは何でしょうか。
それは悲観的に備えること、つまり、最悪の事態を想定して万全の策を講じることです。ところが、危機の前兆をつかんでも、「まあ大丈夫だろう」と楽観視するケースが目立ちます。
例えば、小林製薬の紅こうじサプリメント問題(2024年)がそれです。医師からの報告で健康被害を把握したにもかかわらず、公表は2カ月以上も遅れました。その間に死者も出ています。なぜ公表が遅れたのか。社長は「死者が出る事態を想定できていなかった」と説明しています。つまり、悲観的な備えに欠けていたのです。
初動では、何よりも迅速な対応が求められます。速やかに記者会見を開くなどして、情報を積極的に開示することが不可欠です。これを怠るとマスコミは情報の隠蔽を疑い、糾弾的な報道が続くことは避けられません。
危機は不祥事そのもので起きるのではなく、対応の失敗が危機を招くのです。
―謝罪会見で、企業側が意識すべきポイントは何でしょうか。
誠心誠意の謝罪、すなわち、「逃げない、言い訳をしない」、この一点に尽きます。
そこで注意してほしいのが「遺憾」という言葉です。謝罪会見では企業トップが「誠に遺憾です」としばしば口にします。しかし、これは謝罪ではありません。広辞苑で「遺憾」を引くと、「思い通りにいかず心残りなこと。残念」とあります。「おわび」の意味など含まれていません。教育学者の齋藤孝氏も「自身の責任を巧妙に回避する言い回し」と指摘しています。
また、謝罪会見では服装や身だしなみにも注意が必要です。近年は「外見リスクマネジメント」という概念が注目されています。例えば、ストライプのネクタイやボタンダウンのシャツは、派手でラフな印象を与えかねず、謝罪の場にはふさわしくありません。また、人は緊張するとニヤついているように見えることがあるので表情にも細心の注意が求められます。
―日ごろから危機管理について備えておくべき点は何でしょうか。
「予期せぬこと、予期したくないことが起きると予期せよ」。このことを肝に銘じてください。
そのうえで重要なのは、「前兆」を見逃さないことです。先に述べたように、いち早く危機の兆しをキャッチして封じ込める。仮に封じ込めに失敗しても、傷が浅いうちに食い止めることが肝要です。
その反面教師が雪印乳業集団食中毒事件(2000年6月)です。同社の低脂肪乳を飲んだ消費者から下痢や嘔吐などの訴えが相次いだにもかかわらず、雪印乳業はこれらの「前兆」を看過しました。速やかに対処していれば、1万4千人を超える被害者を出さずに済んだはずです。
もう一つ留意すべきことは、「不都合な真実を報告する」という姿勢です。自らのミスや不祥事は、できれば隠したいというのが人間の悲しい性です。しかし、放置すれば傷口は広がるばかりです。危機管理の要諦は「バッドニュース・ファースト」、すなわち、悪い情報は最優先して組織全体で共有することが大切です。
―記者経験をベースに小説形式で執筆した狙いはどこにありますか。
テレビや新聞では企業不祥事のニュースを頻繁に目にします。しかし、その当事者になる人は決して多くはありません。そこで、小説の主人公の立場に身を置き、危機管理広報の〝現場〟を疑似体験してほしいと考えました。小説を読みながら、あたかも当事者のように危機を体験することで、実践で役立つスキルを体得してもらう||それが狙いです。堅苦しい解説書では実感が湧きませんからね。
小説に登場する団体や人物は実在のものとは一切関係ありませんが、題材は実際に起きた複数の事件を踏まえています。マスコミの舞台裏や記者の習性も可能な限り詰め込んだので、記者会見に臨む際の参考になると思います。

黒川昭良『マスコミを味方につける危機管理広報』(全力舎)
―どのような読者層を想定していますか。
企業・団体のトップや幹部、広報担当者にはぜひ手に取っていただきたい。そして、第一線で働く中堅・若手社員にも読んでほしいですね。
不祥事は企業に限りません。東大病院の汚職事件や神奈川県警の不適切な交通取り締まり事案など官公庁や大学でも危機管理広報は喫緊の課題です。
先日も都内の大学で理事長や学長をはじめとする教職員を対象に、本書をテキストにした研修を実施しました。参加者からは「危機管理意識の向上に大いに寄与する内容だった」と高い評価をいただきました。
これからも本書を教材に、危機対応や広報のあり方を実践的な〝武器〟として提供する研修に取り組む予定です。ぜひ、気軽にお声掛けください。
ジャーナリスト 黒川昭良(くろかわ・あきら) 1956年生まれ。京都大学法学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪府警キャップ、社会部長、毎日新聞出版社長を歴任。主に社会部畑で企業犯罪や不祥事を取材。現在は企業、大学でリスクマネージメントの研修講師を務める。問い合わせは全力舎(haraguchi@zenryokusha.com)。
(Kyodo Weekly 2026年5月18日号より転載)













