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「特集」埼玉・八潮の道路陥没から考える上下水道の未来 鍵は広域化と官民連携 市民とのつながり強化を

加藤 裕之
東大大学院特任准教授

 本年1月28日、埼玉県八潮市の交差点の地下に埋設された下水道管(口径は2~3メートル)の老朽化が関連しているとされる大規模な道路陥没が発生し尊い命が失われた。原因はまだ明らかになっていないが、都市の地下に張り巡らされ、日頃は見ることも意識することもない地下インフラに忍び寄る社会の危機を示すことになった。

 国土交通省は有識者委員会を立ち上げ、数次にわたる政策提言を行うとともに、管径2メートル以上かつ平成6(1994)年度以前に設置された下水道管路で八潮市の道路陥没現場と類似の構造や腐食しやすい箇所など、全国約5千キロを対象に緊急点検の実施を通知した。点検結果を踏まえ、補修や抜本的な改築工事が期限を区切って進められることになる。

 上水道についても、4月30日に京都市で老朽化による大規模な水道管の漏水事故が発生し、周辺地域が水浸しになるなどの問題が生じている。地方公共団体の責任で管理されている上下水道という身近な地下インフラの安全確保のために、国の重要政策である国土強靱化(きょうじんか)実施中期計画にも老朽化対策が位置付けられる見込みである。

 しかし、各自治体における事業推進は容易ではない。財源、現場に適用できる技術開発などの多様な政策、そして使用者である市民とのコミュニケーションが不可欠である。本稿では、八潮市の道路陥没に関連して早急に行うべき下水道の老朽化の課題と対策、そして日本の上下水道の長期的な持続性について記すこととする。

財源確保と使える技術

 約50年前の高度成長期から急速に普及した日本の水道の普及率はほぼ100パーセント、汚水についても下水道と浄化槽などを合わせると普及率は93パーセントを超えて整備は概成してきたと言える。

 一方で、標準的な耐用年数(約50年)を超える下水道管路の延長は右肩上がりに上昇している(図1)。令和4(2022)年度末において、全国の下水道管路の総延長は約49万キロ、うち50年を経過した管路の延長は約3万キロ(総延長の約7パーセント)だが、10年後は約9万キロ(約19パーセント)、20年後には約20万キロ(約40パーセント)と今後急速に増加する。多額の投資が必要となるのは間違いない。下水道に先行して整備された水道も同様の傾向で、水道管の総延長は74万キロで耐用年数(約40年)を超える延長が既に約25パーセントになっている。こちらも右肩上がりである。

 今後、増大する地下のライフラインの老朽化対策の必要性と緊急性は明らかであるが、対策にはさまざまな工夫と市民とのコミュニケーションの向上が求められる。

 まずは、必要となる財源だが、広域的な水質環境保全など、下水道事業はその公的性格の高さから、事業実施主体である地方自治体に対して国からの補助金があるが近年は横ばいである。また、下水道政策には老朽化問題以外にも、ゲリラ豪雨対策や地球温暖化対策として省エネ機器の導入、下水汚泥の資源利用(肥料・エネルギー)など推進すべき課題が山積している。老朽化対策だけに全ての財源を使うことはできない。そして、国の補助金以外の主な財源としては、下水道使用料になるが、値上げに対して市民の理解を得られるかは不明である。ただでさえ、人口減少による使用者減で使用料収入は減少する。投資が必要となる老朽化施設は増加する一方で、財源は減少する傾向にあるという厳しい構図に置かれているのである。

 技術面でも大きな課題がある。水道はポンプによる管内の圧力で水を流す(故に噴出する事故が発生)のに対して、下水道は河川のように重力で水を流すのが基本であるため(管周辺の土が管路内に吸い込まれ地盤に空隙(くうげき)を発生させる可能性)、処理場に近い下流は地下の深い所を大量の汚水が流れており、水を止めるのは容易ではない(八潮市の復旧対策に時間を要したのはこのため)。管内の改築工事や点検作業をする者が流されないための安全確保策の難度は高く、さらに、下水中の酸素濃度が低い地点では有毒な硫化水素や酸素欠乏が発生する恐れがある。点検後の改築作業も、八潮市の陥没地点のように水位が高い場合に、下水を止めずに改築する工法は現在はない(なので時間とお金がかかるバイパス工事により水位を下げるしかない)。どうしてこのような技術的課題が今、起こったかと言えば、新設した当時は、環境保全や衛生環境改善のため急速に整備する必要があり、50年先くらいの改築方法まで十分に考える余裕がなかったからだと言わざるを得ない。

 さらに、現在、日本全国の地方自治体における下水道職員は減少している。下水道管の建設時に活躍していた技術者は、建設の時代が終わると、他のインフラ部門に異動になった。そして、多くの方が既に退職している。

 以上のように、人、もの(技術)、お金、というリソースが不足する時代に入っている。

求められる工夫と対応

 このような厳しい状況の中で、どのように増大する老朽化対策を進めるかについて述べる。

 今回の事故を見ても分かるように、道路陥没はゲリラ豪雨や地震のように人命に関わる「災害」と言えるものである。しかも、いつ発生するか予測が困難な災害である。まずは、国の予算について、これまでの枠組みにこだわらず十分に確保する必要がある。その上で、限られた財源でより早く、安全に、を確保するためには、災害対策の基本的なコンセプトと同様の考え方を導入すべきである。ハード対策としては、重点地区、急所への優先投資の考え方を導入し、優先順位の高い地点の選定は、点検などによる老朽化の程度(脆弱(ぜいじゃく)性)と、その地点が老朽化で停止した場合の下水道使用者への影響及び道路陥没した場合の道路通行者への影響(社会影響)の両方を考える必要がある(脆弱性と社会影響の2軸で考えるのは豪雨対策や地震対策と同様)。ソフト対策としては、早急に対策すべき箇所と進捗状況などの「見える化」もDX(デジタルトランスフォーメーション)などを利用して市民及び道路管理者、他の地下埋設施設の関係機関に視覚的に示していく必要がある。この基本的な考え方は、5月28日に公表された国交省の「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会(第2次提言)」にも反映されている。

 そして、上下水道使用料についても適正な額を徴収できるよう、市民の理解を得る必要がある。そのためには、情報公開は当然として、自治体職員が自ら市民のいる場所に出向くことからスタートし、対話の場をつくって上下水道の仕組み・役割の説明、実際の施設の視察見学などによるコミュニケーションで信頼感を高める。次に、一定の基礎知識や興味を持ってもらったら、経営状況や老朽化施設が増加する将来見通しを示しながら「事業の持続性を確保するために必要なことは何か? 使用料はどうあるべきか?」という議論を日頃からしておくことが求められる(岩手県矢巾(やはば)町が先進的である)。また、市民に興味を持ってもらうためには、世界的に広がりつつある市民科学の手法を導入することも効果的である(国交省では下水道を対象にした市民科学を推進している)。

 技術については、最終目標は点検も改築も「管内に人は入らない」とすべきである。その目標に向けては、最新型の管内を点検するドローンや自動走行のテレビカメラ技術などの適用が考えられるが、よりクオリティーの高い診断技術の開発と標準化を国主導で進める必要がある。そして、点検した後の改築技術については、水位を下げるためのバイパス工事を基本とすることが考えられるが、時間とコストがかなり必要になる。チャレンジングなテーマだが、高い管内水位でも現場担当者が安全に改築工事ができる技術の開発を行うべきと考える。

広域化とPPPの相乗効果

 これまで、八潮市の陥没事故の問題から、老朽化対策に焦点を絞って述べてきた。しかし、上下水道経営の課題は多様であり、限られたリソース(人、もの、お金)の中で総合的な問題解決を図るには、施策のシナジー(相乗)効果を考える必要がある。上下水道一体の広域化とPPP(官民連携)と下水道資源の有効利用を三位一体で推進すること、そして、手段としてDXを積極的に導入することが重要である。 

 法律上、日本の上下水道の事業主体は基礎自治体である個別の市町村が基本となる。人口増加傾向だった建設段階は、個別の市町村ごとでも効率的に対応できたが、人口減少傾向に入って迎える維持管理中心の時代ではスケールメリットが働きにくい。特に地方の中小市町村の事業規模はとても小さい。そこで、複数市町村による広域的な事業経営体制を構築し、管理にはDXによる遠隔監視を可能にすることでスケールメリットを高めることが有効となる。さらに、上水道と下水道を一体的に管理することで、少人数で二つのインフラを監視・制御することや、同一路線に埋設されている水道と下水道の現場の点検や修繕を一体的に行うことで効率性向上も期待できる。このように、事業規模を大きくし、かつ効率性を高める方向に変われば、民間企業の参入意識も高まり、PPPの仕組みが活用しやすくなる。

 この際には、地域産業活性化と、災害時などに備えて地元企業の育成・活用に努めることも大切な視点である。さらに、広域化で1カ所に安定的に下水汚泥が集約されることで、肥料やエネルギーへの利用も促進され地域循環経済にも貢献できる。官民連携(フランスは英国イングランド、ウェールズのような「民営化」ではないことに留意)の進んでいるフランスでは、既にノートル法という法律により、上下水道事業の広域化を期限を決めて推進している。地方自治体同士の広域化の推進には、支援策だけでなく国による規制的な仕組みの導入が必要である。また、上下水道だけでなく、複数の基礎インフラを一体的に管理する事例としては、ドイツが参考になる。上下水道、電気、ガス、通信、交通などの基礎的なインフラを一体的に管理する官出資会社「シュタットベルケ」が市町村ごとにある。

 日本でも新たな枠組みが動き出している。人口減少の進む秋田県では、県と全市町村、そして民間出資によるONE・AQUITA(ワン・アキタ)という官民組織が設立され、各市町村の下水道事業の運営のサポートを一括して行っている。宮城県では広域化と上下水道などの一体化、さらにPPPの最も進んだ方式であるコンセッション(所有権は地方自治体のままで運営権は民間企業に移す)を導入した。ここでも、運営を任された企業「みずむすびマネジメントみやぎ」がDXを導入して、広域性と複数インフラの一体的な管理による効率性を向上させている。

 以上のように、日本における上下水道事業を運営する組織のあり方や運営方法が大きく変化している。PPP導入により、最終責任を有し地域から信頼される官と、経営感覚と広域性、柔軟性に優れた民の力を結集することで、事業主体の安定収入の確保、老朽化対策などによる品質の確保、そして、市民が支払い可能な使用料による財源の確保、という三つの難しい課題を全て満たす答えが見つかる可能性がある。

 八潮市の道路陥没事故は、ライフラインである上下水道の老朽化問題という大きな課題を社会に示した。老朽管の点検と修繕・改築という緊急的に必要なことは当然対応していく必要がある。しかし、その長期的な答えは、上下水道経営全体を考えること、市町村同士の境や官と民の境をなくすこと、そして使用者である市民とのつながりを強めることにあると考えている。

東大大学院特任准教授 加藤 裕之(かとう・ひろゆき) 1960年横浜市生まれ。早稲田大学大学院(都市計画)修了、博士(環境科学・東北大学)。国土交通省下水道事業課長などを経て、現在、東京大学大学院下水道システムイノベーション研究室・特任准教授。東北大学特任教授(客員)、中央大学研究開発機構教授を兼ねる。専門は下水道資源、官民連携など。著書に上下水道事業PPP/PFIの制度と実務(中央経済社)、フランスの上下水道経営(日本水道新聞社)など。

(Kyodo Weekly 2025年6月16日号より転載)

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