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「特集」韓国で何が起きたのか 戒厳令頓挫→弾劾手続き「民衆の意思」の役割とは 問題を可視化した巨大デモ

木村 幹
神戸大学大学院教授

 韓国で混乱が続いている。昨年12月3日に宣布された尹錫悦(ユン・ソンニョル)による戒厳令は、大統領自ら各所に直接指示を下したにもかかわらず、軍や情報機関によるサボタージュで早々に挫折した。野党は直後から大統領弾劾の手続きに着手し、与党一部議員の協力も得たことにより、同月14日には弾劾訴追案が国会を通過することとなった。

 その後、憲法の規定に従って、国会の弾劾訴追に対する憲法裁判所の審査が行われている。国民に直接選ばれた議会が首相を選び出す議院内閣制とは異なり、大統領制では議会とともに大統領も国民により直接選ばれている。だから大統領制では、議会が大統領を簡単に罷免できない仕組みになっている。すなわち、大統領の弾劾に際しては、前提として大統領側の重大な違法行為がなければならない決まりであり、国会が認めたその重大さが司法により確認されなければならない。大統領制における大統領弾劾は、議院内閣制における内閣不信任よりも遥(はる)かにハードルが高い行為なのである。

 だからこそ通常、大統領制を取る国においては、大統領への弾劾は稀(まれ)な出来事である。例えばアメリカでは建国以来、弾劾により職を失った大統領はただ1人もおらず、韓国と同じく一部に議院内閣制的要素を採用する「準大統領制」を取るフランスも同様である。にもかかわらず、韓国における大統領弾劾訴追案の国会可決は盧武鉉(ノ・ムヒョン)、朴槿惠(パク・クネ)に続き3例目であり、しかもその全てが21世紀以降に集中している。

 勿論(もちろん)、それには理由がある。一つは、韓国の制度が、野党が国会で多数を占めやすいものだからである。例えば、アメリカでは議会選挙のうち2回に1回は、大統領選挙と同時に行われる。当然、この時の選挙では有力な大統領候補を抱える政党が議会選挙においても有利であり、結果、選挙後の議会では大統領与党が多数を制する可能性が高くなる。他方、もう一つの議会選挙は「中間選挙」と呼ばれ、大統領選挙の2年後に行われる。この選挙では大統領野党に票が集まり、野党が議会多数を占める「分割政府」状態が生まれることが多くなる。

 しかし、任期が大統領は5年、国会議員は4年と異なる韓国では、国会議員選挙と大統領選挙が常に異なるタイミングで行われざるを得ない。アメリカの例を用いるなら、韓国における国会議員選挙はその全てがアメリカの「中間選挙」に近い状態で行われていることになる。言い換えれば、韓国では大統領が自らの選挙時の高い人気を生かして国会の多数を制することが極めて困難な制度になっている。

 だからこそ、1987年の民主化以降、韓国では頻繁に野党が国会で大多数を占める分割政府状況が生まれてきた(表①)。とはいえ、それだけでは大統領が頻繁に弾劾される理由は説明できない。既に述べたように、大統領制における大統領弾劾は、単に野党が多数を占めるだけでは不可能であり、国会は大統領が重大な違法行為を犯したことを立証しなければならないからである。

表① 韓国における大統領と国会の多数派  出典:筆者作成。「野党(分裂)」は野党が合計で、与党に対して無所属を除いた相対多数を押さえている状態を示す。同様に「与党(連立)」は与党が合計で野党に相対多数を押さえている状態、「与党/野党(単独)」は単独の政党が無所属を除いた相対多数以上を押さえている状態である。

 故に二つ目に重要なのは、よく知られているように、韓国では大統領に多くの行政的権力が集中し腐敗が起こりやすい構造になっていることである。とはいえもう一つ見逃されている点が存在する。三つ目、そしてここで主として論じるのは、この国においては政府は、行政、立法、司法の別を問わず「民衆の意思」に従うべきであり、それこそが「あるべき民主主義」だ、という考えがあることである。

 このような韓国における「あるべき民主主義」に関する考え方は、二つの結果をもたらすことになる。一つ目は、韓国では「民衆の意思」が変われば、法解釈が頻繁に変更されることだ。このような状況は、過去の法解釈に従って施政を行った大統領の行為が、後の解釈変更により重大な違法行為だと見なされる可能性を大きくさせる。二つ目は、このような考え方に基づく圧力が、行政府のみならず国会や裁判所、さらには検察にも向けられることである。だから、大統領のスキャンダルが発覚し、多くの国民が罷免を求める状況が生まれれば、野党は容易に国会で弾劾の手続きを進めることができる。そしてこの弾劾の是非を審査する司法もまた「民衆の意思」を注意深く観察しながら審査を行うことを余儀なくされる。

憲法裁判所に送られた尹錫悦支持派からの大量の花輪=3月6日、ソウル(筆者撮影)

 韓国における過去の2回の弾劾、つまり、盧武鉉と朴槿惠に対する弾劾は、前者が国会にて圧倒的多数を占める野党が数の力で大統領弾劾を強行したものの、国民の支持を得られず、司法で否定された事例であり、逆に後者は大統領弾劾を求める圧倒的な国民の声を背景に、与党の一部も協力して国会での弾劾訴追が行われ、司法がこれを認めた事例だと、考えれば理解しやすい。そして、両者において「民衆の意思」を可視化したのが「ろうそくデモ」と呼ばれる、ソウル市内をはじめ韓国各地で行われた巨大デモであった。

 では、今回の尹錫悦弾劾を巡る事態がこれまでの繰り返しに過ぎないか、といえばそうではない。第一の違いは、今回は大統領の戒厳令宣布という、これまでの弾劾の事例よりも遥かに違法性の立証が容易な行為により始まっていることである。刑事裁判で争われているように、果たしてそれが大統領の不訴追特権の例外である内乱罪に当たるか否かを別にして、戒厳令宣布に必要な要件を欠いた状態で、憲法により設置された機関である国会の封鎖を試みた行為が、憲法のみならず戒厳法に違反しているのは明らかだからである。

大統領弾劾を求める進歩派のデモ=3月9日(筆者撮影)

 とはいえ、重要なのはもう一つの違いの方である。既に述べたように、韓国における過去の事例では、弾劾後の世論の趨勢(すうせい)は極めて明確であり、憲法裁判所は比較的容易に「民衆の意思」を見極めることができた。だからこそ、その決定を世論もまた容易に受け入れることができ、韓国政治はスムーズに次の段階へと進むことができた。

 しかし、現在の状況は両者とは大きく異なっている。朴槿惠弾劾訴追後においては、大統領のスキャンダルにより支持率が低下した与党が野党に大差をつけられ、憲法裁判所の決定、大統領選挙へと至っている(グラフ①)。対して、尹錫悦の弾劾後には、いったんは与党が若干支持率を落としたものの、ギャップはわずか1カ月で回復し、その後は一進一退の状況が続いている(グラフ②)。

グラフ①

グラフ②
グラフ①② 出典:韓国ギャラップ(https://www.gallup.co.kr/)公開データより筆者作成。横軸の数字は弾劾訴追案可決後の週数。

 このような違いの理由は、朴槿惠が弾劾された2017年から今日までの8年間で、世論の分断と与野党支持者の固定化が大きく進んだからである。グラフ③は、14年3月以降の保守、進歩それぞれ第1党の支持率標準偏差の推移を示したものである。朴槿惠政権期には大統領のスキャンダルにより揺れ動いた両党の支持率が、文在寅(ムン・ジェイン)政権中期以降動かなくなっている。それは今回の一連の事態が起こった24年も同様である。変化の幅は通常の大統領選挙が行われた22年とほぼ同程度であり、戒厳令宣布やその後の尹錫悦大統領弾劾を巡る政局が与野党の支持者に特別な影響を与えていないことが分かる。

グラフ③
リアルメーター(http://www.realmeter.net/)公開データより筆者作成。ただし2014年は3月以降。

 そしてこれが韓国政治の深刻な構造的問題を示している。既に述べたように、韓国の憲法体制は分割政府状態を生じやすい欠陥を持っている。この欠陥は、憲法が1987年の民主化において、わずか1カ月の与野党協議により作られ、十分な制度的調整を経ていないものだからである。ちなみに当時の韓国の政治家が憲法改正を急いだのには理由があった。当時の大統領であった全斗煥(チョン・ドゥファン)の任期切れが翌年2月に迫り、後任の選挙を何としてでも新しい憲法下で行わなければならなかった。にもかかわらず、民主化を決定付けた盧泰愚(ノ・テウ)の民主化宣言が行われたのは6月29日であり、その間に、憲法案を確定し、国会で発議して国民投票を通過させ、十分な選挙期間と大統領制で必要とされる2カ月程度の政権移行期間を確保するには、彼らに与えられた時間は限られていたからである。だからこそ、当時の政治家は細部を詰めずに憲法改正案を作り、それに基づいてできた憲法がそのまま改正されずに今日に至っている(表②)。

表② 韓国民主化の動き  出典:中央選挙管理委員会「大韓民国選挙史 第5輯」などより、筆者作成。

 とはいえ、こうした韓国憲法の欠陥はこれまで大きくは露呈してこなかった。民主化直後には、盧泰愚、金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)、金鍾泌(キム・ジョンピル)といったボス政治家が存在し、選挙結果による分割政府状態が生じても、お互いの間の政治的妥協により乗り切ることができた。90年の民主自由党結成や、98年の金大中政権発足後の金大中と金鍾泌による連立政権は、その典型的な産物であったと言える。

 そして時代の移り変わりとともに、圧倒的なボス政治家が政界を去った後、その空白を埋め政治家たちに妥協を強要してきたのは、巨大デモにより可視化され、世論調査によって裏付けられる圧倒的な民意の存在だった。つまり、正しい「民衆の意思」が存在し、これに従うのが「あるべき民主主義」だと信じられる韓国では、危機時において現れる一定の方向性を有する民意こそが、その制度的欠陥を埋めてきたのである。

 しかし、今の韓国には圧倒的な影響力を有するボス政治家は存在せず、世論は保守と進歩の両派に分かれて激しく対峙(たいじ)している。世論が分断し過激化する状況において、政治家が党内で主導権を得るためには、その路線を過激化することが合理的であり、その結果、保守・進歩両党の指導部は過激な強硬路線を選択して対立する。司法も同様で、裁判官の政治的任用を認める大統領制の下、裁判所は判断を二転三転させることになる。結果として待っているのは、政治と司法の双方への失望である。

 こうして見ると、韓国に拡大する保守と進歩両派の巨大デモとその対峙は、現在のこの国の問題を見事に可視化したものであることが分かる。韓国の政治・社会は今後も混乱を続けることになりそうだ。(敬称略)

神戸大学大学院教授 木村 幹(きむら・かん) 1966年大阪府生まれ。京都大学大学院修了。京都大学博士(法学)。愛媛大学助手、高麗大学客員教授などを経て現在、神戸大学大学院国際協力研究科教授。専門は比較政治学、朝鮮半島地域、特に韓国のナショナリズムと政治文化の関係に関心を持つ。著書に「日韓歴史認識問題とは何か」、「全斗煥」(いずれもミネルヴァ書房)など。

(Kyodo Weekly 2025年3月31日号より転載)

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