「特集」ゲームチェンジの行方「伝家の宝刀」抜いても内憂外患は断ち切れず

本田雅俊
政治行政アナリスト・金城大学客員教授
「総理が『お国入り』すると衆院選は近い」と言われるが、日韓首脳会談のためとはいえ、高市早苗首相は1月12日、就任後、初めて地元の奈良県に戻った。これにより、通常国会冒頭の衆院解散をめぐる報道は一段と信憑(しんぴょう)性を帯びた。
極めて高い内閣支持率を維持しており、「高市首相が解散の誘惑に駆られても無理はない」(閣僚経験者)のだろう。だが、物価高対策や外交・安全保障の議論は十分に行われたのか。予算の成立が遅れても問題はないのか。与党が大勝すれば政権基盤は安定するが、局面は大きく変わるのか。疑問や批判が多いことも否めない。
軍配は自民か
高市政権が発足した当初から、衆院選の時期が最大の関心事の一つであった。高市首相は「解散を考える暇がない」「目の前の課題に懸命に取り組んでいる」とけむに巻き続けてきたため、「早くても予算成立後か7月だろう」(前出・閣僚経験者)とみられていたが、急に心変わりしたのかもしれない。いきなりの「解散風」に〝いななく議員〟もいるが、選挙で大勝すれば党内の不満はおのずと収まる。
心変わりしたのであれば、理由は間違いなく高い内閣支持率だ。発足から3カ月がたっても7割前後を維持していれば、その余勢を駆って、2024年の衆院選で191まで減らした自党の議席を増やしたいと思って当然だ。日本維新の会との連立政権の信を問う必要もある。野党の中には「大義がない」(立憲民主党・野田佳彦代表)と批判する者もいるが、内閣支持率が低ければ必ず「国民の信任を得た政権ではない」と痛罵したはずだ。
しかし、政権には不安材料もある。その一つは自民党の支持率が回復していないことだ。安倍晋三政権時代、内閣支持率は5〜6割、自民党支持率は4割前後で推移することが多かった。だが、高市政権では自民党支持率は内閣支持率の半分以下で〝足腰〟の弱さが目立つ。共同通信社による2025年12月の世論調査でも、内閣支持率は67・5%だったのに対し、自民党支持率は31・1%にすぎなかった。今度の選挙では公明党の協力も見込めない。選挙となれば、ほとぼりが冷めつつある「裏金問題」が再燃する恐れもある。
内閣支持率が高くても、それは政権に対する「評価」ではなく、まだまだ「期待」の域を出ていないことも見逃せない。日経平均株価は5万円を超えているが、経済や物価の現状に満足している者は一握りだ。昨年末に発表された最新のジニ係数(所得格差を示す指標)は1962年の調査開始以来、最大になっている。多くの国民は「日本列島を強く豊かにする」と豪語する高市首相のお手並みに期待しつつも、まだ様子見の真っ最中なのだ。
衆院選で野党、とりわけ立憲民主に追い風が吹くことは考えにくい。支持率そのものが低迷していることに加え、非自民・非維新を網羅した野党共闘の協議も準備も一向に進んでこなかった。それどころか、同じ支持母体を持つ国民民主党は自民党との関係を深めてきた。そのため、野党に好意的な無党派層の関心がミラノ・コルティナ冬季五輪(2月6~22日)に奪われ、選挙になっても投票率が伸び悩むことも心配された。だからだろう、反転攻勢を図るため、立憲と公明は「中道路線」を旗印に急きょ「新党」構想を打ち出した。
「新党」の立ち上げが奏功しなければ、自民党が議席を増やす可能性が高くなる。その場合、単独で過半数(233議席)を獲得できるのか、維新と合わせて安定多数(244議席)に届くのかが焦点となるが、衆参の「ねじれ」が解消されるわけではない。そもそも、まずは経済や外交について与野党で十分に議論し、違いを鮮明にすべきだとの意見が根強い。国民民主党の玉木雄一郎代表らは「経済後回し解散」と言い切る。一昨年、石破茂首相(当時)は「野党と国会論戦を行った上で解散する」との前言をいとも簡単に反故(ほご)にし、衆院選で大敗を喫したが、この二の舞いを危ぶむ声もある。
2年半のモラトリアム
高市首相は就任早々、新型コロナ禍以降で最大となる、21兆3千億円の総合経済対策を取りまとめた。昨年末には過去最高となる、122兆円の来年度予算案を閣議決定し、「切れ目なく日本列島を強く豊かにするためだ」と胸を張った。しかし、本予算はもとより、補正予算の大盤振る舞いも、大半はまだ絵に描いた餅に等しく、高市首相が繰り返し口にしてきた「物価高対策の効果を実感できる」段階からは程遠い。
昨年末にガソリン税は廃止されたが、それ以外のほとんどは、まさに〝これから〟なのだ。電気・ガス代支援は今月再開されたばかりであるし、子育て応援手当ての支給は「春以降になる」(経済官庁幹部)という。「年収の壁」の178万円までの引き上げも、実感できるのはまだまだ先だ。「補正にしても本予算にしても、とにかくまずは〝映(ば)える〟規模が必要だった」(自民中堅)のは、今思えば、衆院選が意識されていたからかもしれない。
それだけではない。財政規律の緩み、そして円安や長期金利の急上昇にも警鐘が鳴らされ始めている。物価高対策がかえって物価高を助長するとの見方もある。「責任ある積極財政」「強い経済」を支持する者は多いが、「強い副作用」(経済アナリスト)も懸念されているのだ。
野党への挨拶(あいさつ)回りの際、「傷もの」呼ばわりされた萩生田光一幹事長代行だが、高市首相の信頼は厚い。その萩生田氏も新年早々、「結果を出してからの方がいいのではないか」と述べ、早期解散に否定的な見解を示した。
だが、政界のみならず、国際情勢も経済情勢も、まさに一寸先は闇だ。かつてリーマン・ショックによって麻生太郎首相(当時)の解散シナリオが大きく狂った結果、高市首相は小選挙区で落選の憂き目に遭った。その苦い記憶も残るから、「鉄は熱いうちに打て」の方に傾いたとしても不思議ではない。
今回の衆院選で与党が議席を伸ばせば、次の国政選挙は2年半後の衆参同日選が濃厚になる。それまでの間、高市首相は各党にも協力を求めながら、社会保障と税の一体改革といった重要課題に腰を据えて取り組むことができる。同時に、物価高対策や議員定数削減などについても、一定の〝モラトリアム(猶予期間)〟が与えられることになる。
しかし、十分な議論を経ないまま衆院選が行われ、その次の国政選挙が2年半後となれば不安も残る。頻繁すぎる国政選挙は問題だが、「2年半後」は先すぎるのだ。その間、〝サナエノミクス〟にアクセルが踏み続けられるかもしれないし、諸情勢が大きく変化しても、国民の声が届かない可能性もある。野党が十分にその機能を果たしていれば不安は小さいが、現状を見る限り、望むべくもない。
正念場の外交と安保
初の首脳会談で高市首相は「新たな日米黄金時代を作り上げていきたい」と呼びかけ、トランプ米大統領を喜ばせた。今春には初の訪米も予定されているが、あまりにも前のめりになり、トランプ大統領との距離が近くなりすぎることに眉をひそめる者は少なくない。〝ドンロー主義〟の被害を受ける恐れもある。安倍元首相が「偉大な友人」と称されたのは、トランプ大統領の懐に入りながらも、臆せず助言や諫言(かんげん)をしたからだ。
日米首脳会談を成功裡(り)に終えた安心感もあったのだろう、10日後の衆院予算委員会で高市首相は「台湾有事」発言を行い、中国の猛反発を買った。従来の政府見解と大きな違いはないが、日中関係は「全治2年以上の亀裂を生んだ」(別の閣僚経験者)との見立てもある。しかし、米国防総省の年次報告書には「中国は2027年末までに台湾有事に勝利する能力を獲得する見込み」と記されており、もはや日本人特有の〝曖昧(あいまい)さ〟が許される状況にはないともいえる。
高市首相は今年6月にはエビアン(フランス)で開催される主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席する。そして最大の焦点は11月の深圳(しんせん)(中国)でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)だ。高市首相は「中国との対話は常にオープンだ」として関係改善に意欲を見せ続ける一方、政権の認識と方針の正当性を先進諸国に説いて回るなど、硬軟両様の対策を講じている。対中関係に関しても、高市首相はできるだけ早く国民世論の力強い後押しを得たいのだろう。
すでに来年度予算案には過去最大の9兆円の防衛関係費が盛り込まれている。前年度比3・8%増は近隣諸国、とりわけ中国や北朝鮮を多分に意識したものであり、米国への配慮でもある。のみならず、高市首相は「日本の継戦能力を高めるため」、国家安全保障戦略など安保関連3文書の前倒し改定に取り組むことも明言している。国家情報局の創設とともに、今後、大きな議論になることは間違いない。高市首相には衆院選で勝利し、強い求心力と推進力でこれらの課題を一気に前に進めたい思惑も見え隠れする。
経済対策や物価高対策に比べ、外交や安全保障政策、つまり〝コメ〟ではなく〝ミサイル〟の問題は、保守勢力もリベラル勢力もそれぞれ団結しやすい側面を持つ。自民と維新、国民民主は経済政策では強固な一枚岩になりにくいが、外交や安全保障政策では共通の土台がある。一方の立憲と公明も同じだ。だから急転直下の「中道改革連合」結成に合意できた。
衆院選を経て政権基盤が強化されれば、これらの分野での政策遂行は容易になるかもしれない。だが、高市首相自身が外交手腕を十分に発揮しなければ、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を展開することが難しいのも事実だ。
昨年暮れの「大納会」で高市首相は「来年は走って走って走り抜いて勝利を勝ち取る」と強い自信を見せた。今年は60年に一度の丙午(ひのえうま)、「エネルギーがはっきり発展する年」(高市首相)だというが、勢い余って炎がすべてを焼き尽くす危険性も孕(はら)む。そもそも陰陽思想ではバランスが重要視され、「陽」が強ければ相反する「陰」のエネルギーも必要とされる。たとえ衆院選を乗り切っても、内憂外患は続く。高市首相がこの1年を見事に走り抜くための〝肝〟は、勢いだけではなく、チーム力や調整力、根回し力を含めたバランス感覚かもしれない。
政治行政アナリスト・金城大学客員教授 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に『総理の辞め方』『元総理の晩節』『現代日本の政治と行政』など。
(Kyodo Weekly 2026年1月26日号より転載)
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