「特集」ゲームチェンジの行方 台湾有事は「信則無、不信則有」

松田康博
東京大学東洋文化研究所教授
デービッドソンの「予言」への誤解
デービッドソン発言は、正確には「私は彼ら(中国)が長年やりたいと言ってきたように、2050年までにアメリカ、つまりルールにのっとった国際秩序におけるわが国のリーダーとしての役割に取って代わろうという野心を強めていると憂慮している。私は彼らがその目標に近づきつつあることを憂慮している。台湾がその野心の目標の一つであることは間違いない。実際のところ、その脅威は今後10年、実際には今後6年で明らかになると思う」である。
これには、中国の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席が2027年までに武力を用いて台湾問題を「解決」のために準備するように指示を出したという情報を、アメリカが入手し、中国の軍拡や軍事訓練・演習のあり方などと併せて総合的な判断をしたことが反映されている。この発言以降、こうした情報と判断が日本を含めた同盟国にシェアされた。そして2022年2月のロシア・ウクライナ戦争の勃発が引き金となり、「台湾有事」の切迫性を感じる日本や台湾で防衛費の増大が政策決定者と国民を含めたコンセンサスとなったのである。
日本や台湾は敵の射程圏外から攻撃する「スタンド・オフ・ミサイル」を含めた反撃能力を強化しているし、台湾は陸海空の能力強化、統合化に加えて市街戦を視野に入れた市民防衛の準備まで始めている。アメリカの対台湾武器売却も、ロシア・ウクライナ戦争の余波で遅れが出ているとはいえ、基本的には増大の趨勢(すうせい)にある。アメリカの対台湾コミットメントは戦略的あいまいさを維持しているが、つまり、2019年に想定していた時よりも、現在中国に対する抑止力は増大している。

松田康博『中国と台湾 危機と均衡の政治学』(慶應義塾大学出版会)
中国の戦争準備不足
他方中国はどうだろうか。中国は台湾を攻略するには①アメリカを介入させないだけの強大な核戦力の構築②来援する米軍を西太平洋の第1列島線と第2列島線の間に入れないための接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の構築③台湾に対して「多次元・立体的着上陸」作戦を実施する能力の構築、の三つを目指している。
しかし、これらは順調に進んでいない。①核弾頭や弾道ミサイル増産の兆候はあるが、腐敗や情報漏洩が原因とされ、ロケット軍の指導者層は根こそぎ粛正されている。②西太平洋の第1列島線と第2列島線の間に空母打撃群が展開するようになったものの、逆に台湾、日本、アメリカの海空軍・海上・航空自衛隊などから挟み撃ちにされ、補給も断たれ、袋の鼠(ねずみ)になる可能性さえある。③着上陸作戦の中核的戦力である強襲揚陸艦は、2025年時点で予定されている8隻中3隻しか配備されていない。そして④習近平は3期目の中間点を越えた2025年になっても、軍の高級幹部を大規模に粛正し続けており、それには台湾正面の東部戦区の幹部も多く含まれている。
すでに2030年以降に先送り?
そもそも2027年には、中国人民解放軍建軍100周年イベントや習近平の4選がかかる中国共産党第21回全国代表大会が予定されている。こうした時に、北京は最高指導者とその部下を含め、いっさいの失敗が許されない緊張感に包まれる。そんな時に習近平が、軍事的な準備もできていないのに、米中大戦争になりかねないイチかバチかの軍事行動を起こすだろうか。2028年には台湾の総統選挙およびアメリカの大統領選挙があり、4選したばかりで時間的余裕がある習近平には様子見の心理が働くはずである。
2029年にはアメリカで新政権が始動するので、新政権が台湾海峡に介入するかどうかを見極める必要が出てくる。そう考えるとすでに習近平が統一攻勢をしかける最も早いタイミングは2030年以降になってもおかしくない。習近平は今後5年の時間をかけて、前述した遅れ気味の軍事的準備を進め、粛正して空席となった幹部人事をやり直し、台湾への浸透工作や、人心を動揺させる認知戦も強化し、台湾の民進党を下野させようとするだろう。
独裁者が有している時間は長すぎるので、長期的に取り組むことができるといえば聞こえはいいが、言い換えるなら難しい課題はつい先送りしてしまいがちになるのである。
シナリオや机上演習は未来予測ではない
日本社会には、もう一つ深刻な誤解がある。それはアメリカのシンクタンクなどが発表するテーブル・トップ・エクササイズ(机上演習)や将来シナリオなどの結果が発表されると、それを未来予測だと勘違いする人がいることである。そして、「○○の台湾有事シナリオでは日本で○○人が死亡すると予測されています」という報道がなされ、戦争の恐怖が煽られている。
これらは、「自分たちの弱点は何か」、「自分たちは何をすべきなのか」を明らかにし、「これから何をするか」を決めるための知的なツールに過ぎない。
したがって、さまざまな困難なケース、時には極端な条件を課すことで、自らの抱えている課題を明らかにすることが目的である。ものによっては、国防費の増大や、その配分を変えることを目的としているのではないかと思える場合さえある。
これらを未来予測だと勘違いすることで、かえって無力感を覚えて思考停止をしたり、どうせ甚大な被害が出るくらいなら投降したほうがよいというような敗北主義が出てきたりするリスクさえある。
実際に、中国の対台湾作戦のシナリオには、極端なケースではあるが、在日米軍基地・自衛隊基地への先制攻撃により、一時的にこの地域の米空軍・海軍を麻痺(まひ)させ、そこで稼いだ時間を使って台湾に降伏要求をつきつけるというものもあるが、その場合、緒戦において中国は弾道ミサイルで奇襲をかけることになる。その結果、この地域の日米の海上・航空戦力の大半は最初の段階で失われてしまう可能性が高い。
この説明をすると、「そこまで中国と日米の戦力差が開いているとは知らなかった。勝てないのであれば、中国が台湾を占領しても、日米は介入せず見送るしかないのではないか」と言い出す人が必ず出てくる。
中国の対台湾全面侵攻は今でも抑止されている
確かに、航空機は空中では強力だが地上で駐機している時が最も脆弱(ぜいじゃく)である。艦艇は外洋に出ているときは強力だが母港に係留されている時が最も脆弱である。両者とも基地にいる間に弾道ミサイルによる奇襲攻撃を受けたらひとたまりもない。したがって、中国に対台湾武力行使の戦略的兆候があれば、日米の海空アセットは分散・退避させなければならない。ところが、中国が日米を欺いて弾道ミサイルを用いた奇襲をするなら、それは、台湾を占領するための着上陸作戦の準備をしていないことを意味する(準備していればその兆候に基づき事前に分散させることになる)。
戦争目的が統一なのであれば、最終的に中国は、台湾を占領すれば勝利、占領できなければ、どれほど台湾を破壊しても、それは中国の敗北を意味する。つまり中国は、絶対に着上陸作戦を成功させなければならない。その時、もしも台湾と日本に(米海兵隊を含む)強力な防空能力と対艦攻撃能力を有した陸上兵力が、弾道ミサイル攻撃をかいくぐって生存していたらどうなるだろうか。
中国は、十分に準備できていない着上陸作戦を、大量の対艦ミサイルの脅威、そしておそらく健在である日米台の潜水艦の脅威を乗り越えて敢行しなければならない。陸上兵力は陸上にあるときは強力であるが、海上で輸送されている時が最も脆弱である。台湾の北部と南部を占領する部隊は、それぞれ上海と海南島あたりから出発し、台湾に接近するのに10時間以上かけなければならない。この作戦を中国は自信を持って進められるだろうか。
中国は台湾をひどく破壊する能力を持っている。しかし、最終的に台湾を占領しなければ戦争目的を達成できない。言い換えるなら、中国は最終的に敗北するリスクが高いにもかかわらず、台湾、アメリカ、日本と戦争状態に入り、自国を含めた東アジアの経済を破綻させるコストを確実に支払わなければならなくなる。
中国を「引き延ばし」に追い込む
多くの人が「戦争」を抽象的に考える、というよりもむしろ「戦争」について思考停止をしてしまう。それは戦後の日本が戦争と平和について基礎的な知識の普及を回避し、重要な判断を一部の専門家と官僚、政治家に任せっきりにしてきたためである。
今、戦争を起こす可能性があるのは日本でも台湾でもなく、中国である。その想定される戦場は冷戦期の北海道とは異なり、台湾海峡はもちろんのこと、日本を含む東シナ海、南シナ海、西太平洋地域など、広範囲に及ぶ。もっともソフトな封鎖作戦においても、沖縄の先島諸島は一時的に占領される可能性がある。つまり、われわれはこの戦争は決して起こさせてはならないのである。
台湾有事とは、「信則無、不信則有」(信じれば則ち無く、信じざれば則ち有る)状況にある。つまり、戦争が起こると信じてそれに備えれば、起こりにくくなり、逆に戦争など起きないだろうと信じ込むと起こりやすくなる。
したがって、戦いに備えることでこそ、戦いを避けやすくなる。まさに、「汝(なんじ)平和を欲さば、戦への備えをせよ」という格言がぴったり当てはまるのが、今日の台湾海峡をめぐる戦争と平和の関係なのである。
未来を変えるのは習近平だけではない。われわれも未来を変えられるのである。
2027年に台湾有事が起こる蓋然(がいぜん)性は低い。世間では2021年3月にフィリップ・デービッドソン米インド太平洋軍前司令官が2027年に台湾有事が起こると「予言」したという誤解が広まっている。したがって、2027年には「デービッドソンの予言は外れた」という二重の誤解が広まるだろう。
ただし、それでも日本が防衛力の抜本的強化を図る必要性はある。台湾有事をめぐる言説は、まさに百花繚乱(りょうらん)であり、概念整理が必要である。戦争を煽(あお)ることもなく、戦争の恐怖に屈服することもなく、理性的に台湾有事について議論をしてみたい。
その際のキーワードは「信則無、不信則有」である。
東京大学東洋文化研究所教授 松田康博(まつだ・やすひろ) 1965年生まれ。1997年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。2003年博士(法学)学位取得。
1992〜2008年防衛庁(省)防衛研究所で助手・主任研究官。
2008年東京大学東洋文化研究所准教授を経て2011年より現職。専攻は東アジア国際政治研究、中台関係論、日本の外交・安全保障政策。著書に『台湾における一党独裁体制の成立』、『中国と台湾 危機と均衡の政治学』(慶應義塾大学出版会)など。
(Kyodo Weekly 2026年1月12日号より転載)
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