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「特集」ゲームチェンジの行方 今、アメリカで起きていることトランプ2.0で進行中の〝ディストピア〟

半沢隆実
共同通信特別編集委員

 幸いにして日本でこんな事は起きそうもない。
 一、野党勢力が強い主要都市に軍兵士を派遣。
 一、意に沿わない野党議員に死刑を宣告。
 一、元首の親族がビジネスで巨万の富を築く。
 ロシアや北朝鮮の出来事でもない。米国で進行中のディストピア(暗黒世界)現象のごく一部だ。
 ドナルド・トランプ氏が第2次政権(トランプ2・0)を立ち上げてから来月で1年を迎える。世界の貿易に打撃を与えた高関税など身勝手な政策を次々に繰り出したが成果は乏しく、支持率も低迷。負ければ政権の「レームダック(死に体)化」を招きかねない2026年11月の中間選挙へ向け、挽回に必死だ。

市民に宣戦布告?

 トランプ大統領は6月以降、与党共和党の看板政策である不法移民取り締まりへの抗議デモが頻発した西部ロサンゼルスと首都ワシントンなどに、犯罪対策の名目で州兵や連邦軍を派兵した。
 いずれも野党民主党首長がいる州と都市だった。米連邦捜査局(FBI)の統計によれば、全米で人口当たり犯罪発生率が一番高いのは、テネシー州のメンフィス市だが同州知事は共和党だ。メンフィスを問題視しないのは、州知事への配慮と、民主党に治安維持能力がないとアピールする目的があるからだ。
 あからさまなリベラル首長叩(たた)きが横行する中、今年9月にトランプ氏が自身の交流サイト(SNS)に投稿した加工画像は物議を醸した。
 描かれたのはベトナム戦争を舞台にした映画「地獄の黙示録」の登場人物に扮(ふん)したトランプ氏。中西部シカゴの街を背景に「(国防総省が)なぜ戦争省と呼ばれるのか、シカゴは知ることになるだろう」と書き添えられていた。トランプ氏のすぐ後ろでは巨大な炎が上がって、投稿は不法移民対策に反発するシカゴ市民(市長は当然民主党)へ向けた「戦争準備宣言」と受け止められた。
 彼はこうした投稿が大得意だ。国民に銃を向けてはならないという米国最大のタブーを破る恐れがある州兵派遣をテーマに、なぜこんなふざけた投稿ができるのか、誰もが抱く疑問だ。
 米タイム誌はこの件を「今日のディストピア化した政治」の象徴として取り上げた。興味深いのは、理由について「政治のエンタメ化現象」という視点で分析したことだ。岩盤支持層に向けた単純なファンサービスの裏にはちゃんと計算があるという。
 「トランプ氏が〝エンタメ最高司令官〟の役割を果たし国民の耳目を集める隙に、冷徹な側近たちが米国の極端な保守化を着々と進めている」
 記事はこう指摘した上で米国の現状を英作家ジョージ・オーウェルらが『一九八四年』などで描いた、理想郷(ユートピア)と反対の、人々が自由を完全に奪われた「暗黒世界」に重ねた。

死刑宣告

 第1次政権で「もう一つの真実」という考え方を駆使したトランプ氏と彼の取り巻きは、虚と実の間で常に揺れ動き判断が鈍る人間の弱さを巧みに突く。最近飛び出したSNSでの「死刑宣告」騒ぎもその例の一つと言ってよかろう。
 9月以降、トランプ政権は、米国に流入する麻薬の供給源ベネズエラ近海に空母打撃群を展開、「麻薬運搬船」を標的に少なくとも20回の空爆を実行、80人超が死亡した。ミサイル攻撃を受けた船舶が麻薬を積んでいた明確な証拠はない。政権は情報機関の認定を根拠とするが、肝心の船と乗員は海の藻くずで確認は不可能だ。逆に、生存者を残さない手法は不都合な証拠を隠滅するためではないかとの疑問がつきまとう。
 問答無用の他国民間人殺害には、軍や議会から合法性を疑う声が上がった。元宇宙飛行士で海軍出身のケリー上院議員や中央情報局(CIA)分析官だったスロトキン上院議員ら民主党の上下両院議員計6人が動画を公表し「違法な命令は拒否しなければならず、実行する義務は誰にもない」と訴えた。
 軍人は最高司令官である大統領ではなく憲法に忠誠を誓うことが根拠だ。これに対しトランプ氏は「決して許されない発言だ。死刑に処すべき反逆行為だ」とSNSに投稿した。
 大統領が議員らの発言を理由に死刑を宣告するという非現実的な〝虚構〟と、政府批判の封じ込めという〝現実〟の間で、国民は困惑し怒り、混乱する。もちろん大喝采を送る人々も少なくはない。
 虚実の間に存在する「もう一つの真実」空間が生む厄介な現象は政治的暴力だ。大統領のメッセージは、9月に起きた保守系活動家チャーリー・カーク氏の暗殺事件を挙げるまでもなく新たな暴力を誘発しかねない。そして暴力は、表現や発言の自由を萎縮させる。

政府VS自由の歴史

 権力と表現の自由の関係で、米国は歴史上何度も危うい場面に直面してきた。最も知られるのが1798年の「扇動法」で、ジョン・アダムズ大統領が自身に批判的な新聞を沈黙させるために導入。「政府に対する虚偽や醜聞、悪意ある文章」を違法化し、1801年まで時限立法として続いた。法律は不評を買い1800年にアダムズがトーマス・ジェファーソンに大統領選挙で負ける一因となった。
 また第1次世界大戦中の1917年にウッドロー・ウィルソン大統領が「スパイ法」を導入、政府や軍、戦争に異議を唱える行為を罰した。背景として、欧州大陸の戦争に米国が介入することにアイルランドやドイツ、ロシア系の移民が反対したことがあった。
 アングロサクソン系が実権を握る時代に別民族を排除しようとした一時期の米国の姿は、今日の現状にも意味を持つ。

再選後に巨額利益

 トランプ2・0を観察するに当たって、第1次政権ではジェームズ・マティス氏(国防長官)やジョン・ケリー氏(大統領首席補佐官)ら軍出身の重鎮が、身をていしてトランプ氏の暴走に対するガードレール役を果たしたことを覚えておきたい。
 2020年の大統領選敗北から4年間の忍従を経て返り咲いたトランプ氏は、ホワイトハウスからこうした人材を完全排除、周囲をイエスマンで固めた。時折公開される閣議は、聞く方が赤面するほど甘い「大統領礼賛」で満たされている。
 一族のビジネスも盛況だ。トランプ氏は今年5月、一族が発行する「トランプコイン」と呼ばれる仮想通貨の保有上位者を招いた夕食会を開催、投資家らが計約1億4800万ドルを出して参加したとされる。長男ジュニア氏や次男エリック氏が率いる複合企業「トランプ・オーガニゼーション」はその後、新たな携帯電話サービス「トランプ・モバイル」の立ち上げを発表した。
 いずれも政府の規制が及ぶビジネス分野で、「腐敗」や「利益相反」との批判も上がるがトランプ氏は意に介さない。米シンクタンク「アメリカ進歩センター」によれば、24年11月に再選されて以来、トランプ氏と家族は180億ドル、日本円で約2兆8千億円という途方もない利益を得た。

地方選で連敗

 堅固な支配体制を確立させたトランプ氏だが、肝心の政策への評価は低迷、地方選で連敗するなど共和党陣営は危機感を深めている。
 中間選挙は4年おきに行われる大統領選の折り返しで実施されるため、政権に対する途中評価の意味合いが強い。次回選挙の焦点は、ホワイトハウスと連邦議会上下院を握る共和党の「トライフェクタ」状態が維持されるかどうかだ。従来予想では共和党優勢が伝えられてきたが、11月4日に同時投開票された南部バージニア、東部ニュージャージー両州の知事選とニューヨーク市長選で民主党候補に全敗した。
 トランプ陣営を動揺させたのは、この2州の知事選だった。出口調査によれば、有権者の関心は経済に集中、公共料金や家賃などの高さ、政府の緊縮予算によるマイナス効果に不満を抱いていることが分かった。
 政治サイト、リアル・クリア・ポリティクスによるとトランプ氏の支持率平均は43・3%で、不支持率は54・5%と、第2次トランプ政権が発足して以来の最低水準。特にインフレ対策は不支持率が60%を超えるなど、厳しい評価だ。米イーロン大の調査では、約8割がトランプ政権の関税・貿易政策による物価上昇を懸念していた。

起死回生は?

 トランプ氏は「われわれはバイデン前政権下で近代最悪のインフレを経験した」と責任転嫁を続けているが、自分の政権発足から1年を迎えるに当たっては、苦しい言い逃れに響く。
 保守イデオロギーとポピュリズムだけで4年の任期を乗り切るのは困難だ。中国にレアアース(希土類)供給や米国産大豆買い入れという急所を押さえられたまま高関税合戦を挑み、結局は引き分け程度で終わったのは周知の事実だ。少女らの人身売買罪で起訴された後に自殺した富豪エプスタイン氏を巡る疑惑対応では身内の米国第一主義運動「MAGA」派内部でも不協和音が起きた。
 もちろんこのままおとなしく引き下がるトランプ氏ではなかろう。願わくば地道なインフレ対策に取り組むことを期待したいが、想像を超えた奇策に直面する覚悟も必要だ。2026年もトランプ・イヤーとなるのは間違いない。

共同通信特別編集委員 半沢隆実(はんざわ・たかみ) 1962年福島県会津若松市生まれ。88年共同通信入社。社会部、外信部、カイロ支局特派員、ロサンゼルス支局長、シアトル支局長、ロンドン支局長、ワシントン支局長を経て、2023年6月から共同通信特別編集委員兼論説委員。主な著書に『銃に恋して 武装するアメリカ市民』(集英社)『ノーベル賞の舞台裏』(筑摩書房、共著)など。

(Kyodo Weekly 2025年12月22日号より転載)

  • 半沢隆実 共同通信特別編集委員

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