「特集」ゲームチェンジの行方 日米関係は変質するか?変質すべきか?
トランプ米大統領による過激な対外政策が、世界に大きな衝撃を与えている。2025年には関税が大きな問題となった。関税交渉はおおむね妥結したが、すべての問題が解決したわけではない。防衛費増額の問題もあるし、トランプ大統領による米国内の教育・研究活動弾圧も、日本と無関係ではない。
日本は、新しい世界構造にいかに対応すべきかを厳しく問われている。カナダのカーニー首相は、スイスのダボス会議の演説で中堅国の結束が必要と呼びかけたが、日本はこれに応える必要がある。
トランプ政権による関税発動
昨年は、第2次世界大戦後、長期にわたって継続した国際経済の基本条件が、大きな変動にさらされた年だった。日米関係も、大きな案件が続いた。
3月12日に、米国のトランプ政権によって、鉄鋼・アルミニウム輸入に対する25%の追加関税が発動された。
3月26日には、輸入自動車に対する25%の追加関税が発表され、4月3日に発動された。それまで乗用車に2・5%、トラックに25%の関税が課されていたので、この措置により、乗用車に27・5%、トラックに50%の関税がかかることになった。同日、相互関税が公表された。
米国は日本にとって最大の輸出国であり、2024年の輸出額は20・3兆円になる。これは、日本全体の輸出額の約2割だ。最大の輸出品は自動車であり、2024年には5・8兆円を輸出し、対米輸出全体の約3割を占めた。
このため、トランプ関税は、日本経済に大きな影響を与える可能性があると考えられ、日本政府は、関税率の引き下げを求めて、日米間で交渉が行われた。
関税交渉は、7月22日に合意がなされ、相互関税率は25%から15%に引き下げられた。自動車関税は、27・5%から15%に下げられた。
しかし、米連邦最高裁が「相互関税」について違法と判断したため、今年2月24日、全世界を対象に10%の代替関税を発動した。
また、日本が最大5500億ドル(約80兆円)の対米直接投資を行うことを約束した。
以上によって日米間の緊張関係は緩和されたと、一般に考えられている。
まだ議論になっていない防衛費の負担
しかし、これですべての懸案事項が片付いたわけではない。日米間でまだ議論の俎上(そじょう)に上がっていない大きな問題として、防衛費の問題がある。トランプ政権はすでに北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国に対して防衛費の増額を求めており、NATOは、2025年6月、国内総生産(GDP)に対する国防費と関連支出の対GDP比を、2035年までに5%に引き上げることを決めた。これは極めて大きな比率の引き上げだ。
米国は、日本に対しても同様の要求をしてくるものと思われる。これはまだ具体的な案件としては登場していないが、いずれ大きな問題として取り上げられるだろう。これに対応するためには、歳出・歳入構造の抜本的な見直しが必要となる。
カーニー首相の演説が示す変質の本質
以上で見てきたように、第2次世界大戦後の国際的な経済の仕組みが大きく変わったことは、否定し得ない事実だ。
これについて、今年の1月にスイスで行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、カナダのカーニー首相が、問題の本質をついた演説を行った。それによれば、これまでの「ルールによる支配」が、大国の力によって左右される世界に変わった。カーニー首相は名指しを避けているが、これがトランプ大統領が発動した関税を中心とする諸政策を指していることは間違いない。
日本はカーニー首相の演説に応える必要がある
カーニー首相は、この演説の中で、中堅国の結束を呼びかけた。
彼は言う。「強いものに従えば生きながらえると考えられるかもしれない。しかしそうはいかない。そうすれば、結局は取引の俎上に上げられてしまうだろう」
確かにその通りであり、この言葉はとりわけ日本人が忘れてはならない言葉だ。
実際、日本は、「結束」という問題に関して、カーニー首相の演説の少し前に、重要な経験をしている。これは、「中央銀行対政府という問題に関して、中央銀行が結束し得るか?」という問題だ。
2026年1月13日、ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁をはじめ、イギリス、カナダ、韓国など10を超える主要中銀のトップが、緊急声明を発表したのだ。これは、米司法当局から刑事捜査を受けているFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長への支持と連帯を示す緊急声明だった。
この声明は、中央銀行の独立性が「物価と金融、経済を安定させる礎だ」と強調し、パウエル議長を「公共の利益に揺るぎなく貢献してきた」「尊敬すべき同僚だ」と擁護した。
ところが、日本銀行はこの抗議に参加せず、沈黙を守り続けた。他国の中央銀行の政策に干渉しないのが原則ということはよく分かるし、日本政府との関係という微妙な問題があることも分かる。
しかし、主要国中央銀行が名を並べる中で日銀の名がないというのは、際立っていた。日本国民が見て、何とも残念なことかと落胆する〝事件〟であった。この問題は実は、「日本銀行が世界の中央銀行と結束し得るか」のテストだったのではあるまいか?
世界が直面する問題は関税だけではない
世界が直面している問題は、関税だけではない。トランプ大統領による米国の大学や研究機関への圧力は、長年にわたり米国の競争力を支えてきた科学技術基盤を揺るがす危険がある。研究費の削減や政治的介入が進めば、基礎研究の自由が損なわれ、イノベーションの土壌は痩せ細るだろう。
また、EV(電気自動車)や再生可能エネルギーへの支援が縮小・撤廃され、化石燃料の開発・輸出拡大が推進されている。このような動きは、米国のパリ協定からの離脱や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)からの脱退にも表れている。
また、米国が国際的な取り決めや国際機関から脱退する動きも顕著になっている。
トランプ大統領は、今年1月に、計66の国際機関や条約からの脱退を指示した。これには、国連気候変動枠組み条約、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国連大学、国連女性機関(UNウィメン)などが含まれる。
この動向は、単なる産業政策の問題ではない。温暖化対策は国境を越えた公共財であり、気候危機は将来世代に影響を及ぼす全人類的課題だ。米国の後退は、国際協調の連鎖を崩す危険をはらんでいる。
歴史の必然か?
以上で見たことは、トランプ大統領という特殊な人物の引き起こした特別な問題であるのだろうか? あるいは、歴史の必然なのだろうか?
前者であればいかに国際秩序が乱されたとしても、将来の回復を期待することができる。
しかし仮に現在起きていることが、歴史の必然として生じているのであれば、将来の時代においても、これまでの事態への回復を期待することができない。だから、基本的な態度を変化させなくてはならないということになる。
このいずれであるのかは、まだはっきり分からないところがある。多くの人々がこの現象が一時的なものであることを願っているが、そうではない可能性もある。
第一に、この変化は暴力的な革命によって実現したことではなく、(数々の問題はあったにせよ)選挙という民主主義の正当な手続きによって実現したことである。しかも大統領選の投票結果は、事前には僅差であると報道されていたが、実際にはかなり大きな差であった。
現在生じつつあることに対する民主党側からの反撃としては、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事による提訴がある。彼は、トランプ大統領が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」に基づき発動した追加関税が、大統領の権限を逸脱しており、連邦議会の承認が必要だと主張し、その停止を求めて提訴した。
ただ、これ以外には、全体として見るべきものはない。民主党の劣勢は間違いないもののように見える。
中間選挙の結果はどうなるか?
前述の問題についての一つの大きな指針は、今年の秋に行われる米国の中間選挙によって与えられるだろう。トランプ大統領が支持を獲得できるのか、あるいは、民主党が巻き返すのかが注目される。
第1次トランプ政権時の中間選挙の際には、米国が鉄鋼などに課した制裁関税に対抗して、中国が米国産の大豆や牛肉などの農産品に報復関税を課した。大豆は米国の主力輸出品であり、中国向けが約6割を占めていたため、農家への影響は甚大だった。
このため、共和党の候補者が落選するなどの問題が起きた。しかし、現在のところ、その時に比べて反政府の状況が強まっているようには見えない。
仮にこのままの状況が続いていくのであれば、トランプ大統領の(あるいは、その後継者の)支配が確定するという事態が生じるのかもしれない。われわれは、この事態に、正面から向き合う必要がある。
経済学者 野口悠紀雄(のぐち・ゆきお) 1940年東京生まれ。 63年、東京大学工学部卒業。 64年、大蔵省(現財務省)入省。 72年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。著書は多数で、近著に『日銀の限界』(幻冬舎新書)、『終末格差』 (角川新書)、『戦後日本経済史』 (東洋経済新報社)、『アメリカが壊れる!』(幻冬舎新書)などがある。
(Kyodo Weekly 2026年3月9日号より転載)














